綾香の舌打ち

「……母さん、行ってくら」

「は~い、いってらっしゃ~い! いい感じになったらお母さんにも報告するのよ~!」


 う、うるせええ!!

 金曜日になり、荷物を纏めて家を出ようとしたらこれだ……別に綾香のことは全く伝えていないってのに、まるで全て分かってますよと言わんばかりの母さんだ。


「……はぁ、本当にうちの母さんはうるさい人だ」

「ちょっと、それはひどくな~い? まあでも、それだけ息子を愛してるってことだからね! それじゃね~!」


 ……本当にうるせえ。

 けどああいう母さんにずっと育てられて、俺はこんな風に育っちまったわけだしなぁ……全然嫌じゃなくて、母さんや父さんの息子で良かったと思えるくらいにはな。


「さてと、とっとと行くか」


 家を出た足取りは……まあ軽かったわ。

 夕方ということで辺りは暗くなってきたが、この辺りの道はもう完全に覚えてしまっている……何がどこにあって、どの時間帯に近所の爺さんや婆さんが散歩しているのかだったりな。


「……どうなっちまうんだろうな」


 正直なことを言っていいか?

 俺は大変……大変期待と言いますか、エッチなイベントなんかをこれでもかと期待している。

 俺と綾香は付き合ってないが……それでも男女一つ屋根の下……エッチな想像をしない方が逆に失礼ってもんじゃないか?


「……緊張してきたぜ」


 妄想するだけならタダだけど、現実でも味わってみたいよなぁ……。

 そんな風に期待をしながらの道中。後少しで綾香の家に着くと行ったところでまさかの出会いがあった。


「……あ」


 そこに居たのは徳井だった。

 先に家に帰って着替えた俺とは違い、おそらく遊んで帰ってきたのかまだ徳井は制服姿だった。

 嫌な所で出会ったな……ってなんでか分からないけど、俺って徳井に苦手意識持ってないか? そうは思ったけど、別にこいつに遠慮することはないじゃないかと考えを切り換えれば、その瞬間徳井のことはいつも以上にどうでも良くなった。


「……………」


 会話を交わすほどのことでもない。

 黙って隣を素通りしようとしたが、徳井は俺に向かって口を開いた。


「なんで……なんでお前がこんなところに居るんだよ」

「……は?」


 えっと……ごめん、思わず目を点にして驚いちゃったわ。

 確かにこの辺りで徳井と会うのは初めて……ではあるけれど、誰がどこに居ようがそんなことを言われる筋合いはないんだがな。


「俺がどこに居ようといいだろ? 別にここがお前んちの庭ってわけでもないんだし」

「っ……お前みたいなのが居ると近所の人が怖がるだろ! それに……綾香だって怖がるはずだ!」

「……怖がるって言われたら確かにって思うが、それでもお前にそういうことを言われる筋合いはねえな?」


 こいつ……面倒な奴だな本当に。

 でも……俺は少しだけこの時の自分が嫌になった――何故ならこれから向かう場所はこいつが大切に考えている幼馴染の場所であり、今日一夜を共にするんだぞと、そう思って優越感を抱いたからだ。


(俺は……)


 そうだな……認めるしかないか。

 俺はこんな奴が綾香の傍に居るくらいなら……俺が彼女の傍に居たいってそう思っている……ムカつくこいつに嫌がらせをしたいとかは一切ないが、綾香をこいつの手の届かない所に俺が連れて行ってやるとか……割と本気でそう思ってしまったんだ。


「もしも……もしも綾香に何かしたら許さないからな?」

「へぇ? 何をどう許さないんだよ」


 止めておけばいいんだがなぁ……まあ俺もガキなもんで、理不尽に突っかかられると苛々してしまうんだよ。

 教えの一つ、人睨みで相手を分からせろ。

 それを実践したことで徳井はうっとビビったように一歩退き、そのまま背を向けて行ってしまった。


「……んだよ……てか冷静に考えて、普通に俺の見た目がなんであれあの言い草は酷くないか?」


 結論、苛々する以前にあいつが酷い奴って認識でOK?

 念のため振り返ってみたが徳井の姿は見えなくなっており、それから何度か背後を確認しながら綾香の家へ……そしてついに辿り着いた。

 インターホンを鳴らすと程なくして扉が開き、完全のオフ状態……露出の多い際どい私服状態の綾香が顔を見せた。


「いらっしゃい天斗君」

「お、おう……」

「どうぞ、入って?」

「……お邪魔します」


 綾香の家……初めてだ。

 緊張しまくってガチガチになっている自覚はあるものの、家の中の雰囲気は温かい……普段はきっと、ここにご両親が加わって微笑ましい光景が広がるんだろうなと想像が出来るほどだ。


「……………」


 てか、そんな温かな光景の中……フリフリと綾香の尻が揺れている。

 膨らんだ胸にムチッとした太ももなど……とにかく目に毒ではあるが、初めて家に来たということで緊張が更に割り増しされている感覚だ。

 家に呼ばれて……何をすることになるのか、期待に胸を膨らませながら綾香の部屋へと向かった。


「ここが私の部屋」

「……うっす」


 通された彼女の部屋はとても綺麗だった。

 ただ漫画が好きだと言っているだけに、アニメのポスターなんかも掛けられているし、本棚にはそれこそ漫画がビッシリ……もちろん参考書などの勉強に使う物も多くあったが、綾香だからこそって感じの部屋だ。


「荷物、そこに置いていいよ」

「あぁ……ってまさか俺、ここで寝たりするのか?」

「え? そうだけど?」


 何を言ってるの、そんな風に見られた。

 綾香の使うベッドが置かれていて、部屋の隅に敷布団が畳んであったのでまさかとは思ったけど……寝るのも同じ部屋なのか。

 ただでさえ緊張が大きかったのに、更にまた膨れ上がっていく。

 今までに感じたことのない大きな緊張は、静かすぎるのが俺らしくないと自覚出来てしまうほど……だがそこで、綾香が俺に抱き着いてきた。


「あ、綾香……!?」

「ここでは二人っきりだよ、肩の力を抜いて……ね?」

「……これじゃあ抜けるものも抜けないじゃ?」

「それもそっか……でも、緊張している天斗君もいいね」


 更に強く、綾香は身を寄せてきた。

 胸元で大きく潰れた胸の感触と、甘い香りに頭がおかしくなってしまいそうだったが……流石に何とか堪えることは出来た。

 というかやっぱり普通ならここまではしないだろう……綾香は本当に特別な気持ちを俺に抱いてくれているのだろうか。


「今日、天斗君を呼んだ理由はもちろんあるよ……一緒に過ごしたかったというのも本当……でも一番は、私のことを今よりもずっと意識してほしかったの……あなたのモノに私はなりたいから」

「そ、それは……」

「それは天斗君のことが――」


 決定的な言葉が今……。

 しかし、そこでインターホンが鳴って来客を知らせた。


「……………」


 ふぅっと息を吐く俺だが、綾香の表情はあまりにも攻撃的な物だ。

 この来客に対して明らかにキレた様子の彼女は、ため息を吐きながら俺の手を引いて玄関に向かう……そして――。


「どなたですか?」

「綾香、俺だよ」


 玄関の向こう、扉を挟んで聞こえてきたのは徳井の声だった。


「どうして慎が……?」

「その……今日一人なんだろ? それで――」


 ちっと、綾香が舌打ちをしたのを俺は確かに聞いた。

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