隣の家のお兄ちゃんが「沼」すぎる!!!

夢生明

第1話




 4月。温かな風が頬を撫で、桜の花びらが舞い散る。春の幸せな空気を胸いっぱいに吸い込み、私はインターホンを押した。


 私の名前は、宮原小春。今日から東京で一人暮らしをする高校一年生だ。


 高校生から東京で一人暮らしをしたいと言った時、最初は両親から猛反対を受けた。上京するのは大学からでいいじゃないか、と。

 でも、私はどうしても東京の高校に進学したい理由があったのだ。それは……。


 インターホンを押した部屋の中から、足音が響く。やがて部屋の扉が開かれ、一人の男性が姿を現した。


「もしかして、こはちゃん? 久しぶりだね」

「四季くん! 久しぶり!」


 声が上擦りそうになるのを必死に抑えて、私は彼に挨拶をした。


 彼の名前は、天風四季くん。私の4つ年上だから、今年で大学2年生になるはずだ。


 改めて彼の姿を見て私は、


(あ〜〜〜、やっぱりかっこいい!)


 と思ってしまった。


 涼やかな目元に泣きぼくろ、通った鼻筋に甘やかな口元。少し長めの髪を後ろに一つにまとめている姿が、都会っぽくて最高にキマってる。


 何を隠そう、私は彼に恋をしている。そして、今回上京を決めたのも、「彼の近くにいたい」という不純極まりない理由からだった。


 彼とは家が隣同士で、幼い頃から遊んでもらったり仲良くしてもらっていた。しかし、大学入学をきっかけに彼が上京してしまったことで、この1年間は彼と会うことがほとんどなかった。


 その間、私の恋心は募るばかり。本当は四季くんに会いたいのに……。


 そこで私は考えた。私も上京すれば、彼と頻繁に会えるのではないか、と。というわけで、私は両親を説得して、東京の高校に入学することを決意した。

 両親からは“信頼できる四季くんと同じアパートに暮らす”なら、という条件付きでオッケーを出してくれた。

 ちなみに四季くんの両親を通して四季くんにも了承済みだ。更に運のいいことに、ちょうど彼の住んでいる隣の部屋が空いていると教えてくれたので、そこに入居することになった。彼の近くにいたい私としては願ってもないことだ。


 といった事情を経て、私は四季くんの隣の部屋に引っ越すことになった。

 そして、入学式を明日に控える私は東京にやって来てすぐに四季くんに挨拶に来たのだ。


 四季くんは私の姿に目を細めると、扉を大きく開いた。


「入って。こはちゃんが来るって聞いてたから、ご飯用意してあるよ」

「本当⁈」

「うん。おいで?」

「し、失礼しまーす」


 おいで、の声がどこまでも甘い。四季くんの優しい声に導かれて、私はそっと彼の部屋へと足を踏み入れた。


 部屋の中には、机と小さな本棚とベッドしか置かれておらず、シンプルな内装となっている。白と黒を基調にしているから、大人っぽい落ち着いた印象を受ける。


 キョロキョロと部屋を見回していると、四季くんからの視線を感じた。


「な、なに?」

「それ、もしかして制服?」

「……あ! うん、そう!」


 四季くんが指差すのは、私の制服姿だ。実は四季くんに見て欲しくて、制服を着てきてしまった。私はその場でクルリと一回りをする。


「どうかな? 似合う?」

「うーん。どちらかと言うと、制服に着られてるって感じかな?」


 四季くんの言葉に、私は無言で彼の背中をポカポカと叩く。せっかく高校生になったというのに、子供扱いだ。私がむくれていると、彼はクスクスと笑いながら「冗談だよ」と言った。


「大人っぽいよ」

「……本当?」

「やっぱり大人っぽいは嘘かも。可愛いって思ってるから」

「っ、また揶揄ってっ!」

「揶揄ってない。今度は本音だよ。ちゃんと本音で可愛いって言った」

「〜〜〜っ」


 ストレートな言葉に顔に血が昇っていくのを感じた。好きな人に可愛いって言われて嬉しくない女子なんていないと思う。

 四季くんは、ローテーブルの前のソファをポンポンと叩いた。


「ここ、座って?」

「うん!」

「ちょっと待っててね」

「うん!」


 私が勢いよく頷くと、四季くんは私の様子にクスクス笑って台所へと向かった。

 可愛いって言われて浮かれてるのバレちゃったかな? 呆れられちゃった?

