Episode:2 ギルドと出会い

 翌朝、イルナミルはリョートに案内され森の外へと出て行った。

 幸運にも、方向が同じ馬車に乗せてもらうことができたので、一日かかる距離を短縮し、夕方までにギルドのある場所へ戻ることができた。


 見慣れた建物を前にした瞬間、無意識に息が荒くなる。

 また怒鳴られるのだろうか……そう思いながらドアノブに手をかけた、その時だった。中から聞き覚えのある声が漏れてきた。


『あのガキ、戻ってくると思う?』

『森から生き出られるかどうかの方が怪しいだろ』

『ハーフエルフのくせに魔法が使えないとか笑える』

『養ってやってるだけでも感謝しろって話よ。死ぬまで働いてもらわないと割に合わないわ』


 笑い声と共に聞こえてきた言葉に、イルナミルの手から力が抜ける。

 涙は出なかった。ただ、胸の奥が痛くなり、大声で叫びたくなった。


 扉に背を向けると、遠くから複数の人影がこちらに向かってくるのが見えた。全員が同じローブを身に付け、顔は仮面で隠されている。

 先頭に立つ男が、イルナミルの前に膝をつく。


「君が、イルナミルかな?」

「は、はい!」

「良かった、無事でいてくれて」


 男はそう言いながら、イルナミルの頭を優しく撫でた。

 彼らは、ギルドマスターの元へ届いた捜索依頼で動いていたこと、この近辺で目撃情報があったため、確認しに来たとのこと。

 捜索依頼……その言葉を聞いた瞬間、思い浮かんだ顔は一人しかいなかった。


「なんで?アタシここにいるって、ちゃんと手紙をおくっていたよ……?」

「君はまだ十二才だろう。ギルドの正式なメンバー登録は十六歳以上。例外はない」

「で、でも……ここに来た初日に契約書を書いたの!」


 その瞬間、男の背後で待機している者達がざわつき始めた。男もまた、まさか……と言葉を漏らす。


「イルナミル、君は外で待っていなさい」


 男は仲間の一人にイルナミルを託すと、扉を開けた。

 扉の向こうから、怒号と悲鳴が継続的に聞こえ、怖くて体が震える。だが、傍にいる者が


「大丈夫だよ」


 と優しく肩に手を置いた。

 しばらくして、男はイルナミルを呼び入れた。中ではギルドリーダーたちが蒼白な顔で立ち尽くし、イルナミルを強く睨みつけていた。


「アンタ、ギルドマスター直属の奴らに密告したわね!!!」

「密告は彼女ではない」


 男の声は低く、怒りを含んでいた。


「未成年を三度も働かせ、偽りの紋章を掲げるとは……貴様らはどこまで我らを、ギルドを侮辱すれば気がすむのだ!!」


 男の怒声にギルドリーダーたちは悲鳴を上げ、足を震わせる者もいれば腰を抜かす者もいた。


「彼女は親元へ帰し、お前達の処分はギルドマスターが追って決定する。それまでこの建物ごと我々の監視下に置くこととする」


 男はイルナミルを外に連れ出そうとした、その時


「はいはーい、ちょっと失礼するよー」


 どこからともなく聞こえてくる軽い口調。全員が周囲を見回すと、突然イルナミルの正面に何者かが現れた。白髪で血のような赤い瞳、そして大きなローブを纏った人間が宙に浮いている。……いや違う、よく見れば膝より下が透けてなくなっている。


