青と恥

 青という言葉を想像する。青空や青春のように明るい印象を持つこともあれば、マリッジブルーやマタニティブルーのように暗い印象でも用いられる。不思議と日本語の青だと肯定的、英語のブルーだと否定的に聞こえる気がする。二〇二三年、新しい学校のリーダーズの「オトナブルー」という曲がヒットした。これが「オトナ青」というタイトルだとしたら、大人の瑞々しさを描いた明るい印象の曲に変わると思う。ブルーシールというアイスブランドがある。あれは英語のブルーだが爽やかなイメージだ。ブルーという言葉が語頭にきているからだろうか。否、ブルーカラーという言葉もある。これは悪いイメージというと語弊があるが、前向きな論調で用いられる言葉ではないだろう。では、ブルドッグ。犬種だ。もしくはソースだ。だがブルーではなくブルだ。失敬。BLUEではなくBULLだ。あ、ブル中野。これはBULLだろうか。知らない。漫画「ザ・ファブル」。これはファBLE。寓話という意味だ。殺し屋の話だったと思う。寓話なのか?読んでいないからこれも知らない。

 私は「~ぶる」人が好きではない。えらぶる、つよぶる。それこそ、おとなぶる、も。素直にありのままが良いと思う。アナと雪の女王。ありのままの姿見せるのよ、ありのままの自分になるの。ありのままの自分とは「なる」ものなのだろうか?ありのままになるというのは、ありのままぶっているだけではないのか。ありのままぶる奴なんてろくでもないぞ。「世界に一つだけの花」。ナンバーワンにならなくても良い、元々特別なオンリーワン。そんな歌を作りながら違法薬物に手を出している。法を破る奴が啓蒙するなよ。その啓蒙は自己弁護。自己弁護士の詭弁だ。詭弁を持て囃す人間も同罪である。恥を知るがいい。恥を知る、というところから、恥汁という言葉を考えついた。検索してみた。アダルトグッズが表示されたが、言葉としてはあまり使われてなさそうだ。アダルトグッズの恥ずかしい汁なら性分泌液のことを指すのだろうが、恥ずかしいときに出る汁なら性分泌液より汗だ。

 汗。青春。良かった。「青」に戻ってこれたぞ。青春の汗は恥汁とは言えなさそうだ。青春に汗をかいたような人間が社会では求められている。物理的に汗をかく青春を過ごしていた人間は当時、学校というヒエラルキーの上部にいたはずだ。それなのに社会に出て汗をかく仕事はブルーカラーと呼ばれる。良いとされたはずのことが、あまり良いとは言われなくなる。汗をかけと教わって育つのに、汗をかかない職業のほうがモテるし稼げる。そんなの、大人になってひねくれないほうが不思議である。梯子を外された気持ちになった者もいるだろう。卒業後の大転落。トランプの大富豪における革命だ。うむ。トランプ元大統領。トランプさんはお騒がせなイメージだが戦争にはあまり興味がない。オバマさんはクリーンなイメージだが、戦争をちゃんとしている。戦争は駄目。デンジャラスというコンビのノッチがオバマさんの物真似をしていた。戦争する、デンジャラスな、オバマのね。ノッチとCOWCOWの多田って少し被る。COWCOWといえば伊勢丹の紙袋だよね。

 伊勢丹といえば新宿である。新宿は日本で最も清濁混合な街で、色んな人間がいる街で、エネルギーの渦がものすごい。屋内に逃げ込んでもここは新宿。伊勢丹の中なんて金で見栄を売買する場所である。気持ち悪くならないほうがどうかしている。まともな人間は五分とて滞在できない。麻痺している人間のみがあの場で息を吸える。立ち寄りたくない百貨店である。

 そういえば冒頭からずっとマジカルバナナのようなことをしていて、小説を始めていないではないか。マジカル頭脳パワーしている場合ではないぞ。

 そのとき、銃声が聞こえた。隣で板東英二が胸を撃たれた。胸ポケットにはゆで卵が入っていたのに、ゆで卵の硬度では弾丸は止められなかったようだ。ドンマイ。私は咄嗟に駆け出した。四方八方から爆発音が聞こえる。悲鳴が飛び交う。私は悪夢を見ているのか。悪夢であるなら覚めてくれ。昼に食べた北極ラーメンのせいか腹も痛い。腹が痛いなら夢ではないのかもしれない。わんわんっ。愛犬のポチが並走していた。ポチは首輪をしていなかった。それどころかだいぶでかくなっていた。でかした!私はポチにまたがり新宿を離脱した。

