撫でられたいんだって

「……お?」


 昼休み、屋上でのんびりしていたら母さんからメッセージがあった。


『帰りにお野菜とお肉買ってきてくれない?』


 そんな短い文章だが、俺が母さんの頼みを断ることは基本ない。

 母さんは内で、父さんは外で家を支えている……俺がこうして立派に成長出来たのは全部、そんな尊敬出来る両親のおかげなんだから。


「……でもなぁ」


 ただ、こうして頼みごとをされる際の悩みが一つ。

 母さんのお願いを聞く形での買い物はまあいい……でも俺みたいな風貌の奴がスーパーに入ったりすると、それはそれで目立ってしまうわけで。


「前行った時、レジとかでビビられたもんな……」


 いやマジで、俺は本当に騒ぎを起こすような奴じゃない。

 それはスーパー側の店員ももう分かってはくれてるだろうけど、スッと距離を取って歩かれたりするのは気にしちまうんだよなぁ……まあでも仕方ねえかぁ。


「むむむ……むむむのむってやつだな」

「何がむむむなの?」

「……え?」


 俺しか居ないはずの屋上だったのに、いつの間にそこに居たんだ?

 顔を上げるとそこに居たのは綾香。

 視線が合いクスッと笑みを浮かべた彼女は、そのまま俺のすぐ隣に腰を下ろした。


「綾香、何してんの」

「何って天斗君と話したかったからだけど? だってほら、休憩時間に邪魔が入っちゃったじゃん」

「邪魔って……それ、徳井が聞いたら泣くぞ?」

「なんで? 勝手に勘違いして、勝手に私の時間を邪魔したのはあっちだもん」


 あぁ……やっぱ徳井に対して好意はないんだな。

 喋っている綾香の表情は険しいもので、今までに見たことがないほど怖い表情だった。怖いというのは今までの彼女比であって、俺からすれば全く怖くはないんだがな。


(なんか言われたんだろうなとは思ってたが……だからこその徳井の表情だったわけか)


 あの件があった後、教室に戻ったら少し睨まれたんだよな。

 すぐ後ろが俺の席なので近付いたら視線を逸らしたけど、まあ何を言われたかどうかに興味はないので別に聞かなくていいか。


「それで、どうしてむむむって唸ってたの?」

「それは……あ」


 ピコンと、俺の中で名案が浮かんだ。


「なあ綾香、もし良かったらなんだけど」

「? 何?」

「放課後、買い物に付き合ってくれないか?」

「お買い物? うん、いいよ」


 咄嗟の提案だったが、あっさりと綾香は頷いてくれた。

 少しでも考える素振りくらい見せると思ってたんだが……まあでも、一応どうしてなのか事情は説明した。


「なるほど……あははっ、確かに怖がる人居るかもね」

「だろ? だからそこに綾香みたいな子が居てくれると、店員さんもあまり気にしないんじゃないかって思ってさ」

「考えすぎだとは思うけど……でも分かったよ、付き合ってあげるね」

「サンクス!」


 いやぁ助かる!

 別に綾香に頼まなくても一人で行く気ではあったが、これでいつになく気楽に買い物が出来そうだ。


「綾香はそんなのいらないって言うかもしれんけど、普段からの礼も何かしたいところだな……何か考えておいてくれ」

「お礼……かぁ」


 う~んと考え込む綾香だったが、あっと声を上げた。

 そのままグッと顔を近付けてきたことで、彼女の顔面がドアップ……それとなく距離を取れば、綾香は体全体で更に近付いてきた。


「おい、近いって」

「いいじゃんこれくらい」


 いや良くないから……。

 それで綾香は何を閃いたんだ?


「今、頼んでも良い?」

「今出来ることなら全然」

「出来るよ……凄く簡単なこと」

「それは?」

「……頭、撫でてほしいかなって」


 ……頭を撫でてほしい?