「幽霊?」

「んー惜しいけど違うな」

「アウル、今は取り込み中なのだが」

「まあまあ、こっちもその子に用があってね」


 アウルと呼ばれた者は、イルナミルを見てニコッと笑いかけた。


「初めまして、俺はギルド『エスピモ』のリーダー、レイスという種族のアウル」

「は、初めまして……イルナミルです」

「うんうん、ちゃんと挨拶できるのは良いことだ。早速だけど君が持ち帰ってきた物を俺に見せてくれる?」


 イルナミルは小袋をアウルに渡すと、テーブルの上でひっくり返す。鱗はカラカラッと音を立てて落ちた。


「あー、やっぱりフロストドラゴンの鱗だ」


 うんうんと頷くアウルとは逆に、男とその仲間達はざわつき、ギルドリーダー達は嘘……と青い顔をして言葉を漏らす。


「イルちゃん、この鱗はどこで手に入れた?」

「わ、綿雪の森で拾いました。フロストドラゴンの鱗を3枚採取するって依頼で……」

「イル!!!!」


 ギルドリーダーが大声で叫ぶも遅かった。

男は魔法、もしくは魔術を発動しこの建物の中にいるギルドメンバー全員を拘束した。

突然のことに頭がついていかないイルナミルを横に、メンバー達は次々と連れていかれている。抵抗する者もあれば俯き何かに絶望している様子の者もいた。最後に拘束されたギルドリーダーは大声で男たちに怒鳴り散らしながら抵抗している。

連行されていくギルドリーダーを見ながら、ポツリと呟く。目の前を通り過ぎようとした時、ギルドリーダーはイルナミルの方を睨みつけながら


「お前みたいな魔法も使えない欠陥なんて、どのギルドからも弾かれ笑いものにされるだけ!お前はずっと底辺を這いずって野たれ死ぬのがお似合いよ!!」


高笑いをし、叫んだ。

その声は建物の外へ連れていかれるまで聞こえたが、声を上げる瞬間から聞こえなくなるまでにアウルがイルナミルの耳を塞いだので、ギルドリーダーの言葉は一言も届いていない。


「実はね、俺のギルドは『綿雪の森』周辺が管轄なんだ」

「……」

「昨日の夜中に、『フロストドラゴンの鱗を狙った子供が遭難していたから保護した』って連絡が来てね」


 何はともあれ、良かったよ。とイルナミルの頭を撫でながら笑っていた。




 その後、イルナミルは一連の出来事のストレスと緊張の糸が切れたのかその場で倒れてしまい、目覚めた時ギルドの建物ではなく、自宅の自分のベッドで寝ていた。横には母親がイルナミルの手を握っていた。


「おかあ……さん?」

「イル!良かった……本当に良かった……!!」

「おかあさん……おか、さん……うああああああああ!!!!」


大泣きしながら母親に抱き付き、母親も強く抱きしめる。イルナミルが泣き止んだ頃、母親から捜索依頼を出した経緯を説明された。

 その内容はあまりにもひどく、送っていたはずの手紙は母の元に一通も届かず、登録用紙は破棄され、イルナミルは「行方不明」として扱われていたと言う。


「生きていてくれて……本当に良かった……」


そう言い、母親はイルナミルの頭を撫でた。


 落ち着いた頃、母親は外で待機しているアウルを中に入れ、事の顛末を簡単に説明した。


 ギルドリーダーたちは懲罰施設への習慣が決まったこと。


 今後彼らはギルドを設立、所属することはできなくなったこと。


「それと、イルちゃんが眠っている時にお母さんから聞いたんだけど……イルちゃん、魔法が使えないって本当?」


アウルの質問に無言で頷く。

自分は人間の血が濃すぎて魔力を引き出せないと。

アウルは少し考えこんだ後、こう言った。


「もしかしたら、イルちゃんは魔力を引き出すための道がないだけかもしれない」


 アウルはイルミナルに魔法をかけ、検査する。すると、予想通りイルナミルの体内には魔力はあったが、それを通す機能がなかった。

 これなら、術式を体内に組み込めば魔力を引き出ると言い、術式は痛みを伴うことを説明された。


「痛みだけでなく、術式は体の見える所に埋め込むものだけど……本当に良いのかい?」

「……お母さん、やってもいいかな?」

「そうね……」


 母親は少し考えた後


「魔法と魔術が当たり前の世界だもの。それであの子の未来が明るくなると言うのなら、親の私が拒否するわけにはいかないわ」


 術式を組み込むことを了承した。

 作業は、イルナミルの心身ともに回復した頃行うこと、場所はイルナミルの自宅で母親も立ち会うこととなった。


数日後、作業の前に、イルナミルの体内で最も魔力が集中しやすい場所を探す。


『左目』


そこが最も集中しやすい場所で埋め込む所と決定し、アウルはイルナミルに埋め込む時の模様をどうするかを話し合う。痛みは極限まで抑えるため、どのような模様にしても問題ないと言うと


