第2話

 朗々としたマイク越しの声が反響する中、たらりと冷や汗が流れ落ちる。前世の人たちが恋怪と聞いて思い浮かべるのは、おおよそ2つのことである。まずひとつは、ホラーゲーム×乙女ゲームという異色さ。そしてもうひとつは。


(モブの命が軽すぎるってことなんだよな〜〜!!!?)


 とにかくモブがあっけなく死ぬ。まず怪異が登場する前日譚で死ぬ。そしていざ幕開けでまたひとり死ぬ。なんなら2人以上まとめてのアンハッピーセットで死ぬこともある。さらにヒロインたちの解決が長引けば長引くほど、モブは死んでいくのである。


 ——そしてここがポイントなのだが。

 なんと、ヒロインことデフォルト名:ミラ・アモルティアは選択肢でモブの命を盾にして生き延びることができるのである。最悪すぎる。というのも、難易度が高いとミラにもたびたび命の危機が訪れるからで。ホラーゲーム慣れしていない乙女ゲームのプレイヤー達に、多少なりとも配慮したシステム、だったのだろうと思う。もちろん、モブを盾にするところを攻略対象者に見られると好感度は下がる。当然である。


「それでは、次に我が校の代表より、新入生歓迎の挨拶をします」


 その言葉が聞こえてきてハッとする。入学式の様子で、恋怪の難易度選択がどのモードなのかわかることを思い出したから。たしか、恋怪の難易度は4段階。


 満月の夜イージーモード

 半月の夜ノーマルモード

 三日月の夜ハードモード

 新月の夜ナイトメアモード


 以上の4つだ。月の満ち欠けに合わせて難易度を表していて、明るさ=難易度になっているのがわかりやすいと言われていた。


 そして話は戻るのだが、入学式のどの段階でミラが来るかで、難易度がわかるのである。入学式に始めからきちんと参加している場合は、満月の夜のイージーモード。そして今聞いたこのセリフ「それでは、次に我が校の代表より、新入生歓迎の挨拶をします」に合わせて、こそこそと隠れるようにミラが入場してくれば半月の夜、いわゆるノーマルモードになる。


(どうかミラがこの時点で居ますように!)


 祈りながら不自然にならない程度に周囲を見渡したけれど、ミラの姿は見えなくて。この時点で残された難易度は、三日月の夜と新月の夜だけになってしまった。希望に満ち満ちた入学式の中で、ひとり世界の終わりを迎える前に祈りを捧げている人のように、せめて三日月の夜であれ、と強く願う。三日月の夜であるなら、ミラは入学式をしているうちにやって来る。しかし、新月の夜であるなら。ミラは入学式を寝坊して、すっぽかすのだ。


「それでは、最後に……」


 いよいよ入学式の終わりが近づいている。ヒロインのミラが来ないままに。このままでは、新月の夜と呼ばれる、いわゆるナイトメアモードに突入してしまう。


(ナイトメアモードだけは嫌だ、ナイトメアモードだけは嫌だ)


 心の中でひたすらに祈る。なぜって、私は恋怪のストーリーが怖すぎて、ノーマルモードすら攻略を諦めたので!


 *


「来なかった…お先真っ暗……ハハ、新月だけにって?やかましすぎるんだが???」


 ガイダンスやら何やら終わった教室の中。手を組んだところに、額をくっつけた状態で絶望する。無人の教室の中に、乾いた笑い混じりのひとりごとが響く。渡された資料は各自の寮の部屋についてや、基本的な過ごし方、ルールの乗ったガイダンスブック、シラバス、つまり学習概要についての本だったのだけれど。それらのことよりも、これからの未来についてのことで頭がいっぱいで。


「新月の夜についてわかってることといえば……」


 脳内を整理するためにぼそぼそ呟く。教室に他の人の目がないからこそできることである。まず、隠し攻略キャラを攻略できるのが新月の夜だけ。けれどこれはいまどうでもいいので、置いておく。他にわかることといえば、他の難易度に出てきたイベントが突発的にランダムで起こりつつ、新月の夜固定イベントが入り混じってくるということだけ。新月の夜については、公式がネタバレ禁止を謳っていたため、他には何もわからない。あ、プレイした人のネタバレにならない程度のネタバレで、ホラー7割ヤバさ2割恋愛1割という呟きはSNSで見た。


「つまり……?」


 今後についての手がかりはゼロである。詰んでるな、なんて遠い目をしてしまう。


「早く帰れよ〜」


 不意に教室の後ろ扉の方から声がして、ハッとして時計を見る。ガイダンスが終わってから30分しか経っていないけれど、もう帰らないとまずいのか。そう思って、ふと違和感。


(今声かけてきた人、移動してるよね?)


 だってたった今、教室の前扉を横切ったんだから。なのに、この違和感はなんだろう。そう考えて、気がつく。騎士さんっぽい服装で、鎧靴を履いていたはずなのに、足音がしなかったな、と。嫌な予感が警鐘を鳴らし始める。けれど、怖いもの見たさとでもいうべきか、確かめて気のせいだったと思いたいせいか。とにかく確かめなければという思考に突き動かされて、前扉からひょっこりと顔を出して騎士さんが消えていった方向を覗き込む。マントが見えてほっとしたのも束の間、その足元には。


 ——影がなかったのだ。


 それを確認した途端、頭を引っ込めて、さも何もありませんという顔を作って、後ろ扉から出て、反対方向の階段へと向かった。心の中では絶叫しながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る