第12話 咆哮

「あってて……」


 ヨーコに手を引いて貰い、立ち上がる。

 瞬間移動キックをした拍子に背中を打って痛いのも本当だが、実は頭痛もしている。

 ディメンション・ゼロによると、他人を一緒に瞬間移動させると負担が酷くなるとのことだったが、1人で飛んでもやはり痛いものは痛いらしい。


「頭打ってたらどうするの……相変わらず無茶するんだから。めっ」

「めぇー!」


 少し怒り顔でおでこをつん、と指で突いてくるヨーコがあまりにもあざと可愛くて、ヤギのような奇声を上げてしまった。

 めっ、はヤバいだろ耐え切れるやついるか!?


「ごめん、痛かった?」

「イヤ別にナントモナイヨォ!?」

「何ともない人の声じゃないよ」


 声が上ずってしまう。心臓バクバクだ。

 顔を合わせられず周りをキョロキョロする。

 あ。


「あ」

「――ッ」


 レスラーマスクをした男がそっと近づいてきていた。

 ヨーコが素早くそいつにリボルバーの銃口を向け、叫ぶ。


「コング! 手を上げてゆっくり下がりなさい!」

ノ・メ・グスタ嫌だね――コール来い! マノウォー!」


 角を生やした鬼のような姿がマスクドコングの中に入る――強化されたコングが地を蹴った。

 どかん! まるで地面に爆弾が埋まっていたかのように、蹴られた砂と土が濛々もうもうと弾け飛ぶ。――コングが迫ってくる!


コール来い! ディメンション・ゼロッ!」

「うおらッ!」


 ディメンション・ゼロの掛け声と共に放たれた光がコングを撃ち抜く。鬼の姿が体内から弾かれて消えた。


「おお!? ――エスタ・インソレンテしゃらくせえ!」


 スピードは落ちたがコングは止まらない――ヨーコが発砲する。


「ぬうんッ!」

「な!?」


 コングは転がって銃撃を回避――ぱっと立ち上がって再び走り出す。


「あ!」


 コングの狙いは俺達ではなかった。

 奴は装甲車に飛び込み、エンジンをかけ始める。

 凄まじいエンジン音が空気を揺るがした。


メ・カガムカつくぜ――テメェら、テ・マト殺す!」


 装甲車が急発進――突進してくる。

 ヨーコがフロントガラスを狙って撃ったが――ガラスに弾丸が弾かれてしまう。


「うっははは! そんなチンケな豆鉄砲で――このモンスエロの装甲が抜けるかッ!」

「うぅっ!」


 ヨーコは装甲車の前に立ちはだかり――突進を受け止めた。

 彼女は力を込めて押し返そうと奮闘する。

 メキメキ、バキバキ――鳴っているのは車か? 地面か? まさか、ヨーコの腕じゃないよな!?


「だ、ダイチ……! 逃げて!」

「ば、バカ言うな! ヨーコも……」

「おうらぁッ!」


 突然コングがハンドルを切った――バランスを崩したヨーコが足を滑らせる。――転倒した彼女の足を、装甲車のタイヤが踏み砕いた。


「うああっ!」


 呻き声――ヨーコが痛みに悲鳴を上げた。

 ふざけやがってあの野郎――ヨーコになんてことしやがる!

 駆け寄った――彼女に触れて瞬間移動をしなければ――。


「痛ぇっ!」


 左肩に激痛――飛び散った血液が岩肌に付着。

 顔を上げた――硝煙を上げる短機関銃サブマシンガンの銃口/ニヤつくマスク男――ますます頭に血が昇った。


 構わずヨーコの手を握って叫ぶ。


コール来いッ!! ディメンション・ゼロォッ!」


 ガンマのトラックまでは距離がある――とにかくこの場を離れる!

 光のトンネルに入った――ヨーコを見る。

 彼女は動かない。まるで石のよう。

 死んでしまったのかと絶望が俺の心を支配したその時、トンネルを抜けた。


「きゃあああ!」


 トンネルを抜けた瞬間――どん! と運動エネルギーが俺達を弾き飛ばす――驚いたヨーコが悲鳴を上げた。

 よかった、生きていた!

 俺は地面と水平に吹き飛びながら彼女の体を抱える。左肩が痛みで抗議の声を上げたが無視。


 ざっ、ざっ、と地に足をこすり――転倒しかけた。

 ヨーコの折れた足だけはなんとかぶつけないように体をひねって着地=足を思いっきり捻挫。


「う……!」

「ダイチ!」


 そっと彼女の体を地面に横たえる――足首から激痛。更に目の眩むような頭痛が襲ってくる――俺も地に手をついた。

 装甲車が迫ってくる音がする――とても歩けない。ましてやヨーコを抱えてはムリだ。

 仕方ない、もう一度、瞬間移動を――。


「やめとけ。死ぬぞ」

「あ!?」


 ディメンション・ゼロが俺の傍らに立ち、警告した。いつになく真剣な声。


「瞬間移動能力はオメーのキャパを超えちまってんだよ。もう既に2回使った――それも2回目は人を連れてな。生命体を飛ばすことは、もうできない」

「し、知る、かよ……!」


 構わずヨーコの手を取ろうとし――。


「バカ野郎が! できないってのは文字通り――能力が発動しないということだ! 無理に使おうとすれば無駄死にするぞ!」


 いつもちゃらけた態度のディメンション・ゼロ――笑いもおふざけも、なし。


「な、ならどうしろってんだよ……!」


 瞬間移動ができないのなら――ヨーコを助けるためには? どうしたら?

