第3話:闇色の診断結果

「えっ……と……?」


 何人もの兵士たちに刃を突き付けられた僕の喉から出た声は、ひどく情けなかっただろう。

 

 身じろぎひとつするだけで全身ハリネズミにされそうな状況。

 向けられる明確な殺意に、目眩がする。


「なっ、なんでしょうかこれ……!? 死刑は撤回って話では――!?」



「――――貴様ッ! やはりだったか!」



 …………はい? “魔族の手先”……?

 

 ど、どういうこと……? なんでそんな疑いを掛けられてるの!? そもそも魔族って!?


「ち、違います! なんですかそれ!? 僕はただの人――!」

「魔族の言葉に耳を貸すつもりはない!」


 えぇ……だ、駄目だ。聞く耳を持ってくれない。

 ど、どうしたら……!?


 どうし……たら……――


 


『――大丈夫。言葉には、力が宿るのよ。貴方が想いを込めた言葉は、きっと相手の心を動かすわ。だから――、大丈夫なのよ』

 

 


 ……『どうしたら』、じゃない。

 考えるんじゃなくて、伝えなきゃ。

 こんな状況でも――こんな状況、だからこそ……!

 ちゃんと聞いてもらわなきゃ駄目だ!


 呼吸が浅い。喉がひりつく。声が震えてしまいそうだ。

 けど、それでも。


 僕はまだ……――こんなところで、死にたくないっ!


「お願いします! 聞いてくださいっ! 僕は――っ!」

「決して油断するな! いつ醜悪な本性を現すか――!」




「――――矛を収めろ、お前たち」




「え――?」

「こ、国王様……?」


 その声は、先ほどの柔らかな調子とはまるで違う。

 玉座から響く一言が、場の空気を一瞬で凍らせた。


 一斉に、鎧のこすれる乾いた音が鳴った。

 兵士たちは息を呑み、矛先をわずかに下げる。


 けれど、隊長さんだけは毅然とした態度で言い返した。


「しかし国王様! この者は――!」

「聞こえなかったのかな。――下がれ、と言っているんだが」

「――。……申し訳、ございません」


 そう言って、兵士さんたちは元の持ち場に戻っていった。

 

 こ、こわ〜……。

 ルーくんさん、優しい人かと思ってたけど、ちゃんと圧あるなぁ……。

 なんてガクガク震えていると、彼は僕に視線を向けて軽く頭を下げた。


「すまないね、ハイミリツくん。彼らは真面目でね。己の職務を全うしようとしただけなんだ。決して君をいたずらに傷付けようとした訳ではない」

「は、はぁ……」

「ただ……怖がらせてしまったことは事実だ。彼らに代わり、非礼を詫びよう。本当にすまなかった」

「あ、はい……大丈夫です。かなりびっくりはしましたけど……」


 兵士さんたちに悪意がなかったのはわかっている。

 彼らも、“なにか”に必死だったのだろう。

 

 だからこそ、気になることがあった。

 さっき言われた“魔族の手先”とは、一体なんのことなのか……?


「……僕の魔法適正は……一体、なんなんですか……?」


 僕の問いに、国王様はほんの少しだけ視線を落とした。

 まるで言葉の重みを選ぶように。


 

「――――“闇魔法”だよ」


 

「闇、魔法……?」


 言われて、先刻のことを思い出す。

 黒く光った水晶……確かに、闇と言われればしっくりくる色だ。

 けれど、それとさっきの兵士さんたちの態度が結び付かない。


「闇魔法って、どんな魔法なんですか?」

「そうだね……驚かせてしまうかもしれないけど」


 国王様は神妙な顔で、不安になる言葉を口にする。

 自分の魔法は一体なんなのか……思わず固唾を飲む。


「一言で言ってしまえば――“”だ」

「魔族の……?」


 また出た、魔族。

 なんとなくの想像はできるけど、この世界の魔族ってどんな存在なんだろ?

 ……なーんか、あんまり良い印象はなさそうだけど……。


 と、ぼんやり考えていると、「分かんないよね」と国王様が補足する。


「魔族っていうのはその名の通り、“魔界”で暮らす、人ならざる者たちのことを指すんだ。そして、それを統べるのが――“魔王”」

「“魔界”に“魔王”、ですか……」


 如何にも“異世界の厄介者”って感じの単語が出てきたなぁ……。

 ……ん? ちょっと待てよ?


 

 ……――これ、僕がこの世界に呼ばれた理由だったりしない?



「あの、ルーくんさん。今って、この国や近隣のどこかが魔族の手に脅かされていたりとかは……?」


 もしそうであるなら。

 いわゆる、“勇者”という存在として。僕がこの世界に呼ばれた可能性もあるんじゃないか。


 しかし、ルーくんさんは首を振った。


「いや。3年ほど前に、俺が直接魔王と話し合いをしたんだ。結果、『争いあっても互いに損をするだけだ』と結論付けてね。以来、かの国とは不可侵条約を結んでいる。近隣諸国がどうかは知らないけど……少なくともこの国で、魔族との諍いは滅多に起こらないよ」

「あっ、そうなんですね……」


 魔界と言えど、あくまで一つの国ってことかぁ。

 今は争ってないってことは、『灰海律、勇者路線』はなさそうだねぇ。

 

 ……ん? でも、『争いあっても互いに損をするだけ』って……?


