第38話「氷壁の騎士、父になる」

 アルトは、日に日に腕白になっていった。

 その有り余るエネルギーの矛先は、もっぱら父親であるガイオンに向けられた。

「ちちうえ! けいこ、けいこ!」

 朝、目が覚めると同時に、アルトはガイオンのベッドに飛び乗り、叩き起こすのが日課だった。

「……アルト、まだ早い……」

 眠い目をこするガイオンに、お構いなしだ。

「いやだ! ちちうえみたいに、つよくなりたい!」

 息子のその一言に、ガイオンは弱い。結局彼は毎朝、眠い体を無理やり起こし、まだ薄暗い中庭で息子との剣の稽古に付き合うのだった。

 もちろん、まだ幼いアルトに本物の剣は持たせられない。木の枝を剣に見立てた、チャンバラごっこだ。

 しかしガイオンは、一切手加減をしなかった。

「違う、アルト! 腰が引けている! もっと踏み込め!」

「相手の目を見ろ! 剣筋を読むんだ!」

 その指導はまるで本物の騎士を育てるかのように、厳しく、本格的だった。

 周りの者たちは「まだ子供なのに少し厳しすぎるのでは」と心配したが、エルナだけはそんな二人を微笑ましげに見守っていた。

 彼女には分かっていた。

 ガイオンの厳しさは、息子への深い愛情の裏返しなのだと。

 自分が王都で何もできずに無力感に苛まれていた過去を持つからこそ、息子には自分の大切なものを自分の力で守れる、強い男になってほしい。

 そんな父親としての切なる願いが、込められているのだ。

 稽古が終わると、ガイオンは汗だくになったアルトを、ひょいと肩に担ぎ上げた。

「うわーい! たかい、たかい!」

 アルトの楽しそうな笑い声が、朝の静かな空気に響き渡る。

 その時のガイオンの顔は氷壁の騎士の厳めしさは消え失せ、ただの息子を溺愛する優しい父親の顔になっていた。

 ガイオンは、アルトをただ厳しいだけで育てているわけではなかった。

 時間があれば森へ連れて行き、動物や植物の名前を教えた。夜にはベッドで、自分が若い頃に体験した冒険譚を語って聞かせた。

 それはガイオン自身が、父親から教えてもらうことのなかった愛情の示し方だった。

 彼は自分の手で、理想の父親像を一つ一つ作り上げているようだった。

 ある日、エルナはガイオンに尋ねた。

「あなたはアルトに、どんな大人になってほしいですか?」

 ガイオンは少し考えると、こう答えた。

「……俺のようには、なってほしくないな」

「え?」

 意外な答えに、エルナは驚いた。

「俺は不器用で、自分の気持ちを伝えるのが下手だ。それで多くのものを遠ざけてきた。……お前に会うまでは」

 彼はエルナの手を優しく握った。

「アルトには強さだけではなく、人の痛みが分かる、優しい心を持った男になってほしい。そして自分の大切なものを、言葉と行動でちゃんと守れる人間に。……お前のような太陽のような女性を、見つけられる男になってほしい」

 その言葉に、エルナの胸は温かいもので満たされた。

 この人は、本当に変わった。

 氷の壁に閉ざされていた彼の心は、エルナと、そしてアルトという家族を得て完全に溶け、温かい愛情で満たされている。

「……きっと、なれますよ。あなたとわたくしの子供ですもの」

 エルナは夫の胸に、そっと寄り添った。

 氷壁の騎士は今、一人の父親として新しい人生を歩んでいる。

 それは剣を振るうことよりもずっと難しく、しかし何倍も幸せに満ちた道だった。

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