第2話 偽りの証拠
フェリシアが舞踏会から部屋に戻るとき、彼女の頭は混乱と屈辱でいっぱいだった。アルヴィン王太子が告げた婚約破棄の言葉、そしてクラリスの嘲るような態度。それらが繰り返し彼女の心を刺していた。ドレスの裾を掴む手は震え、涙が頬を濡らす。だが、自分を支えてきた誇りだけは失うまいと、必死に平静を装っていた。
翌朝、フェリシアはまだ薄暗い早朝に父親の執務室に呼び出された。重々しい扉を開けると、父親である伯爵ルードヴィッヒ・ドレイクが冷たい目で彼女を見つめていた。
「フェリシア、お前に説明すべきことがあるな。」
父の声は静かだったが、その背後には怒りと失望が漂っていた。隣には彼女の母親も座っており、険しい顔で腕を組んでいる。両親の視線を受けた瞬間、フェリシアの胸は強く締め付けられた。
「何の話でしょうか?」
フェリシアは勇気を振り絞り、穏やかに問い返した。しかし、父親の机の上に置かれた一通の手紙が目に入った瞬間、彼女の心臓が跳ね上がる。
「これがお前のものだと、アルヴィン殿下から届いた。」
父親が指差した手紙には、フェリシアの筆跡に酷似した文字で、ある男性宛ての甘い言葉が綴られていた。
「…大好きなあなたへ。この胸の想いを隠しきれません。あなたと共に逃げる日を夢見ております。」
フェリシアは目を疑った。自分が書いた覚えのない文面が、まるで彼女が不貞を働いた証拠であるかのように存在している。
「これが何だというのですか?これは偽造です!私はこんな手紙を書いた覚えはありません!」
フェリシアは即座に否定したが、父親の表情は険しいままだった。
「そうだとしても、アルヴィン殿下がこれを証拠として提出している以上、お前の言葉だけでは信じられん。お前が普段どれだけ優れた娘として振る舞ってきたかは知っている。だが、この証拠を前にしては我々も抗弁できない。」
父親の声には諦めが滲んでいた。
「母様、これは嘘です!信じてください!」
フェリシアは母親にも助けを求めたが、彼女は冷たく視線を逸らした。
「お前が嫉妬深いという噂は以前から耳にしていた。クラリス嬢のような純粋な娘を妬んで、何かを仕掛けたのではないのか?」
母の言葉は、まるで刃のようにフェリシアの心を抉った。
「違います!私は何もしていません!クラリスこそが嘘をついているのです!」
必死に訴えるフェリシアの声は震えていた。しかし、両親はその言葉に耳を貸そうとしなかった。
「クラリス嬢は、殿下にふさわしい娘だと社交界で評判だ。お前はその彼女を妬み、身の破滅を招いた。これ以上我が家の名誉を汚すつもりか?」
父親の声には、愛情ではなく義務感だけが残っていた。
フェリシアは何も言い返せなかった。自分がどれほど努力し、名門ドレイク家の令嬢としての義務を果たしてきたかを知っているはずの家族ですら、自分を信じてくれないという事実に、絶望が押し寄せた。
「私が無実であることを証明してみせます。」
フェリシアはそう言い残し、執務室を後にした。心の中では怒りと悔しさが渦巻いていた。家族にさえ裏切られた彼女にとって、頼れるものはもう何もなかった。
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その日の午後、フェリシアは友人だった貴族令嬢たちに助けを求めようとした。しかし、彼女を待っていたのは冷たい拒絶だった。
「フェリシア、正直言って、あなたの行動には呆れました。嫉妬深い悪女という噂が本当だなんて思いたくなかったけれど…」
そう言って離れていく友人たちの背中を見送りながら、フェリシアは心の中で叫んだ。
「私は悪女なんかじゃない!」
しかし、その声が届くことはなかった。
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夜、フェリシアは自室で一人、偽造された手紙をじっと見つめていた。何度見ても自分の筆跡と酷似しており、反論の余地は少ない。しかし、彼女の心には確信があった。
「この手紙を偽造したのはクラリスだわ。」
アルヴィンに接近し、彼を惑わせたクラリス。彼女が仕組んだ陰謀だということを本能的に感じていた。
「必ず証拠を見つけてやる。」
フェリシアは深い息をつき、拳を握り締めた。追い詰められた今、彼女の心には復讐心と真実を取り戻す決意が燃え始めていた。
翌朝、フェリシアはドレイク家を去ることになるとは、この時まだ知らなかった。だが、彼女は無実を証明し、己の名誉を取り戻すための第一歩を踏み出そうとしていた。
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