間章 ギルドと貴族 -ルシアンの視点-

 このアストラリア王国の黎明期。

 まだ国が国として成り立っていなかった時代より数多の魔物を倒し、人類の生存権を切り開いた勇者の末裔が住む村。


 数百年に渡ってこのノーザンヒル男爵家……いや、アストラリア王国の最北にて魔物から人類を守護してきた戦士たちが住まう村――ブレトン。


 そこからやってきた少女の背を見送った後、私は水晶に魔力を流し、近隣の街へと現在の状況を伝えるギルド長に頭を下げた。


「ダイヤさん、申し訳ありません。この責任は私が必ず……」

「ルシアンくんが謝る事じゃないわよー。こういうことが起きないようにするのがウチの仕事。今回の件はギルドの落ち度なんだから、むしろ非難して貰わないと困るわー」

「しかし……」

「しかしもカカシもないわよー」


 残念ながら、私の謝罪が受け止められることはない。

 困ったように兎耳を揺らすギルド長は私の謝罪を制すると、手元の水晶に魔力を込めて近隣の冒険者ギルドへの連絡を続ける。


 確かに、理屈の上ではその通りだ。

 ノーザンヒルの近くに大規模なゴブリンの群れ、更には異形の怪物がいることを冒険者ギルドが確認していない。


 あまつさえ貴族である私や、他所の人間であるタマモに初期対応を任せてしまうなど大失態も良い所である。


 だが、そもそも私が冒険者として依頼を受けていなければ。

 若くして亜人に至った強者との顔を繋ぎたいなどと思いつかなければ、ギルドはそもそもこのような失態を侵すことはなかった。


 今回受けた依頼、ホーンディア狩りはあくまでもアイアン級相当のものだ。


 別に依頼内容に嘘が混ざっていたわけでもなく、一流の冒険者であれば、仮にゴブリンの群れと遭遇するという不測の事態が起こったとしても、街に逃げ延びることなど容易にできたはずだ。


 その場合は怪物の発見が多少遅れたかもしれないが、その場合でもゴブリンの群れを討伐するための調査時点で十分に発見、対応が間に合ったに違いない。


 つまりは、この一件で最も大きな落ち度があるのは、有力者と顔を繋ぎたいと思った私である。だからこそ、私はなんとしても、私の手で責任を取らなくてはならないのだが……。


「じゃあ。ノーザンヒル男爵家に貸し一つということでね」

「……分かりました」


 残念ながら、現実というものはそう甘くはない。

 貴族の三男坊程度が自分の力で責任を取れるわけもなく、結局は「冒険者ギルドが泥を被る」と言われると、それを認めざるを得ないのだ。


 冒険者ギルドは家と家、都市と都市の因縁や関係を越えて魔物に対抗するため、地方や地域単位で広域的な連係を行うために作られたこの国有数の組織である。


 あの都市とは仲が悪いからと、牙剣大虎に代表される災害級の魔物が出現しても支援を渋り、結果としてその魔物が他の都市にも被害を出してしまう。


 あるいは様々な事情によって都市側で魔物を倒すための兵士を確保できず、魔物の暴虐を許してしまう。


 こういったことを起こさないように民間側で戦力の調整を行い、有事の対応力を維持しているが故、貴族としては冒険者ギルドに弱みを見せたくない。


 いや、弱みを見せるわけにはいかないと言えるだろう。


 冒険者ギルドに頼れば頼るほど、なんのために貴族は存在しているのか。

 貴族は何のために税を収めさせているのだという話になるのだから。


 そういった意味で、ノーザンヒル男爵家の人間を守るため、災害級の魔物を相手に他所の人間を――よりによって亜人を単身で突発で立ち向かわせたというのは大失態という言葉以外では表現のしようがない。


 場合によっては私が死んでいる方が100倍マシだったという最悪の事態も起こりえたのだ。


 それを「自分たちが指示をした結果である」として、ノーザンヒルとブレトンの間に因縁や貸し借りを作ることなく、冒険者ギルドの裁量で解決させてしまった。


 これではノーザンヒル男爵家として、泥を被って貰った冒険者ギルドに借りができるのは避けられない。


 勿論、ブレトンの村ほどではないにせよ、魔物の脅威が目の前にあるノーザンヒル男爵家と冒険者ギルドの関係は決して悪いものではない。


 私のような三男……、兄上のスペアとして一生を屋敷で過ごすはずの人間を冒険者として受け入れていることからもそれは明らかである。


 だが同時に、貸し借りを本当の意味で「なかったこと」にできるほど関係が良好なわけでもなければ、良好であってもならない。


 冒険者ギルドは家と家、都市と都市の関係を越えた連係を行うためにも、常に中立であることを求められる。


 そうでなければ「あの街の冒険者ギルドは自分の街を優遇している」「ならばこの町の冒険者ギルドも自分の町を優遇しても良いはずだ」となり、結果として連係を行うことが難しくなりかねない。