 ちょっと気持ちを抑えなきゃかなぁ……うーん。


 そんなことを考えていると、私の目の前のテーブルにお皿が置かれた。


「ほら、こはちゃんの好きなオムライス」


 目の前に置かれた料理に目を見開く。半熟のふわとろ具合が完全に私好みで、私は驚きながら四季くんを見上げた。


「私がオムライス好きなの覚えててくれたの?!」

「もちろん。こはちゃんの好きなもの、嫌いなもの、全部覚えてるよ」


 あ〜〜〜〜〜っ、好きっ!!!


 やっぱりこの気持ちを抑えるなんて無理だ。嬉しすぎて笑顔が止まらない。私は両手で頬を抑えながらニマニマする。


 そんな私の頭をポンポンと撫で、四季くんは揶揄うように私の顔を覗き込んだ。


「せっかくだし、ケチャップで猫さんも描いてあげようか?」

「まって、そこまで子供じゃないよ?!」

「じゃあ、いらない?」

「い、いるけどぉ……」


 私の言葉に四季くんは「やっぱり子供だね」とクスクスと笑う。四季くんは、時々こうやって私を揶揄う。でもそういうところが好き。一生そうやって私を揶揄ってくれればいいのに。


「できた。はい、どうぞ」

「ありがとう!」


 ケチャップをかけ終わった四季くんからオムライスを受け取る。四季くんは普通に画力が高い。ゆえに、オムライスの上にケチャップで描かれた猫ちゃんも、非常に可愛らしい絵に仕上がっていた。


 描いてもらった猫ちゃんをなるべく崩さないようにしながら、オムライスにパクつく。


 私が美味しくオムライスを食べている間、四季くんはずっと私を見つめ続けている。流石に食べているところを見られ続けるのは恥ずかしい。


「し、四季くんは食べなくていいの?」

「いーの。こはちゃんが美味しそうに食べてるところを見るのが好きだから」

「な、な、な、なんで……」

「なんでだと思う?」


 四季くんは肩肘をついて、目を細める。その視線が、仕草が、表情のすべてが意味ありげで……期待してしまう。


 こんなこと言ってくるなんて、もう両想いってことでいいんじゃないかなぁ!……と。


「あ、あのね、四季くん。私……」


 その時だった。インターホンの音が部屋に響いたのは。四季くんは「ちょっと見てくるね」と言って、さっさと立ち上がって扉の方に行ってしまった。


 せっかく勇気を出そうと思ったのにな。来客なら仕方ないけど。


 宅配便か何かかなぁ、と思いつつオムライスを食べていると、四季くんと女の人の声が聞こえてきた。


 玄関から部屋まで少し距離があるので、詳しい話の内容までは聞こえない。だけど妙に親しげなような……。


 私は「少しだけだから」と言い訳をして、そっと部屋から玄関の方を覗き込んだ。

 玄関先で四季くんと話しているのは、綺麗な女の人だった。


 茶色い髪の巻毛とメイクが大人っぽくて、四季くんと並ぶと絵になる美女だ。


 四季くんとどんな関係なんだろう……?


 その女の人は私の視線に気づいたみたいで、一瞬目があった。すると、彼女は口元に笑みを浮かべて、すぐに四季くんに視線を戻した。


 彼女はそのまま四季くんの肩に触れて、そっと背伸びをした。そして………。

 

 待って? あの人、四季くんにキスしてるんだけど?!

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