 予想していなかった提案に目を丸くしたが、綾香は目を閉じてその時を待っている……俺はしばらくどうしようか考えたものの、それをしてほしいのならと思い手を伸ばした。


「……………」


 綾香の頭に手を置いて最初に思ったのは、凄く髪の毛がサラサラだって感想だった。

 指に絡むことが考えられないほどに質感で、傍から見ても手入れを怠っていないんだろうことは分かっていたが、まさかここまでとは思わなかった……てかそもそも女子の髪に触れたのは初めてだけど。


「……えへへ、こうしてほしかったんだ」

「そっか……」

「なんで天斗君の方が照れてるの?」

「そりゃ照れるだろ……つうか、こうやって女子の頭を撫でること自体やるもんじゃないだろうがよ」

「それはそうだけど、でも勝手にしてるわけじゃないでしょ? 私がしてほしいって言ったからだし」


 全く、さっきから調子を狂わされっぱなしだ。

 ただ俺としても女子の頭を撫でるという感覚が未知なのと、癖になる気持ちの良い感触に手が離れてくれない。


「なんつうか、手触りが凄く良いな」

「そう? 嬉しい」

「俺のツンツンした髪と違ってさ」

「それも個性じゃない? 天斗君に似合ってると思うよ」


 ま、今の髪型以外もう考えられねえよ。

 それからもしばらく頭を撫でた後、手を離した時の綾香はどこか名残惜しそうな顔をしていたが……本当に初めて話をした頃に比べて、めっちゃ明るくなったよな。

 それを彼女に問いかけてみると、それは俺の前だけらしい。


「こんな風に接してるの天斗君くらいだよ? ほら、中里君を前にした時とかそうだけど……あんな風に何も言えなくなって、縮こまっちゃうのが私だから」

「……………」

「そう考えると本当に自分でも不思議……よく分からない感覚だけど、仲天斗君とこんな風に怖気付くことなく接することが出来るのは、私にとっていい変化だって喜んでるよ」

「……それ、言ってて恥ずかしくないのか?」

「全然そんなことないよ。どこに恥ずかしい要素があるのかな?」


 あ、これ逆に俺が揶揄われる流れだ……。

 綾香に主導権を握られないよう、うるさいくらいの咳払いをしたらそれもまた笑われて……あぁうん認めるしかない。

 俺、女の子に勝てないって絶対!


「……はぁ」

「その、ごめんね天斗君」

「謝らなくていい余計に惨めになるから!」


 でも……こんな風に俺も大きなリアクションをしたりするのも、考えてみたら綾香と二人の時くらいなんだよな……そう考えるとそれも不思議なもんだ。

 随分長く話したせいか、そろそろ昼休みも終わりだ。

 放課後に合流する場所等の約束をした後、俺はそういえばと思い綾香にこう伝えた。


「なあ綾香」

「うん?」

「こうして仲良くなれて……嬉しいのは俺もだ。だから困ったこととか、それこそ誰かに相談しにくいことがあったとしても頼ってくれよ」

「天斗君……」

「綾香の読むような漫画のヒロインみたいに抱え込むんじゃなくて、頼ってくれってこと……いいな?」

「……うん!」


 俺の言葉に綾香は笑顔で頷いてくれるのだった。


 ▼▽

 放課後になり、約束通りに綾香には買い物に付き合ってもらった。

 一人でスーパーに入るとチラチラ視線を向けられていたが、綾香が傍に居てもそれは変わらなかった……とはいえ、会計の時なんかは彼女が居てくれたことで店員も表情は強張っていなかった。


「俺ってさ……確かに不良みたく見られるかもしれんけど、世間でブイブイ言わせてる連中より遥かにマシじゃね?」

「あ~……どうかなぁ」


 おい、そこはそうだねって頷くところだろ!?

 ビビらせる自信が大いにある睨みで綾香を見つめたが、彼女はやっぱり一切怖気付くことなく笑っていた。


「天斗君を知らない人……正確にはその中身を知らない人からすれば怖いんじゃない? 私と一緒に勉強してる時も、鋭い時の視線って人を射殺しちゃいそうだし」

「え? 待って……それって授業中もそう見えるってことぉ……?」


 え、先生がスッと視線を逸らす理由ってそういう……おい綾香、頼むから俺の目を真っ直ぐ見て否定してくれ……おい綾香!」


「……先生がボソッと、天斗君は怒らせちゃいけないって言ってるの聞いたことあるかも」


 聞きたくなかった……っ!!


「……まあいいや。取り敢えず今日はありがとな綾香」

「ううん、私も楽しかったから。でもまた家まで送ってもらったね」

「もう暗いからなぁ……大丈夫と言われてもここまで来たよ」

「うん……ありがとう」


 じゃあなと言って背を向けたが、そこで綾香が声をかけてきた。


「ねえ天斗君! 土曜日とか、暇だったりする……?」

「土曜日? 土曜日はちょいジムに行くつもりだけど」

「ジムか……それ、私も行っていいかな!?」

「え? あぁうん……どうぞ?」


 突然ではあったが、当初の予定に綾香が加わった。

 って待てよ……? これって所謂休日デートみたいな奴じゃ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る