 そういった意味では、こうした不測の事態でノーザンヒル男爵家に容赦なく貸しを作りに来るギルド長の判断は正しく、私としても納得するしかない所ではあるのだが……。


「納得いかないって顔をしてるわね」

「……申し訳ありません」


 だが、やはり。

 冒険者として家を出ることを望む身としては微妙な感情が芽生えてしまうのは否定できない。


 冒険者ギルドが私のために泥を被ったという事実があるだけで、家族に迷惑をかけてしまいかねない立場なのだから。


「ルシアンくんは頭が良いから色々考えちゃうのは分かるけど、あんまり気にしないで良いと思うわよ?」

「そうなのでしょうか?」

「王都じゃそうなのかもしれないけどね。こっちでお家騒動なんてあまり聞かないでしょう?」


 ダイヤさんは王都で余計な事を学んできたとでも言いたげな苦笑いを浮かべている。こちらでは継承権の争いだとか、お家騒動だとか、そういった話は確かにあまり存在しない。


 日常の隣に魔物の脅威があることもあって、このあたりの貴族は長子相続が徹底されているし、万が一があっても速やかに事前に定められた順位に従って家長を受け継いでいく。


 有事とあれば戦場に立つ必要性が高く、他所の貴族からは婚姻先として人気が無いこともあり、政治的な柵に足元をすくわれる事もほぼないと言っても良い。


 だが、それでも火種は皆無ではない。

 数十年ほど前のスタンピードでは、このあたりを統括していた大貴族、コーリャマ辺境伯を始めとした一族が魔物との戦いで戦死。


 領地を守っていた長子が流行り病に倒れると、周辺貴族の介入を招いて大規模なお家騒動を起こしたのは様々な形で私の耳にも入っている。


 このノーザンヒルが同じ轍を踏まないためにも、父上や兄上達には迷惑をかけたくないのだが……。


「ルシアンくんがそういう性格じゃなくて、王都に被れてやれ改革だ。やれ統制だと言い出していたなら危なかったかもしれないけど、気を付けようと思っている時点で……ねえ?」


 残念ながら、この危機感をダイヤさんと共有することはできない。

 彼女の言う通り、こういった危機感を持つのは私が王都中央学院で学んだからなのか。


 あるいは、分かっていながらギルドがノーザンヒル家へ貸しを作ることを優先したからなのか……。


 ★


 落ち込む気持ちを隠すようにしながら、私は屋敷へと戻る。


 ノーザンヒルという都市の中央からほんの少しずれた場所、役所に隣り合うように併設された屋敷は王都にあるような贅を尽くしたものではなく、質実剛健を体現したかのような簡素なもの。


