1節6話 世界の現状と魔獣
「ここからは少し歴史の授業のおさらいになるが……約二十年前、この世界に突如として魔道を扱う生物群――〝魔獣〟なる存在と、ダンジョンというやつらの巣と推定される地下構造物が発生したのは教えたよな?」
そう、これは意外だったが、異世界ファンタジー世界によくあるダンジョンや魔獣といったものは、実はこの世界ではつい最近まで発見されていなかった。普通の犬や猫に鳥、熊や猿といったいわゆる動物と呼ぶ存在はいたが、魔道を扱えるのは人間だけだったのだ。しかし自分が生まれる少し前、突如として魔道を扱う魔獣という存在が出没し始めた。
(まあ、俺はまだ見たことないけど……)
というか、まだこの国には魔獣は現れていないので、誰もその姿を見た者はいない。噂や人づてに聞くだけだ。
「魔獣はそのすべてが人類にとって未知の塊であり、そして我々人類の絶対的な敵だ」
話によると積極的に狙って人類を襲うらしい。従来の動物は前世もそうだが、当然人を襲うこともある。しかしそれは護身のためだったり、捕食としても基本動物は人を恐れるので確率は低い。一方魔獣は従来の動植物よりも優先して人を襲い、殺し、食らう。それも微塵も恐れず躊躇わずに。
「最初にこれらが確認された場所はどこだ? ラルゴ・エルーロン」
「はい……西の果ての大陸にある国――〝プリマス〟王国です」
「正解は〝プリムス〟王国だ、馬鹿者。以前の講義で言っただろう?」
「すみません……」
「その国が攻められた当時は、まだ魔獣のこともダンジョンのことも深く知られていなかった。ゆえに未知の群勢の蹂躙を許し、わずか一週間で王都が――プリムスは滅んだ。その隣国ヴィリディス共和国も翌月には更地になった。その当時の魔獣の群勢はざっと見積もって、二十万に近かったと言われている」
国の滅亡。戦争や革命によって国が滅びることはなくもないが、人ではない万単位の存在によって滅ぼされるというのはこの世界ならではだ。しかしそれはこの世界にとっても初めてのことのようで、皆不安と緊張の面持ちでごくりと息を呑む。
「やつらは人々を襲い、殺し、食らい尽くし、そして乗っ取った領域に次のダンジョンを造って拠点とする。さらに繁殖しているのか……数を増やしながら、じわじわと人類の生活圏を侵略し、現在はこの世界の六割近くがやつらの手に落ちたと言われている」
つまり人類の生存圏は残り四割強。自然とヴァルカの表情は険しくなる。
「なぜ突然この時代我々の前に現れ、我々の領域を侵略しているのか? なぜ今まで姿を見せなかったのか? 逆にあの万を超える群れが、なぜ今までこの歴史上一匹も我々に見つからなかったのか? ダンジョンなんて地下構造物、いつどのようにして造ったのか? やつらについては、ほとんど何もわかっていない。未知の独自の生態系を持ち、人類との意思疎通も不可能だ」
ヴァルカは前世で見たゾンビ映画を思い出した。数の暴力をもって、生きた人間を襲ってくるさまは似ている。
皆の不安と緊張が募るのを見て、先生は途中で話を止めた。
「……すまん。不安にさせたな。お前らはこの国もいつか攻められるのでは? と思っただろう。だが、もちろん人類もずっと指をくわえて、状況を眺めていたわけではない。二十年……完全ではないにしろ、魔獣を研究し、魔道も発展させて対処できている。さらに人類は様々な国と国が対魔獣で一致団結している」
安心したのか、生徒達の中から「お~」という安堵と感心の声が上がる。
「それにこの国フェリックスは最初の発生地プリムスから遥か遠くの東に位置し、オマケに周囲を広大な列強に囲まれている。オリエンス帝国、アウロラ共和国、ヴェスパー王国だ。本来であればフェリックスのような規模も国土も小さい国は三ヶ国の板挟みになるのが常だが、今では天然の〝壁〟によって守られている。西側ヴェスパー王国の国境にはたびたび魔獣の群れが押し寄せているらしいが、現状一匹も国内への侵入を許していない」
