第4話 隣国への招待



フェリシアがドレイク伯爵家を去り、冷たい夜風の中、一人で歩いているとき、彼女の心は怒りと悲しみに満ちていた。王太子アルヴィンによる婚約破棄と偽りの証拠、そして家族からの失望。すべてがフェリシアの中で渦を巻き、心の奥底を引き裂いていた。


「私は何も悪いことをしていないのに…」

フェリシアは歩きながら、心の中で何度も繰り返した。家族ですら信じてくれないという現実に、彼女の胸は痛んだが、同時に決意も芽生えていた。必ず自分の無実を証明し、この理不尽な運命を覆してみせる。その強い意志だけが、彼女を支えていた。



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街を抜け、小さな広場に差し掛かった時、フェリシアは疲れ切って石のベンチに腰を下ろした。夜空を見上げると、満天の星々が輝いている。だが、その美しさは今のフェリシアにとって、何の慰めにもならなかった。


「これからどうすればいいのかしら…」

誰にも相談できず、行くあてもない。そんな孤独に押しつぶされそうになったその時、広場に馬車が到着する音が響いた。


振り返ると、立派な黒い馬車から一人の男性が降り立つ。その姿を見た瞬間、フェリシアは目を見開いた。彼女の幼い頃からの友人であり、隣国の公爵リヒト・エーバーハルトだった。



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「フェリシア!」

リヒトは驚いた様子で彼女に駆け寄る。その表情には心配と安堵が混じっていた。彼の姿を見た瞬間、フェリシアの胸に溜まっていた緊張が一気に解ける。


「リヒト…どうしてここに?」

彼女が問いかけると、リヒトは真剣な表情で答えた。


「君のことを聞いて、すぐに駆けつけたんだ。アルヴィン王太子が君との婚約を破棄し、社交界で君を悪者に仕立て上げたという話を耳にした。」

その言葉に、フェリシアは驚きと共に胸が熱くなるのを感じた。自分の状況を知り、助けに来てくれる人物がまだいたことが、彼女にとってどれほど心強いか。


「君がそんなことをするはずがない。僕は君を信じている。」

リヒトの言葉に、フェリシアの目から一筋の涙が零れ落ちた。家族にも見放され、孤独の中にいた彼女にとって、その言葉は救いそのものだった。



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「でも、私はもう帰る場所がないの。」

フェリシアは弱々しく呟いた。リヒトはそんな彼女をじっと見つめた後、毅然とした声で言った。


「ならば、僕の国に来るといい。僕の家で君を迎える。君が安心して過ごせるように、全力で守ると約束する。」

その提案に、フェリシアは驚きを隠せなかった。隣国であるエーバーハルト公爵家に移るという選択肢が彼女に提示されるとは思ってもみなかった。


「私が隣国に行くなんて…それではまるで逃げたみたいだわ。」

フェリシアの声にはわずかな躊躇が混じっていた。しかし、リヒトは柔らかな笑みを浮かべて言った。


「これは逃げではない、再出発だよ。君が新しい人生を歩むための第一歩だ。それに、君にはまだやるべきことがあるだろう?」

その言葉に、フェリシアはハッとした。無実を証明し、真実を明らかにするためには、自分自身を守る力を手に入れる必要がある。リヒトの提案は、そのための機会だと気づいた。



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「分かったわ。あなたを頼らせてもらう。」

フェリシアは決意を込めて頷いた。その瞬間、彼女の目に宿ったのは、これまでの弱さとは異なる強い意志だった。リヒトは満足げに微笑み、馬車の扉を開けて彼女を迎え入れる。


「隣国では君を自由にさせるつもりだ。必要なものは何でも用意する。そして、僕も君の無実を証明する手伝いをするよ。」

リヒトの頼もしい言葉に、フェリシアの胸は少しずつ軽くなっていった。彼の助けを得られるなら、どんな困難にも立ち向かえる。そんな気持ちが、彼女の心を満たしていった。



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馬車が隣国へ向けて動き出すと、フェリシアは小さく息をついた。夜風が彼女の頬を撫でる中、彼女は新しい未来を描き始めた。アルヴィンとクラリスに陥れられた屈辱を晴らし、自分の人生を取り戻す――そのために必要なすべてを手に入れる覚悟が、フェリシアの中で燃え上がっていた。


「ありがとう、リヒト。あなたがいてくれて本当に良かった。」

フェリシアの感謝の言葉に、リヒトは優しく微笑んで答えた。


「君が立ち上がる力を取り戻すまで、僕がそばにいるよ。」


こうしてフェリシアは新しい道を歩み始めた。隣国で待ち受ける未来がどのようなものであれ、彼女はもう過去に囚われることはなかった。彼女の物語は、ここから新たな幕を開けるのだった。


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