 装飾らしい装飾は扉の上にあるノーザンヒル家に代々伝わる丘に突き刺さった剣の紋章ぐらいしかないほどだ。


「ギルド長の言う通り、気にし過ぎなのだろうか?」


 なるほど確かに。


 改めて考えてみると、ノーザンヒル男爵家に家族と家督を争い、他家の介入を招いてまで欲しいものがあるか。


 冒険者ギルドに多少隙を見せた所で何か変わるものがあるかと言えば……残念ながら、否と言わざるを得ない。


 屋敷に入っても高名な美術家が作った芸術品も、最新技術の粋を尽くした名品も残念ながら存在しない。


 せいぜいが初代様の時代より伝わる剣や、定期的に鍛冶屋から献上される実用性を重視した名剣がほどほどにある程度といったところだ。


「父上、ただ今戻りました」

「おお。ルシアン、戻ったか。たった今、ダイヤ女史からスタンピードの危険性についての報告があった所だ」


 父上―― ルシウス・ノーザンヒルの書斎に顔を出すと、ちょうどダイヤさんからの連絡が入った所だったようで、通信用の水晶玉が怪しく光を放っていた。


 ……いつものことながら、仕事が早い。

 ノーザンヒルのギルド長である彼女の仕事が早いのは嬉しいことだが、今日はその仕事ぶりが恨めしい。


「申し訳ありません。私が未熟なばかりに……」

「ブレトンへの借りのことなら気にするな――とは言っても無駄なようだからな、とりあえず反省しておけ」

「はっ――」

「まあ。私はお前がどんな反省をするべきなのかは分からないが……。」


 父上はやや呆れたような、困ったような様子でこちらに顔を向ける。

 色々と気にしてくれるのは嬉しいが、そんなに気にされても困るといったようなそんな顔だ。


「スタンピードの危険性、お前はどう見る」

「ブレトンの者からの話を聞く限り、山の勢力バランスが崩れているのは疑いようのない事実。流れてくるのであれば、必然的こちらになるのは間違いないかと」

「こちら側にいた魔物の居場所が圧迫される、か」


 魔物は人間ほどの知恵を持たず、基本的に大規模な群れを作ることはないが、それは集団単位での争いをしないというわけではない。


 人の手が入っていない山や湖には土地の主と呼ばれる強大な魔物がいる場合が殆どであり、彼らは主同士で小競り合いを繰り返している。


 場合によっては複数の主を従えた主が魔物を統べる王、所謂「魔王」として人間の領域に攻め寄せてくることもあるほどだ。


 数十年前のスタンピードでは火剣大虎の近縁種、雷剣大虎が魔王の座についていたこと。


 これを考えれば、「火剣大虎の皮を纏ったサイクロプス」がブレトンで撃たれたことで、どれだけの領域が空白地帯化するのかは想像するだけでも憂鬱な気分になる。


「連鎖すると思うか?」

「知識の上では、ありえるかと。それがいつになるのかは分かりませんが」


 スタンピードというのは連鎖することが多い。


 今回の例でいえば、火剣大虎やサイクロプスに従えられていた魔物たちが、新たにやってきた魔物たちに追い立てられ、勢力争いに敗れることで第一波が発生。


 そして、広大な領域を獲得した魔物たちが更なる縄張りを求め、しばらく間を開けての第二波というような形だ。


 第三波、第四波と続くことは流石に稀……というよりは、スタンピードを起こすために必要な魔物が足りなくなるため殆ど起きないようだが、少なくとも第二波までは備えることが必要不可欠である。


「人と、金がいるな」

「一応、現時点でブレトンにはサイクロプスや火剣大虎の皮があるそうです」

「朗報だな。今年の商隊には色々とおまけを付けるとしよう……お前のためにもな」

「……はっ」


 人類の最前線、アストラリア王国の最前線にあるブレトンへの小隊は年に四度送られる。


 ノーザンヒルから出すのは山奥では手に入りにくい塩、香辛料、紙といった消耗品を中心として、一点物の武器防具を少々。


 ブレトンからはその時々で狩られた各種魔物素材と職人の手による工芸品をという形で取引が行われる。


 その内容は一般的な相場感覚で見ればブレトン側が圧倒的に不利なものになっているが、定期的に遠方まで商隊を派遣する手間賃ということで飲んで貰っているのが実情だ。


 冒険者ギルドが行う補償にだけ甘えるのではなく、ノーザンヒル男爵家としてもブレトンに誠意を見せるのであれば、確かに商隊に「おまけ」を付けるというのは無難な案であると言えた。


「それと……クロとかいう精霊のような人形だったか。ルシアン、お前はどうみた?」


 父上の言葉に、彼の様子を思い出す。

 タマモとダイヤさん、タマモと私。


 それぞれが喋っている間はちょこちょこと小さな体で頷いたり、発言者に顔を向ける様子はなんというか、話に混ざりたくとも混ざれないといった感じでとても人間味が強かった。


 しばらく目を離しているとボーっと動きを止めていて、こちらの視線に気が付くとまた反応を始めるのはなんというか……。


「端的に言えば、寂しがりや、かと」

「寂しがりや?」


 父の眉が上がる。

 寂しがりやとはなんだと言わんばかりの表情であるが、これは文字通りである。


「良くも悪くも、魔物や精霊、あるいは飼い犬や飼い猫のような感じはしませんでした。反応はとても人間的で、話に混ざれないとそれだけで機嫌を少し悪くしていましたから、そう表現するしかありません」

「ふむ。危険な存在だとは思ったか?」

「まったく」


 あれが何か悪意を持って人里に降りてきたというなら、もうちょっとやりようがある。これが幼子の懐にいたのであれば演技を疑うが、彼がいるのは寄りによって亜人の懐である。


 人間に対する悪意を持って亜人の懐という死地にいるというのは合理性が無さ過ぎるのだ。


「で、あれば……。まあ、放っておいても問題無かろう」

「良いのですか?」

「良くはない。良く分からない魔物を都市内に入れるなど、この土地を預かるものとしては看過できるものではない」

「では……」

「だが、あの子は紹介状を持ってきているからな」


 父上の視線が窓の外、恐らくはその先にあるブレトンの村へと向く。


「勇者様が問題無いと思ったのであれば、きっと問題はないのであろうよ」


 長年人類を守護してきた英雄の判断が間違っているわけがない、そんな、一種の確信めいた認識がその瞳には込められていた。

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