第7話 いきなりの洗礼



 第3王子ルディールが持つ屋敷の一つ、それは私の家族が所有していた農地よりも広い敷地に建っている。宮殿と呼ぶにふさわしい建物は美しく、広い庭園には噴水や池、薔薇のアーチ……。まるで絵本の中のお城のお庭だ。


「では、フィルミーヌ様。一つお伝えしておきたいことが」


 庭園を抜けてお屋敷の正面玄関の前に馬車が止まると、エースが言った。私はブティックで髪を美しく整えてもらい、メイクまでして疲労困憊だった。美しくいるということがこんなに大変だなんて思ってもいなかった。


「はい、何かしら?」

「王子はこの数年、このお屋敷にはいらしておりません」

「つまり……?」



「しばらく、王子にはお逢いになれないということでございます」



 私は少しだけほっとした自分がいる事に気がついた。王子がとても悪い人で、ここにきたらひどいことをされるんじゃないかと思っていたからだ。

 こんなに良くしてもらっているのに大変失礼だけれど、会ったことのない人と「公的な愛人になれ」と言われてもやっぱり……頭ではわかっていても心はついていけない。


「そう……。わかったわ」

「ですが、王子がお妃様を探しているのは事実でございますからこのお屋敷でのフィルミーヌ様の行動は王子に筒抜けでございますゆえ、ご心配なく」

「それって、貴方が私の事を王子様に伝えるということ? それに、王子様は公妾とは一緒に過ごしていないの」

「えぇ、そう捉えていただいて構いません。王子は公妾様たちの中から妃にふさわしい女性を探しておりますゆえ、もしフィルミーヌ様が選ばれた際はこのお屋敷を出て王宮に住む事になります」

「ここには、公妾になることを望んだ方ばかり……じゃなかった?」

「もちろん、王子との結婚を望んでおられない方もおりますよ。ですが、そうではない方もいるという事です」

「エース……私、よくわからないのだけれど……」

「大丈夫でございます。すぐにお分かりになりますよ」



 ルディール王子は、公妾をたくさん娶っているのは事実。しかし、その実態は一緒に過ごしてはおらず、彼は妃にふさわしい女性を探している……?

 王子という身分であれば自分の好みの女性を妻にすることなんて簡単では? それじゃダメってことなのか。だとすれば、どうして私が?


 考えれば考えるほど理解はできない。

 いや、そもそも王族の考えることを庶民である私が理解できるはずがないのかもしれない。


 馬車を降りて、玄関ロビーに入るとずらっと並んだメイドと執事たちが私を出迎えてくれた。100人以上はいるだろうか? お辞儀をする彼らの間を抜けて、エースにエスコートされつつ、お屋敷の中を案内される。大きな会食用の食堂や厨房、大浴室やエステルーム、教会、お茶会用のカフェまで揃っている。


 大階段を登って二階へと上がると渡り廊下が見えた。その先は別の屋敷につながっており……奥から御令嬢らしき女性が侍女を引き連れてこちらへ歩いてきていた。

 彼女はきらびやかな紫色のドレスを見に纏い、色の濃い金髪をツインテールに結い上げている。生粋の御令嬢らしく歩く所作が見事に美しい。


「公妾の一人、グロッタ公爵令嬢のヴァイオレーナ・グロッタ様でございます。年はフィルミーヌ様と同じ17歳」


 こそっとエースが私の耳元で囁いた。私は目の前で足を止めた彼女に先ほど習ったばかりのカーテシーで挨拶をする。


「はじめまして、本日よりこちらでお世話になりますフィルミーヌ・リソットと申します」


 ヴァイオレーナは片眉を吊り上げ、私をジロリと上から下まで舐めるように見てふっと鼻で笑った。


「リソット? 聞いたことがないわね。王子はこんな貧乏人まで公妾にするつもり? ちょっと、貧乏人のくせに図々しいわ。カーテシーは貴族の女性だけができる挨拶なの。猿の真似事で汚さないで。何よ、新しい公妾がくるからウチの派閥に入れてあげようか考えたけど……小間使い以下。エース、うちの派閥が使ってる東棟にはこの子を案内しないで。品が下がるわ」

「えっ……でも」

「あら、私が貴女みたいな庶民に挨拶をするとでも? 馬鹿にするのも大概にしなさい」


 握手をしようと差し出していた私の手をパシっと叩くと、彼女はまるで汚いものでも触ってしまった後のようにハンカチで手を拭い。そのハンカチを近くにいた侍女に「捨てて」と叩きつけた。


 絵に描いたような貴族だった。庶民を「猿」呼ばわりし、汚いものとして扱うなんて新聞のスキャンダル欄だけのお話だと思っていたけれど……実際にあるだなんて。


「彼女は、グロッタ派閥を率いていまして」


 エースは渡り廊下を歩きながら静かに教えてくれる。


「派閥って?」

「このお屋敷は、先ほどご案内した中央棟の他に東棟・西棟がございます。この渡り廊下を挟んで東西に分かれる棟にはそれぞれ、派閥に所属する公妾様のお部屋がございます。先ほどご挨拶をしたヴァイオレーナ様が率いるグロッタ派閥は東棟をお使いに。西棟は王子の初めての公妾であるミレーユ・スピンス公爵令嬢が率いるスピンス派閥のお部屋がございます。ご安心を、ミレーユ様は大変お優しくどなたでも受け入れてくれるでしょうから、フィルミーヌ様は西棟のお部屋をご用意しておりますゆえ」


 私は彼の話なんてほとんど聞こえないくらい動揺していた。

 自分よりも身分が遥かに高くて、庶民を人間だと思っていないような人がいる場所でこれからずっと暮らしていくのかしら。

 

「フィルミーヌ様? どうされました?」

「いえ、ごめんなさい。その西棟の公妾様にご挨拶をさせてくださる?」

「もちろんでございます。それではご案内を」


 私は今から挨拶をする彼女が自分を人として見てくれる方であることを強く願った。



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