第26話「新婚生活と領主の仕事」
結婚式から数日が過ぎ、町のお祭り騒ぎもようやく落ち着きを取り戻した。
エルナとガイオンの新婚生活は、領主の館で始まった。リリアが設計したその館は豪華さよりも住み心地を重視した、温かみのある木の香りに満ちた場所だった。
「エルナ、おはよう」
朝、目を覚ますと隣には愛する夫の寝顔がある。それだけで、エルナの心は言いようのない幸福感で満たされた。
「おはようございます、あなた」
エルナがそう呼びかけると、ガイオンは少し照れたように、しかし嬉しそうに微笑む。
結婚しても、二人の生活が劇的に変わったわけではなかった。エルナは変わらず聖女として薬草園に通い、ガイオンは領主として町の統治に励んでいた。
しかし決定的に違うことが一つあった。それは、どんな時も帰る場所が同じだということ。一日の終わりに必ず「おかえりなさい」と「ただいま」を言い合える相手がいる。その温かさが、二人にとって何よりの支えとなっていた。
とはいえ、領主とその妻としての仕事は決して楽なものではない。
ガイオンは町の法整備やドワーフ・エルフとの外交、軍備の増強など、山積みの課題に日々取り組んでいた。彼は元々騎士であり、政治の専門家ではない。慣れない仕事に、時には頭を抱えることもあった。
そんな時、彼を支えたのがエルナだった。
彼女は王都で伯爵令嬢として受けてきた教育により、貴族社会の慣習や法律にも詳しかった。ガイオンが作成した書類に目を通し的確な助言を与えたり、外交文書の草案を作成したりと、その聡明さで夫を助けた。
「助かる、エルナ。君がいなければ、俺はとっくにパンクしていただろう」
執務室で、ガイオンは心底感謝したように言った。
「いいえ。わたくしは、あなたのお役に立てることが、とても嬉しいのです」
エルナはガイオンのために淹れたハーブティーを差し出しながら、優しく微笑んだ。
一方、エルナもまた聖女としての新たな役割を担い始めていた。それは後進の育成だった。
薬師のキールや農業に興味を持つ若者たちを集め、彼女は自分の持つ「育成」の力や薬草、農作物の知識を惜しみなく教え始めた。
「いいかい、みんな。大切なのは、植物の声を聞くことよ。彼らが何を求めているのか心を澄ませば、きっと聞こえてくるから」
エルナの教えは、技術的なことだけではなかった。命を育むことの尊さ、自然と共存することの大切さ。彼女の言葉は、若者たちの心に深く染み渡っていった。
こうして二人はそれぞれの立場で、この町の未来のために力を尽くしていた。
もちろん、甘い新婚生活らしい時間もあった。
二人きりの夕食の時間には、今日あった出来事を互いに報告し合う。夜には暖炉の前で寄り添い、静かに本を読んだり語り合ったりする。そして同じベッドで眠りにつき、互いの温もりを感じながら夢を見る。
そんな穏やかで、満ち足りた日々。
ある晩、ガイオンが執務室で書類仕事に追われていると、エルナが夜食のスープを持ってきてくれた。
「無理はしないでくださいね」
「ああ。……だが、もう少しだ」
エルナは彼の後ろに立つと、その凝り固まった肩を優しく揉みほぐし始めた。
「エルナ……」
「頑張っているあなたのために、わたくしができることはこれくらいですから」
その優しい指の感触と首筋にかかる甘い息遣いに、ガイオンはたまらない気持ちになった。
彼は書類を放り出すとエルナの手を掴んで、彼女を自分の膝の上に乗せた。
「きゃっ……!」
「……もう、仕事は終わりだ」
ガイオンはそう言うと、エルナの唇を塞いだ。
それはいつもの優しい口づけとは違う、少しだけ独占欲の混じった深いキスだった。
領主とその妻。聖女とその守護者。そして、ただ一人の男性とただ一人の女性として。
二人の新しい物語はこうして愛と信頼に満ちた日々の中で、ゆっくりと、しかし確実に紡がれていくのだった。
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