演技派マドンナの化けの皮を剥ぐ話

最中庵

プロローグ 足りないものがあるのなら、それは

 筆が紙面をなぞる。部屋に充満する絵の具の匂い。独特だけど、私は嫌いじゃない。斜陽が窓枠の影を落とし、その反射光で私とキャンバスが淡く照らされている。紙面の凹凸がわかりやすくなり、その凹凸の影を潰すかのごとく絵の具を載せていく。

 ──絵を描くのが好きか、と問われれば私はその答えをすぐには出せない。好きとも嫌いとも言えなくて、かといって私の生活から切り離せるわけでもない。私の、日常の一部。

 隣においてある筆洗に筆を突っ込む。水を含んだ筆をパレットに入れて、淡い色合いを作り出す。科学の調合をするみたいに、調理の味付けをするみたいに。また、紙面に載せてみる。先程載せた硬い質感の絵の具と溶け合って、なんともいえない微妙な質感を作り出す。 

 ふと筆を止めて美術室を見回すと、作品がずらりと並んでいた。私の絵柄とは違う、いろんな人達のいろんな絵。キャラクターイラストを得意にしている人もいれば、背景に力を入れている人もいる。どれも、温かみがあって、思わず頬を緩ませてしまいたくなるいい絵だと思う。


 それと比較して、私の絵にはその温かみがない。


 何が足りていないのか。なんとなくわかっている。技術的な問題と言うよりも、私の心の問題。私は本当の意味で心を理解していない。だから、人の心に響くような作品を作ることができない。

 絶妙なタッチの絵。それ見て、満足の行くような気持ちと、納得のいかない気持ちが二律背反としている。いつも、この葛藤に悩まされている気がする。周りの絵を見てみて、よく分かる。いくら私が画力を上げても、みんなが持っていて、私に足りないものがある。私を囲んでいる絵たちが、私を押し付けているようで、少しだけ息苦しくなる。それから逃げるように、私は大きくため息を吐いた。


「はぁ、仕方ない」


 今日も、『演技』の練習をしよう。私の『絵』のために。

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