 装甲車が迫る。時間はもうない。


「倒せ、アイツを」

「はあ!?」


 突拍子もないガイコツ野郎のアドバイスに驚愕。思わず頓狂な声を上げた。


「お前が生物を瞬間移動させることはもうできない……野郎を倒すしかないッ!」


 倒す? あのマスク野郎を? ――俺が?

 

 思わず腰の銃に手をやる――ダメだ。

 ヨーコの大口径でも貫通できない装甲をこの銃で破壊できる訳が無い。


「考えろ、ダイチ……! オレにはお前を助けることができない……! お前がお前自身とヨーコを救うんだッ!!」

「――ッ!!」


 マスクドコングがとうとう俺達を発見した。

 窓を開け、男が顔と腕を突き出す。その手にはサブマシンガンが握られている。


「どこ行ったかと思ったぜ。瞬間移動たぁ――変わった情報体の能力だな。オメーか? それとも足の折れた嬢ちゃんの情報体か?」


 もう、俺とヨーコが瞬間移動することはできない?

 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ――!

 条件を始めから洗い出せ。

 まず、瞬間移動するには俺がヨーコに触れる必要があった。つまり、俺の存在が発動の条件だ。

 俺? 俺ってなんだ? 思考する体の部位――俺の脳みそが俺なのか?

 くそ、頭痛が邪魔だ――脳のどこまでの部分が俺だ? 大脳か? 前頭葉か? 海馬か?

 それとも心か? 心ってどこにある?

 

 ――違う。俺、という定義はもっと明確であるはずだ。


「ったく、俺のかわいい部下達をボコにしてくれやがって……テ・マト殺す!」


 俺の体の、俺を定義する部分――、それは――?

 ディメンション・ゼロの切迫した叫び声がする。


「ダイチ! ……もう時間がない……! 頼む、オレを上手く使ってくれッ!! 情報体の能力を引き出すには――強靭なイメージと、集中力だッ!」

「死ねや!」


 コングが一声吠える――装甲車が突っ込んできた――俺達を轢き殺すつもりらしい。

 ヨーコの顔を見る――泣いている。

 俺の顔をじっと見返して、泣いている。


「ダイチ……私のせいで……ごめ……」


 守る。何が何でも。この人を。

 イメージしろ、ヤツを倒せる方法を。


 閃き。 

 ――瞬間移動に必要なのは……俺のDNAだ!


 さっき撃たれた時、飛び散って岩に付着した俺の血液を思い返す。

 それを引き寄せるイメージ、イメージ、イメージ!

 意識を研ぎ澄ませ! そして――解き放て!


「うおおおぉッ!」


 立ち上がる――足首の激痛はシカト。

 装甲車に背を向け――空間に黒い瞬間移動用のゲートを作り出した。

 それに向かって大きく踏み込み、全力で拳をゲートに叩きつける。

 イメージするのは、その腕に引っ張られるように飛ぶ、石くれだ!


マテリアル素材キャノン砲弾!!」


 俺の血が着いた岩壁が抉れ、消失するのを感じた。

 続いてそれは――装甲車の手前に出現する。


 きゅん! 岩壁からここまでのおおよそ200メートル――その距離を一瞬で詰めたことによって発生する運動エネルギー――拳大の石が空を裂いて高速で飛来し、装甲車の硬い装甲に直撃。


 でかい破砕音――装甲車はエンジンを破壊され、黒煙を上げて動きを止めた。コングが喚き散らしている。


「な、何だ!? 後ろから――撃たれた!? 何が――」


 石を拾う。それを肩の傷口になすりつけた。

 背後に振り向いて遠くに放り投げる。

 ――拳を握った。


「もう一発、食らわしてやるよ……! ――マテリアル素材キャノン砲弾!」


 俺は装甲車に向かって踏み込むと、再び拳大のゲートを作り出した。

 ゲートにパンチを食らわせ、再度吠える=背後の石が消失。

 それはフロントガラスの眼前に現れると――加速。ガラスを砕いて野郎の肋骨に勢いよく突き刺さった。

 その勢いは止まらない――ばきばき、と骨を砕く音を伴奏に、ヤツの胸を掘り進む。


「あごォッッ!」


 コングが血を吐き、ハンドルに頭をぶつける=気絶。

 俺は頭痛でフラフラしながら、ヨーコの側にへたり込んだ。

 なんとかかんとか声を絞り出す。


「だ、大丈夫?」


 ヨーコは泣き笑いを返してきた。


「それは、こっちの……セリフでしょ」

「間違いない」


 へへ。と笑ってみせた。ヨーコはもっと泣きそうになった。

 後ろからガンマの声が響く。


「おーい! 大丈夫っすかー!?」


 ガンマはトラックに乗ってこちらに向かっている。あれに乗ればどうにか助かりそうだ。


「ホドと俺達の勝負は――俺達の勝ちだ。やったな、ヨーコ」

「バカ」


 ガンマの頼りない肩を借り、俺達はトラックに乗り込んだ。

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