6節12話 邂逅
(ああ、そうか……)
ここは走馬灯か、あるいはすでにあの世に来てしまったのだと、ヴァルカは解釈する。
「久しぶり、大きくなったね。というより、渋くなった?」
そう言って悪戯っぽく笑みを浮かべる彼女は、紛れもない本物だと断言できた。
「リィ、ナ……」
ヴァルカは一歩ずつ、近づいていく。
「リィナ……」
「うん、なぁに、ヴァルくん」
「リィナ……!」
すぐ前まで近づくと、ヴァルカは彼女の足元で力なく崩れて両膝をついた。
「ずっと……」
ずっと、三年前のあのとき、あの日から一度たりとも流すことのなかった涙が、堰を切ったように両目からあふれ出る。
「ずっと、会いたかった……!」
「……うん」
リィナは立ち上がり、そっとヴァルカの頭を抱き寄せる。
「ずっと会って、リィナに謝りたかった。守れなくて、ごめんって……! あのとき……ただ見ているしかなくて、ごめんって……! 情けない男でごめんって……!」
抱えていた後悔、罪悪感が涙とともに止め処なく頬を伝った。無力ゆえに救えず、無力ゆえに復讐もできず。理不尽を受けるしかなかった自分が、ずっと許せなかった。
「怒ってないのに、許すも何もないよ。それにヴァルくん、すごく頑張ったじゃん」
「リィナ……」
顔を上げると、彼女の優しい微笑みが視界に入る。
「今まで、いっぱい辛くて、苦しくて……本当に、お疲れ様」
「リィナ……〝俺〟……ずっと辛くて、痛くて、とても怖かったよ……」
「うん、うん……わかってる。ずっと見ていたから。ヴァルくん、ずっとみんなの前で強がってたもんね。本当はそんなに強くないのに……本当はずっと泣きたかったのに」
「俺……やったよ。あの〈インフィルトレーター〉を倒したんだ……」
「うん、それも見てた。これで世界は、今より少しだけ未来が見れるようになった」
「……なあ、リィナ。これから俺達一緒だよな?」
「…………」
「リィナ……?」
「……ヴァルくんは、もう……帰らなきゃ」
「え?」
ぽかんとした顔を浮かべるヴァルカ。彼女の言っている意味がわからない。
「帰らないと。みんなのいるところに」
「いや、でも俺は……リィナと一緒に……」
「ダーメ。だってヴァルくん、私のこともう恋人ってほど好きでもないでしょ?」
「え……」
そんなことはない。もしそうだったら、今まで〈インフィルトレーター〉を倒すためにすべてを捧げてこなかったはずだ。
そう言葉にしようとしたら、人差し指でそっと唇を塞がれる。
「ねえ、ヴァルくん。今あなたに、心から〝生きたい〟人生ってある? 〝死んでいないだけ〟でも、〝死ねない〟でもなく、そしてただ何となく〝生きている〟わけでもない、あなたの思う本当の意味での〝最高〟の人生って……どんなの?」
「俺の……生きたい、最高の人生……」
「もうあれから三年も経ったんだよ? 長くはないけど、決して短くもない」
そう言って、彼女はヴァルカを放して背を向ける。
「復讐と罪悪感だけの義務ような理由で、私のところへ来ないで」
「リィナ……」
「そんな理由で一緒にいたいなんて思われても、私は嬉しいなんて思わない」
そして寂しそうにリィナは振り返り、
「あなたの帰りを、待っている人がいるでしょ?」
そう言われて、ふと脳裏に浮かんだのは、ミーシャさんの顔だった。
「……ふふ、やっと気づけた? 目を逸らしていた〝生きたい〟人生に」
「リィナ、俺は……」
正直それがリィナの言う〝生きたい〟人生なのかは、はっきりとはまだわからない。しかし彼女の言う通り、もう本当はすでに――――。
「〝申し訳ない〟なんて顔しないで。せっかくの渋くなったイケメンフェイスが台無しだよ? そこは笑顔でお別れがいいな」
〝お別れ〟。改めて言葉にされると、心が突き刺すように痛い。たとえ理由が変わったとしても、彼女を嫌いになったわけではないのだから。
「人はいつか死ぬ。だからまた会えるんだし、お別れといっても一時期的なものだよ。次会ったとき、教えてほしいんだ。ヴァルくんが、どんな最高の人生を送ったのかを」
「リィナ……」
「それが、私の最後のお願い」
〝お願い〟。そうかつて恋人だった人に言われてしまっては、敵わない。
「……………………善処、する」
「ちがーう! 〝善処する〟じゃない! 〝全力でする〟の!」
子どものように頬を膨らませて、人差し指でヴァルカの額をツンとつつく。
「ふっ……そうだな。全力でするよ……生きたい人生ってやつを」
ヴァルカは立ち上がった。すると思っていたよりも、リィナの頭が下の位置になっていることに気づく。元々あった身長差が、どうやらこの三年による肉体成長でよりついてしまったらしい。
「うん! それでこそ、私の愛するヴァルくんだ!」
そう言って見せた微笑みは、まるで太陽のように明るく眩しい。
「分けてあげる。帰るべき場所に帰るために。私の魔力、最後の想いを――――」
そして心を暖かく灯してくれるのだった。
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