第1話 手遅れ
軟禁状態が始まってから二日が経った。 そろそろ時間の感覚がぶっ飛んでいく頃合いだ。薄暗く静かな部屋の中、壁に貼られた時計の音だけが、耳を刺すように響く。
カチッ、カチッ、と刻まれるその音が、逆に私の心臓を不安定にさせる。
なぜメルナスの運命を私が背負っているのだろう。思えば思うほど嫌になってくる。
ただのゲームキャラクターだったはずなのに、今では自分の体がまるで他人のもののように感じる。
その上、アリアという存在が、すべてを押し付けてくる。
(アリアのあの冷徹な目を思い出すと…)
アリアの瞳の奥にあったのは、勝者の冷徹さ。
ゲームではまっすぐで義理堅い、無垢な正義の使者だったはずなのに。
今、彼女の目にはただの冷笑が浮かんでいた。
その冷ややかな視線が、私の胸を鈍くえぐった。
痛みはないのに、体の奥がひどく冷えた気がした。
――――それでも、諦めることはできない。
ゲームの中では彼女が主人公で、私は悪役令嬢。でも、今、私はメルナスとして生きている。
このゲーム世界で最も不利な立場の一人だとしても、ただ無視して終わることはできない。ハッピーエンドは掴めなくとも別の道がある。
(何か、策を打たなければ)
時間は解決してくれない。たとえ謹慎が終わったとしてもこの先メルナスに待っているのは’’破滅’’そのものだから。
―――――――作戦ややるべきことリスト、ゲームの知識と現実の整理をしていたらあっという間に謹慎最終日が過ぎようとしていた。
(あとは学舎内の構造とイベント発生場所を確認...)
次に起こるイベントはもう知っている。次は実験棟で起こる生徒複数名の魔力暴走イベントだ。ゲームをプレイしていた時少し苦戦したなぁ...。そう過去に耽っている時''アレ''はもう既にそこに居た。音もなく、影もなく。
ただ、次の瞬間には部屋の中央に。
黒い外套を纏った異形の存在。仮面をつけていて顔は見えない。けれど声だけは、はっきりと人間のものだった。
『メルナス・テレスフォル。真実が知りたいか?』
その問いに、私は目を見開いた。
なぜなら、''アレ''が口にした“犯人”の名は
「……アリア、ですって?」
脳内の処理が間に合わないとはこのことだろう。気づいた時には''アレ''はいなかった。メルナスがアリアを陥れようとしていたことはもうゲームをプレイした時から知っている。その理由は...あれ、なんでメルナスはアリアを陥れようとしたのか?
ゲーム内では語られていなかったような...設定集にもなかったはず。
じゃあなんで―――脳裏に一つの仮説が浮かんだ。もしあの「証拠品」がすべてアリアの用意したものだったとしたら?
あの時の周囲の反応の速さ、彼女の勝ち誇った顔……すべてが、辻褄を合わせるための演出だった?
アリアの陰謀によりメルナスが軟禁状態、その事実に気づいたメルナスがアリアに復讐をしようとしたのではないか。そうだと全てが合点がいく。本物のメルナスも実際こんな感じに''アレ''から事実を知らされたのだろう。あぁそうか。そうだったのか。
腑に落ちる音が、胸の奥で静かに鳴った。
ゲームでは描かれていなかった“裏側”。設定にもない、公式が意図的に伏せた空白。
それは、“主人公”の正義の裏にある、誰かの蹂躙された人生――その筆頭が、メルナスだったのかもしれない。
プレイヤーとして見ていた世界とは、もう違う。
ここでは私は、操作する側ではなく、“生きる”側なのだ。
なら、運命を書き換えるのは、自分自身の意思しかない。
私の名前は、メルナス・テレスフォル。
物語に仕組まれた悪役。なら、私は――その“悪役”を、最後まで演じてやる。
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