出来損ないと虐げられ追放されたオメガですが、辺境で運命の番である最強竜騎士様にその身も心も溺愛され、聖女以上の力を開花させ幸せになります

藤宮かすみ

第1話「出来損ないのオメガ」

 煌びやかなシャンデリアが眩い光を放つ王宮の大広間。着飾った貴族たちの囁き声が、まるで不快な羽虫の羽音のように僕の耳を苛む。

 その視線の全てが、僕――リアム・アーリントンと、目の前に立つ婚約者、アラン・フォン・エルミート王太子殿下に注がれていた。

 アラン殿下の隣には、小鳥のように愛らしい少女が寄り添っている。平民出身でありながら、百年ぶりに現れたという聖女マリア。彼女は不安げに長いまつ毛を伏せ、殿下の腕にギュッとしがみついていた。

「リアム・アーリントン!今日この場でお前との婚約を破棄する!」

 アラン殿下の声が、氷のように冷たく広間に響き渡る。

 貴族たちの間に、より一層大きなざわめきが広がった。誰もが好奇と侮蔑の入り混じった目で僕を見ている。

『ああ、やっぱり』

 心のどこかで、ずっと前から分かっていた。この日が来ることを。

「殿下、それは、どういう…」

 かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く震えていた。

 アラン殿下は僕を汚物でも見るかのような目で見下すと、隣のマリアの肩を抱き寄せた。

「私は真実の愛を見つけたのだ。マリアこそが、私の唯一無二の伴侶となるべき女性だ」

「そんな…私たちは、生まれた時から…」

「黙れ!お前のような出来損ないのオメガが、私の隣に立つにふさわしいとでも思っていたのか?」

 出来損ない。

 それは、物心ついた時から浴びせられ続けた言葉だった。

 公爵家に生まれながら、僕は劣性のオメガだった。兄や姉は皆優秀なアルファか、せめてベータ。オメガとして生まれたのは僕だけで、それは一族の恥だと父に言われ続けた。

 唯一の希望が、幼い頃に定められた王太子殿下との婚約だった。これさえあれば僕にも存在価値があるのだと、そう信じて生きてきたのに。

「それに、お前は聖女であるマリアに嫉妬し、彼女を虐げてきたそうだな。その陰湿な心、もはや許すことはできん!」

「ちが…っ、私はなにも…!」

 僕が何かを言うより早く、マリアがびくりと肩を震わせ、アラン殿下の胸に顔を埋めた。

「アラン様…もうおやめください。リアム様も、きっと悪気があったわけでは…私が平民だから、邪魔だったのですよね…うっ…」

 すすり泣く彼女の姿は、誰の目にもか弱く虐げられた被害者に映っただろう。

 貴族たちから「なんて酷い」「聖女様がお可哀想に」という囁きが聞こえてくる。違う、違うんだ。僕は彼女に会ったことすらないのに。

 どうして、誰も信じてくれないんだろう。

 アラン殿下は僕の言い分など聞く耳も持たず、吐き捨てるように言った。

「見苦しい言い訳はよせ。聖女への反逆は国家への反逆と見なす。よって、リアム・アーリントン、お前をアーリントン公爵家から勘当し、魔物が巣食う最果ての地、ヴァルトシュタイン辺境領へ追放することを、ここに宣言する!」

 追放。

 その言葉が、頭の中で何度も反響する。

 視界がぐにゃりと歪み、立っているのがやっとだった。

 周りの嘲笑が刃となって僕の心を突き刺す。

 美しい装飾も、輝くシャンデリアも、何もかもが色を失っていく。

 これが、僕の人生の結末。

 虐げられ、蔑まれ、誰にも愛されることなく捨てられる。

 涙さえ、もう流れなかった。

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