「なら……!」
とクラスの誰かが言いかける。恐らく〝安心ですね〟とでも言おうとしたのだろう。しかしそれを察してか先生は遮った。
「……とはいえだ。だからといって惰眠を貪っていい理由にはならん。今人類が一致団結しているこのときに、我々は安全圏にいるからこそ、〝できること〟をせねばならない」
「それが……魔道使いの訓練ですか?」
その質問はリィナからだ。
「そうだ。フェリックスは、対魔獣のために築かれた人類団結の輪〝世界連合〟の所属国だ。平和だからといっても、その一端を担う以上協力せねばなるまい。いや、平和だからこそその〝余裕〟をもって貢献しないといけない」
前世では世界規模の連合は珍しくないが、この世界においていわゆる国連のような組織は初めてのようだ。
「確かに仲間として手を組んだのであれば、助けられる余裕のあるときは助けるべきですね。逆にいざってとき助けてもらうためにも」
そう言うのはビビだ。
「そのとおりだ。その助け合いのために、この国は今魔道使いの強化に力を入れている。我々のことだな」
もちろん対魔獣のためだけではないだろう。もしいつか人類が魔獣との戦争を終えたら、次はまた人類同士の争いの世に戻る可能性が高い。人類とはそういうものだ。いくら世界連合なんてあっても、そのまま一致団結して世界平和になるとは限らない。そこを見据えて、この国に限らず、各国は対人類も考慮した軍備強化を今から図っているのだ。
「お前達は卒業後、ほとんどがこの国の軍か世界連合軍に所属し、この学舎で学んだ術式を魔獣どもに向けて振るうことになるだろう」
この学園は今や未来の魔道特化軍人養成学校である。かつてそれはあくまで選択肢のひとつで、主に研究者や国内外の魔道関連産業の従事者育成が目的だったが、今では完全ではないものの逆転してしまった。
(今のところこの国は安全だから実感はないけど、やっぱ戦時中なんだな……)
そのうち国境沿いまで攻めて来たりしないだろうかと不安になる。
「幸い、この国の魔道使い――魔道兵はいずれも才能豊かで、他国よりも一歩二歩先をいっていると国は謳っている。すでに前線に出ている者達はヴェスパー国境で、次々と戦果を上げているそうだ。そういう意味では、お前達の出番はしばらくないかもしれんな」
自国の魔道使いの優秀さとその実績を聞いて、皆の表情が見る見る明るくなっていく。
「……だが、忘れるな。仮に入隊してすぐ前線勤務にならなくても、いずれはなる。そのときここでの学びは必ずやお前達を守り、魔獣殲滅の力になるだろう――わかったか!」
「「はい!」」
先生の熱い言葉に生徒達は一斉に声を張った。
「……よろしい。では今後の予定の話をしよう。来月はより実戦を意識して、初のクラス内チーム対抗総当たり戦を開催する。覚えた魔道を用いて、五対五で模擬戦をしてもらう」
模擬戦と聞いて生徒達に緊張が走る。
「なに、安心しろ。常に主審副審の複数の教師が審判すると同時に、受けた傷は我々が責任持って治癒魔道で癒してやる。それとチームメイトは今回好きに組んでいい。当日までに仲間を集めておけ。五人に満たないチームは、私がくじ引きで決める」
それから先生の視線はヴァルカ達――というより、主にリィナとビビに向いた。
「決着は然るべきときにつけろ」
生徒のやる気を促す目的もあるのか、リィナ達を焚き付ける。育てるためなら生徒同士の対抗心も利用する教育者だ。
火を灯されたリィナとビビは黙って睨み合う。ヴァルカとラルゴと異なり、このふたりは根本的に相性が悪い。
「……負けないから、ビビ」
「こっちのセリフ。勝って土下座させてやるわ」
そうバチバチ火花を散らす横で、ラルゴは再びヴァルカに耳打ちする。
「これ、俺らの喧嘩だったはずだよな……?」
「……だった、はずだ」
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