第11話 灰の設置者

朝。

 加賀美は団地の一室で、薄い陽を浴びながら机の上の金属片を見つめていた。

 昨日、給気塔の裏で拾ったものだ。

 表面に細かい線が刻まれ、わずかに魔力のような反応が残っている。

 異世界で見た“導媒陣”――その一部に酷似していた。


「……導媒板(どうばいばん)か」


 異世界では、空気や魔力を安定させるために使われた装置。

 だが、この世界には存在しないはずのもの。

 しかも現代技術で作られた形跡がある。

 誰かが“模倣”している。


 瓶の中に、給気塔から採取した灰と金属粉を入れて振る。

 粒が沈む速さが異常に早い。

 導媒板から出た反応金属が混ざっている。

 自然現象ではあり得ない。


「……こいつ、灰を作ってる」


 封鎖区の地図を広げる。

 灰が発生している地点を赤ペンで囲むと、北の給気塔群が一直線に並んでいた。

 風の流れ、塔の配置、どれも“意図的”だった。


 誰かが、この街の空気の流れそのものを操っている。


 ポストが鳴った。

 封筒。差出人なし。

 中には短い文と通行証。


> 「城南北ブロック・入域許可 三日間有効」




 発行元は警備本部だが、署名欄は空白。

 加賀美は眉をひそめた。


「……俺に行けってか」


 外套を羽織り、地図を畳む。

 封鎖区へ向かう足取りは迷いがなかった。



 封鎖区北側。

 金属柵の前には警備員が二人。

 通行証を見せると、あっさり通された。

 確認も雑だった。

 わざと通すよう命令されている気配がある。


 中は静かだった。

 風のない街。

 アスファルトの上には白い灰が薄く積もり、

 靴の底でかすかに音を立てる。


 給気塔の裏へ回る。

 外壁に小さなパネル。

 開けると、中には金属の板が設置されていた。

 それが灰を吹き出している。

 動力はまだ生きている。


「……やっぱり導媒板だ」


 指先で回路をなぞる。

 反応がある。

 導媒陣と同じ構造――ただし、魔力の代わりに電気を使っている。

 この世界の科学技術に置き換えられた“異世界の呪具”だった。


 パネルの奥で、何者かが板を交換している。

 作業服を着た男。

 工具の扱いは慣れているが、軍や警備の人間ではない。

 民間の作業員を装った、何か別の動き。


 古い板を外し、新しいものを装着。

 その瞬間、灰が吹き上がり、風向きが変わる。

 空気が逆流し、目の前が白く霞んだ。


(この板、空気を“押し出す”構造か……灰を拡散するための逆流装置だ)


 作業員が去ると、足元に外された古い板が落ちていた。

 拾い上げ、裏面を見る。

 中央の回路は“吸い込み型”。

 抑制用――つまり灰を封じる側だった。

 新しい板はその逆、増幅用だ。


「封印を解くために、わざと交換してる……」


 導媒板の中に、微かに魔王の呪いの反応が残っている。

 あの戦場の残滓が、確かにここで動いている。


 加賀美は導媒板をアイテムボックスにしまい、塔から離れた。



 その頃。

 医療本部では白石ユリが灰の分析報告を受けていた。

 テーブルには灰のサンプルと、測定データの束。


「灰の中に、微量の金属粉が含まれていました。

 自然発生ではなく、人工的な化学反応の結果です」


 助手の報告にユリが頷く。

「給気塔の空気制御装置が原因かもしれません。

 空調部品の交換が頻繁に行われているようです」


「装置の名称は?」

「“部材A-78”とだけ記録されています。製造元は不明」


「……発注履歴を調べてください」

「はい」


 ユリはデータを見つめながら、灰の成分表を指でなぞった。

 自然界にない元素構成。

 人為的に作られたもの。

 だが、意図が見えない。


(何のために、灰を作る?)



 夜。

 加賀美は団地の机に新しい板を置き、拡大鏡を覗いた。

 表面に二重線が刻まれている。

 魔王封印陣の回路構造と一致していた。


「……まさか、導媒板そのものが呪いの再現装置か」


 ステータスを開く。


【賢者カガミ/状態:死人(デッド・マギア)】

封印解除率:37%

副次効果:灰耐性(微)/理性安定化


 数値がわずかに上がっている。

 自分が灰の反応に近づくたび、力が戻っていく。

 導媒板が“魔王の呪い”と同じ性質を持っている証拠だった。


「このままじゃ、街ごと巻き込まれる」


 窓の外で、遠くの塔が赤く点滅する。

 風が灰を運び、月明かりを遮った。


 加賀美は外套を羽織り、無言で立ち上がる。


「導媒板を止める。それが俺の役目だ」


 封鎖区の夜へ向かい、足音が静かに消えた。



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