ひとりきりのカフェタイム

雨音|言葉を紡ぐ人

第1話 いつもの場所

毎週水曜日の午後三時。

私は、同じカフェの同じ席に座る。

窓際の二人掛けテーブル。

光が差し込む、一番気持ちいい場所だ。

カフェの名前は「Solitude」。

訳すと「孤独」。

ちょっと変わった名前だけど、この店の雰囲気には合っていた。

いつも空いている。

客は少ない。

だから、私はここが好きだ。

「いつものをお願いします」

店主に注文する。

カフェラテと、シナモンロール。

毎週同じものだ。

店主は、私の顔を見ると、微笑んだ。

「お疲れ様です。今週も大変でしたか?」

「そうですね。仕事が詰まってて」

適当に答えた。

本当は、仕事も人間関係も、全部が詰まっていた。

だからこそ、毎週この時間が必要なのだ。

一人きりの時間。

誰にも話しかけられない時間。

自分だけの時間。

その時間が、私を支えていた。

カフェラテが運ばれてきた。

湯気が立つ。

シナモンロールは、温かく、甘い香りがした。

私は、窓の外を見た。

街が、静かに流れていく。

人々が、目的地に向かって歩いている。

その中に、私も昨日までいた。

でも、今のここは違う。

時間が、止まっている気がした。

その時、向かいの席に、誰かが座った。

「あ...」

私は、息を呑んだ。

それは、女性だった。

私と同じくらいの年代。

同じくらいの髪型。

同じくらいの服装。

何より、同じくらいの表情。

疲れた顔。

でも、ここに来ることで、少し安心した顔。

その女性は、私を見た。

「こんにちは」

その女性が、話しかけてきた。

「え...」

「私、あなたを見ていつも思うんです。私に似てるなって」

その言葉に、私は緊張した。

見知らぬ人に話しかけられることは、滅多にない。

それなのに、こんなカフェで。

「そうですか...」

曖昧に答えた。

その女性は、注文を済ませると、また私を見つめた。

「毎週ここに来てるんですか?」

「はい。毎週水曜日」

「私も。毎週水曜日」

その一致に、私は不思議な感覚を覚えた。

「でも、あなたを見たのは、今日が初めてです」

「私も」

沈黙が訪れた。

その女性は、私をじっと見ていた。

その視線は、何か言い足りない感じがした。

「あの...」

「何ですか?」

「あなたは...誰ですか?」

その問いに、私は答えられなかった。

その時、店主が現れた。

「失礼します」

店主は、向かいの女性の方を見た。

「申し訳ございませんが、その席はご利用いただけません」

「え?」

その女性は、驚いた表情をした。

「そうですか。わかりました」

そう言うと、その女性は立ち上がった。

そして、フェードアウトするように、消えた。

本当に、消えたのだ。

「何が...」

「申し訳ございませんでした」

店主は、謝った。

「あの人は...」

「何でもございません」

店主はそう言うと、去っていった。

私は、何も理解できずにいた。

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