「ならかっこいいのがいいな!」


 と楽観的に言うので、その場にいた全員が笑ってしまった。

 そこまで楽観的でいられたのにはもう一つ理由があり


「センセー!これでアタシも魔法の前に魔術が使えるようになるんだね!」

「ああ。最初は魔力の制御に慣れるまで時間はかかるだろうが、魔力の引き出しは魔術の基礎だからな」


 この術式作業にはアウル以外にラグナも手伝うことになった。魔術を使うラグナと魔法を使うアウルが同時に作業を行うことで、イルナミルの中にある魔力がどちらにも順応できるように、反発しないようにするためらしい。


「痛みを感じるのは術式を展開した時ではなく、術式を埋め込んだ後だ。……心の準備はもう大丈夫か?」

「うん!宜しくお願いします!!」


 アウルとラグナが説明したとおり、術式を埋め込んだ後、左目周辺に強い痛みを感じていたが暫くすると治まり、左目をなぞる蔦のような模様が刻まれた。


「お母さん!これでアタシも魔法……じゃなくて、魔術を使えるようになるよ!」


 イルナミルの今までにない笑顔で母親に抱き付く。母親もその姿を見て涙を流しながら抱きしめ、喜んだ。


「アウルさん、センセーありがとう!!」


 こうして、イルナミルは魔力を引き出せるようになった。



* * * * 



「イル、こんなところで寝ていると風邪を引くぞ」

「センセー、アタシどのくらい寝てた?」

「1時間くらい」

「そっかぁ……」


 随分と長い時間夢を見ていた気がすると言えば、夢なんてそんなものだと返される。


 魔力を引き出せるようになって四年。その間にイルナミルはラグナに魔術の基礎を習い、簡単な魔術なら使えるようになった。どうやらイルナミルの属性は火と土だったようで、安定はしていないが、その二属性の基礎魔術は簡単に習得することができた。

さらに、魔術の勉強と並行して、ラグナはこの世の事を必要な範囲で教えた。


「アタシ、色々な景色を見てみたいな……」


 十五歳の時、ラグナと勉強をしている時、イルナミルはポツリと呟いた。

 今までは自宅と綿雪の森を往復するばかりだったが、色々なことを学んでいくうちに、イルナミルの好奇心は外へと向いた。

 その言葉を聞いて、ラグナは少し考えた後、アウルを呼び出し、イルナミルの気持ちを伝えた。なら、『エスピモ』に所属しないかと誘われた。


 誘いに目を輝かせ、母親と交渉。少し悩んだ後、自宅から通うことを条件に、イルナミルは十六歳になった時、ギルド『エスピモ』のメンバーとなった。


「『エスピモ』に所属してから随分経っている気がするけど、実際はまだ1年もたっていないんだよね」

「そうだな。……それで、そのギルドの頼まれた物を受け取りにきたのではなかったのか?」

「あ!!そうだった!!センセー、頼んだ物はもうできてる!?」

「できているよ」


 ラグナから小さな袋を受け取り、中身を確認し鞄の中へ。


「それじゃあ、アタシ行くね!次は魔術の勉強に来るから!」

「ああ。その頃また雪が積もっていると思うから、気を付けて来るんだぞ」

「うん!」


 笑顔で返事をし、イルナミルはラグナの家を後にした。……と思えば、勢いよく扉を開けて戻ってきた。

 忘れものでもしたのかと扉の方を見ると、出ていく時以上の笑顔で


「センセー、ありがとうね!!」


 と言い、再び出て行った。

 外は変わらず青空が見える。積もった雪は太陽光で少し溶けてキラキラと輝いていた。


「よし、今度は迷わないもんね!」


 遭難しかけたあの頃とは違う。今は来る道も帰る道もはっきり覚えている。相変わらず雪で隠されてしまった道を、イルナミルは軽い足取りで歩いて行った。

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