救われる

…絹川上手すぎない?

そう思いながらカラオケに居座っているのは有村翔です。


彼女の選曲した曲は、ハイキーという、いわゆる高音域の曲だ。

彼女の声は透き通っていて…それでいて美しい。例えるとするならば清潔な滝に溺れている気分だ。不純物のない清流に、ただそっと受け流されている、そんな感覚なんだ。


そんなこんなで一曲が終わった。


「…はい、せんぱいの番ですよ?」

「あ、予約してなかった」

「何してるんですか~」


なんやかんやしていると、絹川の歌った際の点数が映し出された。

その点数は…


96.233点


…普通に高すぎて死ぬんだが。

こんなの出された後で俺が歌うってなったら俺が間違いなく死ぬんだが。とりあえず…この曲でいいか。


こうして俺が予約リストに入れたのは…


桑〇佳祐-『波〇りジョニー』


もちろん絹川には”この曲なんだろう”的な視線を食らったが、俺の歌える曲…というか、俺の知ってる曲とかがそこら辺の時代しかなかったから。本当に。

だからか本当に地獄だった。

でも…絹川は出来る限り盛り上げようとしてくれていた。本来はこんな知らない曲、スマホでもいじって時間をつぶすだろうに、絹川はフロントからタンバリンだとか、盛り上げグッズやらを持ち込んで精いっぱい盛り上げようとしてくれていた。


…そんな彼女を見ていると、何故だかそんな自分が情けなく思え、彼女に尊敬の念を抱くようになった。


歌い終わり、点数も89.332点と、彼女の叩き出した点数と比べると、どうしても見劣りしてしまうような点数を叩き出した。いや、高い方だとは思うのだが、それでもなお、比べざるを得なかった。


「…どうしたんですか?」

「……いや、何でもない。心配させて済まないな」


絹川が…俺に気を遣うほど…なのか。今の俺の状態って。

…いや、今日はたまたま不安な感じに感情がランチパックのように包まれてしまうだけだな。でも…この不安っぽい感情は、確かに嚙まなければ味わうことはないだろうけど、食べ始めなければ終わることもない…これは…いや、これ以上考えてたら中学時代を思い出してしまうからやめよう。


こうして俺と絹川は時間の許す限り歌った。


――――――――――


カラオケからの帰り道、俺と絹川は珍しく静かに歩いていく。

カラスの鳴く声が耳元に確実に通る感覚、たまに道端を走っている人の足音、元気に遊ぶ子供たちの声、何もかもが毎日聞いているようで実は聞こえていなかった音の連続…俺はそれを絹川と一緒に歩いているときに感じることはないだろうと思っていたが、今日は正に変な感じだ。


「あの…やっぱり今日せんぱいおかしいですよね?」

「…絹川に勘付かれるなんてな」

「せんぱいは分かりやすいので」


俺は歩きながら絹川に、今俺は不安な気持ちを抱えてしまっていて、今もそれを引きずっていることを打ち明ける。


「なんだ~、せんぱいって案外人付き合いとかしたことないんですね~」

「…」

「でも大丈夫ですよ、大抵は何とかなりますから」


俺はその時に、不意に笑っていた絹川愛華の笑顔に、無自覚に救われていたことに…気づくことはないだろうし、忘れることもないだろう。

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