第58話 私が愛して尊敬している旦那様

「信じている、って……」


 俺は突然抱き締められてドキドキしたけど。

 それ以上に、ラヴィンさんの言葉が受け止められなかった。


 俺は完璧に負けたって言ったのに。


「それは俺が勝てるって思ってるってこと?」


「ええ」


 見上げる俺に、真剣な顔で頷くラヴィンさん。

 そして彼女は


「……コイチさんは絶対に逃げてはいけないときに、恐怖に負けて逃げたりしない人です」


 俺の目を見つめて、そう言ったんだ。




「え、でも俺」


 災厄の日が来た後。

 3年間逃げ回っていたんだろ?


 そう言おうとした。


 彼女の言ってることが理解できなくて。


 逃げてるじゃん、俺。

 なのに俺は逃げない人間だなんておかしいよ。


 そう思ったから


 だけど


「でも、私が戦っていることを知って、自分も戦うことを決めてくれました」


 そう、俺から目を逸らさず。

 真剣に言ったんだ。


 そして少し躊躇って


「……コイチさんが最初3年逃げ続けたのは、命を賭けて守るべき人たちが東京壊滅時に皆亡くなったからです」


 顔も知らない人々のために、命をいきなり賭けられる人はそう多く無いです。

 当たり前のことなんです。


 ラヴィンさんのその言葉に。

 俺は思い出した。




 最初の……一番最初にスーリアに乗ることを決めたときの気持ちを。




 俺はあのとき。

 ここで戦わないと、未来の俺が自分の奥さんを過去に送り込んでまで変えたいと思ったことが変わらなくなる。

 そう思ったんだ。


 そしたらきっと、俺の未来も同じ結末になり。

 そして俺は、また自分の奥さんに過去に行ってもらうお願いをすることになる……


 俺が勇気を出さないと、それが繰り返されるんだ。

 そう思った。


 そう思ったから、言ったんだよ。

 あのとき。


 スーリアを出してくれ、って。




「コイチさんは決断が出来る人です。ここは逃げてはいけないと分かっているとき、絶対に逃げない人なんですよ」


 ラヴィンさんの言葉には慰めの響きは無かった。

 ただ、真剣に


 お前はお前の本質を自覚しろ、見失うなと言ってくれてる。


 そしてそれは


「私が愛して尊敬している旦那様は」


 この言葉で、俺の心に火を灯らせた。


 ラヴィンさん……


 俺はそんな彼女の気持ちに応えるように


「でも、どうしよう……俺の技量は、ストーン大帝どころか、ALTの先生に届いていないんだ」


 何か解決策を知ってることを期待して、そう言う。

 今日戦ったのは学校の先生で、普通のその辺の人なんだ、って。

 ラヴィンさんは、そんな俺の言葉に頷いて


「確かに何もしないで強くなるのはあり得ないですよね」


 そう返してくれた。


 うん、そうだよ。

 少なくともリチャード先生に勝てないのに、ストーン大帝が操るあのシャンドラと戦って勝つのは無理だろ。

 何故ってストーン大帝は未来の俺とほぼ互角だったみたいだし。

 おそらく未来の俺なら……リチャード先生にも負けてないはずだろう。


 その状況で「負けられない」という気持ちだけで勝つのは無茶だ。

 無理に決まってる。


 だったら、どうするんだ……?


 これから毎日、学校サボってゲームセンターに通うのか?

 でもCPU戦なんて楽勝過ぎて練習にならないし。

 普通のプレイヤーが、リチャード先生レベルであるはずもない。


 ホント、どうすればいいんだろう……?


 悩む俺。

 そんな俺に


 ラヴィンさんは教えてくれた。

 優しい笑顔で。


「ロボAIにトレーニングをお願いしてみましょうか」


 えっ


 ……トレーニング?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る