婚約破棄&濡れ衣で追放された聖女ですが、辺境で育成スキルの真価を発揮!無骨で不器用な最強騎士様からの溺愛が止まりません!

藤宮かすみ

第1話「偽りの聖女」

 玉座の間を満たすのは、凍てつくような軽蔑の視線だった。

 豪華絢爛(ごうかけんらん)なシャンデリアの光も、磨き上げられた大理石の床も、今のエルナ・フォン・アルトハイムにとっては己の惨めさを際立たせる冷たい舞台装置にすぎなかった。

 彼女の前に立つのは、婚約者であるはずの王太子アルフレッド。その美しい顔は、嫌悪に歪んでいた。

「エルナ・フォン・アルトハイム! 君は偽りの聖女だ!」

 アルフレッドの冷たい声が、静まり返った広間に響き渡る。

 その隣には可憐な男爵令嬢ソフィアが寄り添い、怯えた小動物のように王太子の腕にしがみついていた。エルナは、その瞳の奥に宿る勝ち誇った光を見逃さなかった。

 神託によって聖女に選ばれたのは半年前。しかしエルナに発現した聖魔法は、誰もが期待した輝かしい「治癒」の力ではなかった。ただ植物の成長を促すだけの「育成」という地味な力。それ以来、彼女を見る周囲の目は日に日に冷たくなっていった。

『役立たず』

『本当に聖女なのか?』

 そんな陰口が公然とした侮蔑に変わるのに、時間はかからなかった。そして強力な治癒魔法を操るソフィアが現れたことで、エルナの立場は完全に失われたのだ。

「ソフィアこそ我らが待ち望んだ真の聖女! それに比べて君はなんだ? 雑草を育てるだけの能無しが聖女を騙るとは、身の程を知れ!」

 アルフレッドの言葉に、周囲の貴族たちが同調してうなずく。誰もエルナを庇おうとはしない。父親であるアルトハイム伯爵でさえ、失望を隠さず顔を背けていた。

「よって本日をもって君との婚約を破棄し、聖女の地位も剥奪する!」

 覚悟はしていた。それでも彼の口から放たれた言葉は、鋭い刃となってエルナの心を深く抉った。だが、本当の悪夢はこれからだった。

 ソフィアが震える声でアルフレッドに訴える。

「殿下……恐ろしいことを申し上げます。先日、国の穀倉地帯の作物が一部枯れるという事件がございました。わたくしが調べましたところ、あれは呪い……おそらく、聖女の力を悪用した者の仕業かと」

 その言葉に、エルナははっと息をのんだ。ありえない。自分の力は命を育むためのもので、枯らすことなどできるはずがない。

「まさか……君がソフィアへの嫉妬から、国の食を支える作物を枯らしたというのか!」

 アルフレッドが鬼の形相でエルナを睨みつける。

「違います! わたくしはそのようなことはしておりません!」

 必死に否定するが、その声は誰にも届かない。

「言い訳は聞きたくない! この国から聖女の力を奪おうとした大罪人め! 本来ならば死罪に値するが、長年国に尽くしてきたアルトハイム伯爵家の顔に免じ、追放処分とする!」

 追放。その言葉がエルナの頭の中で反響する。

「エルナ・アルトハイムを、魔物が巣食う北の辺境の地へ追放せよ! 二度と王都の土を踏むことは許さん!」

 衛兵たちが無情にもエルナの両腕を掴む。抵抗する力も残っていなかった。

 引きずられていく中で最後に見たのは、ソフィアがアルフレッドの胸で勝ち誇ったように笑う姿だった。

 降りしきる冷たい雨の中、粗末な馬車に揺られながらエルナはただ唇を噛みしめる。家族にも見捨てられ、名誉も未来もすべてを奪われた。これから向かう北の辺境は、痩せた大地と厳しい冬、そして魔獣の脅威に晒される見捨てられた土地だと聞く。

『私はいったい、何がいけなかったのだろう』

 涙が雨に混じり、頬を伝った。

 偽りの聖女。そう呼ばれた自分の存在価値が分からなくなっていた。だが、その瞳の奥深くには、まだ消えない小さな灯火が宿っていた。

 どんなに蔑まれようと、この「育成」の力だけは神が自分に与えてくれた唯一のものなのだから。

 絶望の果てに待つ運命を、この時のエルナはまだ知る由もなかった。

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