 あのぉ。私は新宿を離脱したつもりでした。しかしどうやら新宿は増殖したらしい。先ほど御苑の横を通り過ぎたはずが、また御苑が見えてきた。ギョエーン。って、泣いても仕方がない。ポチのもふもふした背中が頼もしい。しかしポチの背中にはノミがいたようで、足じゅう何だか痒い。腹が痛いうえに足まで痒い。こんなときにショートパンツをはいていた私の馬鹿。もう漏れそう。私は、口から限界の吐息をこぼし、ポチの肌色を茶色に染めた。ポチが吠えた。ばうばうっ。たぶん怒っている。あとできびだんごあげるから許して。きびだんごのことを考えていたら、なんと神田川を大きな果物が流れてきた。どんぶらこどんぶらこと大きなバナナが。私はポチと神田川へ飛び込んだ。下痢を洗い流しながらそのバナナを剥いた。バナナを剥いたら、またバナナが出てきた。そのバナナを向いたらまたもやバナナ。またまたバナナ。バナリョーシカだ。最後のバナナを剥いたら身が出てきて、ちゃんと食べられた。ポチにも半分やってきびだんごの代わりにした。

 この新宿はすでに戦場だ。近所の雑居ビルを駆け上がり、周りを見渡してみる。多くの建物が壊され燃やされ、朝までの新宿は遠い昔。ディストピアになってしまった。蒙古タンメンで空腹を満たしていたのんきは私はもういない。ビルを降りるとポチはいなくなっていた。下痢まみれにしたうえにバナナを半分しかよこさなかった私に愛想を尽かしたのかもしれない。こいつ昼に蒙古タンメン食べたくせに、食べたクソに、と。知るか。汁か。恥汁か。まさにさっきの下痢は恥汁だ。

 舞台を新宿にしてしまったことを後悔してきた。せっかくなら青山とか青海とか、せめて青梅とか、青っぽい街を舞台にしておけば良かった。ただでさえ嫌いな新宿がもっと嫌いになってしまう。だが、これは夢だ。この悪夢を作り出しているのはきっと私自身。念じろ、念じろ。

 目を覚ました。夢の中で目を覚ますという技をキメた。ここは教室。先生の声とチョークの音が響く。隣に眼鏡で三つ編みの女の子。水色のシャツ。彼女は、たまちゃん?あたしゃあ、ちびまるこになっていたよ、とほほ。先生が私をさくらさんと呼んだ。ぎくっ。授業何も聞いていないよ、どうしよう。

「さくらさんは将来何になりたいのですか?」

 将来。昔はCAさんに憧れていたんだっけ。大好きだった飛行機。羽田空港。必ず展望デッキに寄った。境のフェンスがもどかしかった。いつも強い風が吹いていた。搭乗すると外の音が全く聞こえなくなって、現実から隔離されたようだった。そして青い空へ飛び立つ。ずっと空を飛んでいたかった。幸せだった。CAさんは美人で、笑顔で、いつでも私にやさしかった。いつでも飛行機に乗っていられるCAになりたかった。でも私は恵まれた容姿も学力も愛嬌もあいにく持ち合わせていなかった。往生際が良いのが私の取り柄だと自称している。すぐに何でも諦めてきた。人生も、下痢便意も。

 先生の質問に答えようとした瞬間、ヘリの轟音が響いた。皆が外のヘリに目を奪われ、一目散に教室を飛び出した。窓から飛び降りる児童もいた。先生まで飛び降りていた。私とたまちゃんはお行儀良く階段から下りた。ヘリから現れたのは、なんとトランプとオバマだった。校門からノッチと多田とでかいポチも走ってきた。校庭には色とりどりの花が咲いていた。花屋より綺麗だった。スピーカーから聞き覚えのあるイントロが流れてきた。オトナブルーだ!!

「わかってる ほしいんでしょ♪」

 私もたまちゃんも先生も、トランプもオバマもノッチも多田も。皆が校庭で踊っていた。あまりにも幸福な時間だった。皆が笑顔だった。皆が汗をかきながら、夢中で。夢中で。


 私は本当に目を覚ました。いつもの散らかった部屋に、垂れて渇いた枕のよだれ。ん?股に違和感。寝糞だ。恥汁だ。最悪だ。

 下半身とベッドを恥汁まみれにしたままスマホを開くと、アルバムには身に覚えのある動画が保存されていた。夢の中で踊ったあのオトナブルーだ!そんなことって!!奇跡!私はSNSに動画をアップした。バズったが、一日も経たずに動画は削除された。鳴り止まない通知は夏祭りの花火のようだった。黒い液晶に通知が絶えず咲いた。私のスマホにはまだ動画が残っている。見せてあげうか?

 私は青春を誤解していた。夢の中のオトナブルーは、私にとって一抹の青春だった。笑顔と汗と高揚。あの気持ちを思い出せばいつでもどこでも、大人でも新宿でも青春できるんだ。やりたいときにやりたいように。ありのままに。恥汁を恐れずに北極ラーメンだって食べる。CAさんも目指せる。違法薬物は駄目だけど、私もあなたも世界に一つだけの花。だって元々特別なオンリー、わんっ(ポチ)。

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