番外編5「もしも、あの時……」
これは、もしもの話。
歴史の歯車が少しだけ違った方向に回っていたら、という空想の物語。
もしも、あの時。
エルナが辺境に追放されず、そのままアルフレッドと結婚していたら……。
エルナはクライス王国の王太子妃となっていた。
しかし彼女の立場は、決して安泰ではなかった。
「育成」の力しか持たない彼女は、相変わらず「役立たずの聖女」と陰で呼ばれ続けていた。
夫であるアルフレッドからの愛情もない。
彼は毎晩のように愛人であるソフィアの元へ通い詰め、エルナのことはまるでいないかのように扱った。
エルナは広くて冷たい王妃の部屋で、ただ一人孤独に耐える日々を送っていた。
そんな中、国は原因不明の枯渇病に蝕まれ始めていた。
ソフィアの偽りの治癒魔法が、大地と人々の生命力を奪っていたからだ。
しかし、誰もその原因に気づかない。
エルナは自分の「育成」の力で何とか国を救おうと試みた。
王城の枯れた庭園を必死に耕し、聖なる力を注ぎ続けた。
しかし彼女のささやかな努力は、国全体の崩壊の流れの前ではあまりに無力だった。
そしてソフィアは、国の混乱のすべての責任をエルナになすりつけた。
「エルナ妃がその呪われた力で、国を枯らしているに違いありません!」
人々は、その言葉を信じた。
エルナは「国を滅ぼす魔女」として捕らえられ、民衆の前に引きずり出された。
石を投げつけられ、罵声を浴びせられる。
誰も彼女を助けてはくれなかった。
アルフレッドでさえ、冷たい目で彼女を見下ろしている。
『……ああ、もうこれまでか』
エルナがすべてを諦めかけた、その時だった。
群衆を掻き分け、一人の騎士が彼女の前に立ちはだかった。
それは騎士団長である、ガイオン・フォン・ヴァイスだった。
「……この方を、殺させはしない」
彼は静かに剣を抜き、王国の兵士たちと対峙した。
「ヴァイス卿! 気は確かか! その女は魔女だぞ!」
アルフレッドが叫ぶ。
「いいや」
ガイオンは振り返り、初めてエルナの目を真っ直ぐに見た。
「この方こそ、この国を救うことができる唯一の聖女だ。……俺には分かる」
なぜ彼が自分を庇うのか、エルナには分からなかった。
彼とはほとんど話したこともない。
ただ時折遠くからじっと自分を見つめる、その視線を感じていただけ。
しかしその灰色の瞳に宿る揺るぎない信頼の光を見て、エルナの心に何かが灯った。
ガイオンはエルナの手を掴むと、力強く言った。
「……行くぞ。こんな腐った国、こちらから捨ててやる」
彼はエルナを馬に乗せ、王都からの脱出を図った。
それは長く、厳しい逃避行の始まりだった。
追われる二人の運命は、どうなるのか。
彼らが安住の地を見つけ幸せを掴むのは、また別の物語。
ただ一つだけ確かなことがある。
たとえどんな運命の悪戯があろうとも、出会うべくして出会った二人の魂は、必ず惹かれ合い、結ばれる。
偽聖女と氷壁の騎士の物語はどんな世界線でも、きっと輝かしいハッピーエンドを迎えるのだ。
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