「……そう。それ以前は、戦争をしていたんだ。俺たち“人間”と、彼ら“魔族”とでね」

「せ、戦争……!?」

「この城にいる兵士たちも、戦場に駆り出された経験を持つものばかりだ。皆にとっては、辛く苦しい思い出だろう」

「そう、だったんですね……」

「だからこそ――ここで、君の魔法適正の話に繋がるのさ」

「あっ……」


 な、なるほど……。

 ただでさえ僕は、突然現れた得体の知れない“異邦人”。

 そんな奴が、“”の適正を持つなんてことが分かれば……。


 ――――“魔族の手先”と見るのは妥当な判断だ。

 

 過去に戦争をしていた相手、その仲間だと思えば、殺気立つのもむべなるかな。

 しかも国王様の目の前だしね……。


 兵士さんたちを見ると、どこか気まずそうに顔を逸らされてしまう。

 ……一体、どれだけの辛い経験をしてきたのだろう。

 彼らを見て、に、胸が苦しくなった。


「――とはいえだ。闇魔法を扱う人間は。かなーり珍しいだけで、有り得ない話ではないんだよ」

「っ、そうなんですか!?」

「うん。だから――国王的には、問題な〜し! この件は変に抱え込まないで、この国でゆっくりしてってくれ!」

「あ、ありがとうございます!」


 よ、よかったぁ〜……今日だけで寿命が半分くらい縮んだ気分だよ……。

 とはいえ……やっと、本当に――新しい人生が、始まるんだ……!


 ……あれれ? そういえば……。

 目の前の大問題が片付いたことで、に思考がスライドした。


「あの、ルーくんさん……? 僕って、これからどこに住めばいいんですかね……? ご飯とかも……」


 “殺される”ことと“生きていけない”ことは、話が別だ。

 自由になれても、食べていけなかったら意味がない。


 せめて、寝床だけでも……城内の空き部屋に住まわせてもらうとか!

 そんな希望を抱きルーくんさんを見つめると、彼はふふっと、輝くほど満点の笑顔を浮かべ――




「『この国でのを許可する』としか俺は言ってないよ。――――それ以外は、自分でどうにかしなよ」


 そう、半笑いで言った。




「えっ……そ、その……全部、というのは……」

「住むとこも、ご飯も、生活資金の工面も。働かざる者食うべからず、だよ」

「右も左も分からないのに!? せ、せめて“旅立ちの支度品”みたいな下賜をいただくこととか……」

「君だけを贔屓することはできないなぁ」

「くぅ、それはそう……!」


 な、なんてこった……。

 これは……先行き不安なスタートだぁ……。

 ……どうしよう。異世界転移したてで、いきなり“ホームレス確定”だなんて聞いてないよ……。






「『ハイミリツ』、か……」


 ルシウスひとりとなった国王の間。

 彼は、先程の青年の言動や立ち振る舞いを思い返していた。

 何度も、何度も。繰り返しループ再生するように。


(――記録にあった、“過去の異邦人”。一件や二件じゃない、何度も現れたという“異世界転移の”。しかし――そのどれもが、記憶を失い獣と成り果てただったという。行く先は皆――死刑だ。

 だが、彼は……記憶もあり、言動も普通。あまりに平凡。……――故に、イレギュラー。どうにも……)


「……そこにいるかい?」

「はい。お呼びでしょうか、国王様」


 ルシウスが問いかけると、虚空から返答の声が飛んでくる。

 彼はかの存在を認め、再び思案を巡らせる。

 

(闇魔法を使う人間は、稀にいる。――魔法適性に、生まれや種族は関係ない。適性は、その者の“内面”と強く結びつく。それ即ち、本来の彼は――荒々しく粗暴な魔族と、近しい精神性を持つということだ。

 ……しかし、彼はどう見ても普通の、穏やかな小市民にしか見えない。腹の底に一体何を隠しているのか……興味深いね)


 好奇心に満ちた、しかしどこか影のある笑みを浮かべ、彼は虚空の人物へ命令を下す。


「彼は、貴重な人材だ。我が国にとって有用な人物足り得る。同時に、危険な反乱因子となる可能性も。

 ――というわけで、君にはをお願いしたい。いいね?」

「……御意」


 その返答とともに、気配が霧のように溶けた。

 そこに人など最初からいなかったかのように。

 

 ルシウスはひとり、胸を高鳴らせた――その感情は、未来への期待か、未知への警戒か。


「ハイミリツ……君の魔法は、をしてるのかな」

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