第5話:闇魔法使い、会いに行く。

「おはよう、セリア。」

「おはようルシエル。じゃあ、早速ヴァンシャル牢獄へ行きましょうか。」


朝の光が差し込むセリア城の廊下を、ふたりは並んで歩いていたが、セリアは極度に緊張していた。

ヴァンシャル牢獄の子供達によってはルシエルが死刑になるかもしれない。

絶対に死なせたくない。そんな想いを表情が物語っていた。


ヴァンシャル牢獄――闇属性を持つ子供たちが管理される場所。

王都の南端、霧の絶えない谷の底に建てられたその牢獄は、

人々から闇の巣と呼ばれていた。



刑務官はセリアの顔を見て、最敬礼するが、反対にルシエルを畏怖の象徴として睨みつける。仕方のないことだ。


鉄の門が開くと、冷気と共に湿った空気と腐敗臭が流れ込んできた。

内部は薄暗く、どこからともなく聞こえる鎖の音が耳に刺さる。


「う、うそでしょ...」

セリアの目線を辿るとその牢獄には死体が転がっていた。

齢幾ばくにも満たない子供の死体には悍ましい量の蝿が集っている。


(きっと国王はこの現状をセリアに見せたかったのかもしれない)

ルシエルは瞬間的にそう思った。

幼い頃から綺麗な人や物に囲まれて育ったセリア。一人娘であることも起因して国王は過保護にセリアを育ててきた。

聖女ではあるが、戦いにはあまり参戦せず遠くから瘴気を晴らしてきた。

だが、国王が崩御すれば次の王はセリアだ。残酷な国の状況を教えたかったのだろう。


ルシエルが死体に手を合わせると、その姿を見たセリアもぎゅっと目を瞑って手を合わせた。


廊下の奥に進むと、5人の子供たちが檻の中からこちらを見つめていた。

「リストには15人いると記されているけれど...」

残りの子供達は全員、入り口にいた子供のように死亡したのだろう。セリアもそれを察したのかどんどんと顔が青ざめていく。


また、風呂には何日も入れず、食事も充分にもらっていないのだろう。

酷く汚れており、リストに記される年齢よりも幼く見える。

その瞳に宿るのは幼さではなく、諦めと警戒だった。


「……お前、見たことあるぞ。皇女だろ。」

一人の少年が吐き捨てるように言った。

その声に呼応するように、他の子供たちも口々に罵声を浴びせる。

「光属性が何の用だ!」

「ついに俺たちを実験に使うのか!」


セリアは怯えながらも一歩踏み出そうとしたが、ルシエルがそっと腕を伸ばして制した。

彼は静かに子供たちの方を見つめた。

怒りではない。

哀しみでもない。

そこにあったのは――理解だった。


「……怖いんだよね。」

ルシエルの声に、子供たちはわずかに目を見開く。

「闇を持つだけで、誰かに見られるのが怖くて……誰のことも信じられない。今もそうだよ。」

その言葉に、牢の中の空気が少しだけ変わる。


ルシエルはゆっくりと手袋を外し、右手を掲げた。

その瞬間、彼の掌に黒い魔法陣が淡く浮かび上がる。

「僕も君たちと同じで、闇属性なんだ。」

「……うそだ。」

最初に叫んだ少年が、息を呑む。

他の子供たちも言葉を失い、互いに顔を見合わせた。

「嘘ならよかったと何度も思ったよ。」

ルシエルは穏やかに笑う。

「でも本当なんだ。僕は闇の魔法使いだ。それでも生きている。

だから、君たちにも生きてほしい。」

セリアは隣でその横顔を見つめていた。

牢の鉄格子越しに向けられたルシエルの言葉は、静かで、優しく、その場に沈黙が訪れる。


しかし、長年苦しめられてきた子供達の心は警戒心で埋まっていた。

「闇魔法使いは、誰のことも幸せにできない。」

「じゃあ、一緒に証明してくれないかな。僕の仮説も君と同じだ。でも、それでも信じてくれている人に守られて僕は今日まで生きている。」

ルシエルはそっと手を差し出した。


セリアはルシエルの優しい表情を見て微笑むと決意を決めたように口角を上げ、手を叩きながら言った。

「じゃあ、まずはあなた達を綺麗にしなくちゃね。」

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