偽りの聖女の身代わり結婚
花草青依
1 初めての夜
━━美しいお姫様は素敵な騎士様に救われました。二人はその後、多くの人に祝福されて結婚し、いつまでも幸せに暮らしていきましたとさ。めでたし、めでたし。
おとぎ話のお姫様はいつだって素敵な結末を迎える。
私も、物語のお姫様のようになりたいと思うことがあった。強くて優しくてかっこいい騎士様がいつか迎えに来てくれると信じていた。
でも、現実は残酷だ。私は大して美しくもない。私を救ってくれる素敵な騎士様なんていない。21歳になった私は、そのことを理解している。
私、シアリーズ・ジョルネスは、今日をもってシアリーズ・カルベーラになった。若干25歳にして英雄と呼ばれる騎士、アンドリュー・カルベーラ卿と結婚し、彼の妻となったからだ。
私達の結婚式は首都にある教会の大聖堂で盛大に行われた。そこで私はこの身体に似合わない純白のウエディングドレスを着た。シルクで作られたそれは、目利きでない私であっても一目で高価なものだと分かるものだった。
「こんなにも美しいドレスを用意されるなんて。ジョルネス公爵の愛情の深さが分かりますわ」
式に参列した貴婦人はドレス姿の私を見てそう褒め称えてくれた。
でも、これは私のために用意されたものではない。ジョルネス公爵家の威信のために私は高価なドレスを着ているに過ぎないのだ。
「ええ。大切に育てた娘の結婚式ですから。つい、気合が入っていてしまいましてな」
貴婦人の社交辞令に、お父様は大したことのないとでもいうように軽く笑って受け流した。そんなやり取りを、私はやり切れない気持ちで聞いていると、話題は装飾品について移った。
「綺麗な宝石ね」
彼女は心底羨ましそうに、うっとりとした表情で言った。
私の首と耳を飾ったのは、眩いほど白く輝くダイヤモンドだった。これはアンドリュー卿が、私のために用意してくれたのだという。
私はこの宝石の価値に見合うような女ではないのに。彼が割に合わない取引をしたことにいつ気付かれるのかと思うと、気が気でなかった。
高価なドレスと装飾を身に纏った私を見て、参列者達はしきりに「幸せな花嫁だ」と口にした。
━━でも、私は、決して幸せな花嫁ではない。
国の主要な役職に就く貴族達に見守られながら、式は厳粛に進んでいく。
神官の言葉に従い、アンドリュー卿への永遠の愛を宣言して指輪を交換した。
誓いのキスの時に、ベールを上げられて、私は初めてアンドリュー卿を真っ直ぐ見つめた。長身にがっしりと鍛えられた肉体で、肌は少し日に焼けて健康的だ。
彼の姿を私が直視せざるを得ないように、彼もまた、私を見ていた。アンドリュー卿は私を確かめるように、じっと力強い目で私を見つめる。
ありふれた茶色の髪に緑の瞳をした痩せっぽちの私を見て、アンドリュー卿は何を思っているのだろう。
私はというと、彼の真っ黒な瞳に見つめられて居心地が悪かった。だから、本当はこの場から走って逃げ出したかった。
でも、そういうわけにはいかない。私は目を閉じ、口を真一文字にして彼の唇を受け入れた。
結婚式が終わると私は早々に初夜の準備をさせられた。お風呂に入れられて、侍女達に身を任せる。彼女達は念入りに身体を洗い、香油を塗りたくった。私の身体が綺麗になったことを確認すると、私を寝室に送り届けた。
それから私は、一人部屋でアンドリュー卿が来るのを待った。これから起こることを考えると、どうしても落ち着かず、部屋をうろうろと歩いていると扉が開いた。その音に反応して身体がびくりと跳ねた。
部屋の中に入って来たアンドリュー卿は怪訝そうな顔で私を見た。おどおどしている私にいらついているのかもしれない。彼が近づいて来たから、何かをされるのではないかと身構えた。
しかし、彼はただ静かに「準備はいいか」と尋ねてくるだけだった。私は黙って頷いた。
本当は、準備なんてできていない。彼を前にして恐怖は一層増して、嫌な汗が出始めたくらいだ。
でも、私の気持ちなんて関係ないから、黙って頷くしかなかった。
服を脱ぐように促されて私は薄手のネグリジェに手をかける。彼の前で下着を脱ぐのが恥ずかしくてぎゅっと目を閉じて、勢いで脱いだ。裸を見られているのだと思うと恥ずかしくて目を開けられずにいたら、身体を引き寄せられて抱きしめられた。
ゴツゴツして固い感触に驚いて目を開けると、彼の手が私の頬に触れた。そして、アンドリュー卿の顔が私に近づき、すぐに唇に触れた。
━━何、これ。
誓いのキスの時とは違い、アンドリュー卿は私の口の中に舌を入れた。彼が舌を這わせる度に、ぬるぬるとした感触が襲ってくる。それを気持ち悪いと思っても、逃げるわけにはいかない。私は身を固くして彼の気が済むまで耐え続けた。
長いこと口の中を弄ばれて、ようやくアンドリュー卿は私の身体から離れた。乱れた息を整える間もなく、彼は私の腕を掴んでベッドに連れて行くと、寝かせらせる。そして、私の上に覆い被さったのだ。
長身で筋肉質な彼に組み敷かれると、私の身体は私の意志に反して震え始めた。それを何とか押し止めようとしている最中、彼の身体に刻まれたいくつもの傷痕が目に入った。
それが彼を歴戦の勇者なのだと証明していると思うと、不思議と震えが引いていった。けれど、それと同時に、私は彼に与えられた“褒賞”なのだと思わされてしまって、胸が張り裂けそうになった。
「醜いか? この傷痕が」
アンドリュー卿の声に、はっとさせられる。じろじろと見ていたから不快に思ったのかもしれない。私は慌てて首を振った。
「い、いいえ。……ただ、音に聞いた数々のお話は実際にあったことなんだなと思いまして」
そこまで言ってから、失言だったと気づいた。こんな言い方をしたら、まるで私がアンドリュー卿の功績を疑っているみたいだ。
謝った方がいいのだろうか。それとも、釈明をした方が━━
アンドリュー卿は冷めた目で私を見ている。やはり怒っているのだろう。
━━ぶたれたらどうしよう。
お父様に殴られるだけでも痛いのに、アンドリュー卿に殴られるとなると、軽い怪我では済まないだろう。彼のがっしりとした腕は私の首の骨を折ってもおかしくはない。私は恐怖のあまり目を瞑った。
私の荒い息の音だけが、部屋の中で響いていた。
「はぁ……」
大きなため息とともに衣擦れの音がした。恐る恐る目を開けると、アンドリュー卿は服に袖を通していた。
「あ、あの……」
「やっぱり無理か」
彼はぽつりとつぶやくと素早く着替えを済ませて部屋から出ていった。
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