第10話 ボアレース

 ダンジョン攻略を始めてから、りかは今年で二年目だ。

 ランクこそCだが、僅か一年でそこまでランクを上げる者は滅多におらず、到達速度だけでいえれば雅人と同等かそれ以上。

 現時点でBランク相当の実力があり、かつ将来的にはSランクに至れるのではと、一部のファンの間では囁かれているくらいだった。


 故に、今の自分の実力が、国内トップクラスの探索者ににどれほど通用するのか、確かめたいと思い、憂さ晴らし配信に出たいと雅人に伝えた。


 だが、それは軽率だった。


 18階層に着くまでは、足を引っ張ているという実感は全くなかったし、事実しっかりついていけていた。


 それが18階層に着いた途端、激変した。


(ボアレースって何なのよ……っ!)


 突然、雅人から告げられた常識外の遊びの内容に対して、最初は疑った。

 そんなことなどできるはずがない。これは何かの冗談だと。


 冗談ではなかった。

 ALLの元幹部たちは平然とそれをやってのけた。

 対して、りかは恐怖のあまり阿鼻叫喚し続けただけだった。


 中規模ダンジョンを完全踏破した時点で、雅人たちの実力が常識外れだということは、分かっているつもりだったが、それはとんだ大間違い。


 雅人たちは、確かに常識外れである。

 しかし、それは実力だけではない。

 思考や行動といったすべて要素において、雅人たちは常識外れだった。


「それじゃ、相棒も見つかったことだしそろそろ始めましょうか……っ!」


 雅人が元気よくそう告げ、他の二人もノリノリでそれに続く。

 りかにとっては絶望以外のなにものでもない。


 雅人と克哉がウリ某とシマウマにまたがる中、虎柄の猪を片手で持ち上げている真己乃がりかの下へ来る。


「さあ、りかちゃん。やるわよ!」

「そ、その……今回は遠慮――」

「やるわよ!」

「うう……」


 逃げようとするりかを真己乃は強引に押し切り、りかを猪の背中に乗せようとする。


「あの、せめて後ろにしがみつく形で」

「それじゃ万が一落ちそうになっても助けられないじゃない」

「そ、そんな……っ」


 必死に背中にしがみついて目を閉じていようと思ったのだが、それはあっさり却下される。

 命の保証がないと言われれば、従わざるをえない。


 りかがタイガーボアの上にまたがると、すぐに真己乃がその後ろに座る。


「真己乃さんと香月さんは二人組ということで、ハンデとしてインコースを使ってください!」

「分かったわ!」


 全員の準備ができたことを確認した雅人が、真紀乃にハンデの内容を伝える。


(インコースって何?)


 猪突猛進という言葉があるように、猪は真っすぐにしか突進できないはずだ。

 実際、試走では直線に走ること以外はしていない。


 りかが不安を覚えていると、三体の猪が三メートルほどの間隔を空けてまずは一列に並ぶ。

 続いてALLの面々は、四肢を使って猪の関節を押さえつけたり、緩めたりしながらスピードを調節し、ジリジリと歩調を合わせながら前進を始める。


(い、いつになったら始まるのよ……っ)


 まるでボートレースのスタートダッシュ前のような雰囲気に、りかは更なる恐怖を覚える。

 そして、十メートルほどの距離を一分ほどかけて進んだところで、真己乃とりかが乗ったタイガーボア、虎介がスタートダッシュを始めた。

 虎介のダッシュに合わせて、ウリ何某なにがしとゼブラも加速する。


 加速が終わった頃には、時速100㎞に達していた。

 普通の猪の突進が時速50kmなので、その倍だ。


(な、何なのよこれ……っ!)


 試走とは比べものにならないスピードに、りかは意識を失いそうになる。


「りかちゃん。正気正気。じゃないともっと怖いわよ!」

「――っ」


 意識を失えば、次目覚めたときはあの世かもしれない。

 そんなニュアンスの真己乃の言葉に、嫌でも意識が再覚醒する。


 直線距離で1kmほど進んだところで、真己乃は前足に添えた腕に力を入れ、無理やりカーブに曲がり始める。

 インコーススタートで始まった真己乃が最初にカーブをはじめ、それに克哉、雅人の順に続く。

 その後、奇麗に半円を描いた後、再び直線に走り始める。

 コーナーを曲がったところで、順位は変わらない。

 ただし、虎介の後ろとの距離は離れていた。


「やっぱり、二人分の重さがある分、減速がしやすいわね!」

「そ、そうですね……っ」


 ボアレースにおいて、ブレーキングは重要だ。

 コーナーに入る際に適切なスピードに落とせていないと、大回りになって走行距離にロスができたり、遠心力で振り落とされてしまう。

 そのため、コーナーに入る前に減速を始めるのだが、虎介は減速のスピードが速いので、コーナーに入るギリギリまで最高速度を保つことができる。

 

 故にコーナーの立ち上がり時点では、虎介が他二人を引き離す形になっていた。

 しかし、重いということには当然デメリットもある。


「やっぱり、加速は二人の方が早いか」


 直線を走り始めてすぐ、先ほどまであったアドバンテージは消えていた。

 重い分、虎介は他の二匹より加速力で劣ってしまうのだ。


 幸い最初のアドバンテージが生きていたのか、次のコーナまで何とか虎介は順位をキープし、コーナで再び差を広げる。

 これで丁度一周が終わった形になる。


「宮辻さん。これ何周するんですか……っ?」


 ようやく少し慣れたのか、りかが今さらのようにルールを確認する。


「ALLのルールだと、全部で5周よ」

「5、5周……っ!?」


 残り4周もあるという事実に、再びりかは絶望する。

 

 それから2週目を終えても順位は変わらず、3週目に入ったところで、レースが動いた。


「よし、木戸さんに追い付いた!」

「雅人くん、早いよ~」


 雅人が克哉に追いついた。

 雅人より重いということもあり、コーナで雅人からリードを広げていた克哉だったが、ここでついに順位が逆転した。

 このままでは、りかたちが雅人に追いつかれるのも時間の問題だった。


「これな中々熱い展開になってきたじゃない!」


 真己乃が盛り上がる。

 その一方で、りかにある変化が起きていた。


「このままじゃ、負けちゃう……」

「りかちゃん……?」


 ボアレースに慣れ始めたのだろうか。

 気づかないうちに恐怖は消え、勝負に考えを巡らせていた。そして――


「真己乃さん」

「何?」

「私にできること、何かありますか?」

「――っ、いいね。そうこなくっちゃ!」


 りかの問いに、真己乃は今日一番の笑みを浮かべるのだった。



 

 

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