第35話 フィナスの学び

「「!?」」


 異変には、フォルケンとリリアンも、すぐに気づいた。

 しかし他へ意識が向いていたこともあって、今回はフィナスの方が少し早かった。


(キース、気づいていないみたいね。なら私がやらないと)


 周りに確認をしている時間は無い。

 そんなことをしている間に、その影はキースを襲うだろう。

 そうしている内にも影はどんどんと大きくなって、やがて実態を成してくる。

 真っ黒い羽に覆われた体は、人の数倍はあろうかという大きさだ。

 九の字に曲がったくちばし、2本の足の先にある鍵づめは鋭く尖り、触れる物を容易に八つ裂きにできそうだ。

 巨躯の怪鳥がそこにいた。


「ガルーダ……いや、ヘルガルーダか!」


 フォルケンがそう呟いた時には、フィナスはもう魔法の態勢をとっていた。


氷結結界フロリアナ!」


 無詠唱で放たれた言葉は大気中に膨大な魔力を集め、それはヘルガルーダの目の前で形を成した。

 七色の虹を思わせる色の、半透明なカーテン。

 極寒の地方で稀に目にすることができるというオーロラのことは、フィナスも本で読んだことがある。

 まさにそれを思わせる幻惑的な光景が、一行の頭上に広がった。


 一瞬たじろいだヘルガルーダだったが、やがてまた急加速をして、キース目掛けて突っ込んだ。

 フィナスが作り上げたオーロラ状の結界を難なく通り抜けたかと思うと、突如としてその動きが止まり、全身に白い泡沫が浮かび上がる。

 そしてそれは、なだらかな氷の曲線へと変じた。

 ヘルガルーダはその動きを止めたまま、キースの眼前で地面に衝突して、粉々に飛散した。

 あたかも、氷の塊が細かく砕け散って、光の粒が宙に舞うように。


氷結結界フロリアナ……触れた者の体を氷点下200度まで瞬時に凍らせる魔法じゃな。見事じゃ」


 一部始終を眺めていたフォルケンは、満足げに頬を緩めた。


「なんだ? 一体何が起こったんだ?」

「何か落ちてきたようだが、凍っているのか……?」


 敵の襲来にさえ気づかない束の間のでき事に、ほぼ全員がきょとんとして目を丸める。

 驚きを隠せないキースが、視線をフィナスたちに転じる。


 フィナスがこの魔法を使った理由は、直前でリリアンが使った魔法を見たからだ。

 敵の動きが速くて狙いをつけにくい。

 打ち漏らせば直ちに、味方に命の危険が及ぶ。

 そんな場面では敵に狙いを定めて魔法を放つよりも、待ち構えて一網打尽にするのがいい。

 避けてくれれば、その分時間が稼げる。


 そのことを瞬時に学んだフィナスは、火と氷の違いはあれど、同じような魔法で応じたのだ。


「い、一体、何が起こったんだ!?」


「別の敵が上から現れて、キース殿下を狙っておってな。それをフィナスさんが打ち取ったのじゃよ」


 フォルケンが説明すると、キースはバツが悪そうに、フィナスの方に視線を向けて、ボリボリと頭を掻く。


「そ、そうか……ありがとうな、フィナス」


 皆の視線が、フィナスに集まる。

 正直なところ、「何故こんな子がここに?」という空気はあった。

 それも無理はないだろう、フォルケンとリリアン、それにキースあたりは、彼女のことを知っている。

 けれど他の者たちにすればフィナスは、学生で見習い魔法使いでしかないのだから、一人だけここにいる理由が無いのだ。


 しかしそうした猜疑心が、まるで霧が晴れるかのように薄らいでいく。

 七賢者に数えられるフォルケンの言葉、それに目の前で起こった景色だけで、みな事態を理解した。

 もしフィナスの対応が遅れていたら、どんなことが起こっていたか分からない。

 そんなことも一緒に。

 そこは全員、歴戦の猛者たちなのだ。


「! う、ううん! 無事でよかったね、あはは!」


 どうしてよいか分かないフィナスは、愛想笑いをして手をひらひらとさせた。


「よし。サンプルを収集したら、次に向かうぞ」


 キースの言に、みんなが従う。


「いい感じだったわよ、フィナスさん。この調子で行きましょう」


「は、はい!」


 リリアンに言葉を向けられて、にこやかにほほ笑んだフィナスだった。


 それからも調査は続いて、森の中を分け入っていく。

 最初の目的は、一番近くにあるダンジョンだ。


 何回か魔物とも遭遇したが、そのどれもが、本当ならここにはいないはずの、強力な物たちばかりだ。


 その間にフィナスは何度か、魔物たちの考えを読み取ろうと試みた。

 けれどそのほとんどは、意味の無い鳴き声としてしか、理解ができなかった。

 稀に意味があったにせよ、


『……してやる。人間ども、みんな殺してやる……』


 そんな悪意と混乱した意識が伝わってきて、フィナスは心が痛んだ。

 フィナスからすれば、楽しくお喋りができて、お互いに意志を通じさせることができれば、同じ仲間のように思うから。

 外見は関係なくて、ピュアやテネロペと同じように。


 このことを話せるのは、フォルケンとリリアンの二人だけだ。

 そっと耳打ちをすると、二人とも表情を曇らせた。


「そうか。それでは例え話ができても、和解はままならんか。所詮は人間と魔物、有史以前から続いてきた関係は、変わらんのかもしれんなあ」


 枯れ木の枝のようにしわがれた手で白髭を撫でるフォルケンの言葉は、的を得ていた。

 以前にも魔物との交流を試みた人間はいたけれど、それは上手くはいかなかった。

 のみならず、オルターナ教教会から異端の烙印を押され、不遇の人生を送った者も少なくなかったのだ。


 日暮れの時間になると調査隊の一行は、風があまり吹かない静かな場所での野営を決めた。

 騎士団の面々は焚火やテントの準備を始め、魔法使いたちは魔物避けの結界作りの着手する。

 高位の実力を持つ魔法使いが束になって作る結界だ。

 いかに強力な魔物たちだろうと、簡単には破ることはできないだろう。

 フィナスはリリアンと一緒に、焚火に使うための薪を拾い集める。


「今日の夜はご馳走だな。フォレストウォリアーの肉は上手いからな」

「ああ。肉汁が滴って、たまんねえぜ」


 そんな騎士たちの会話が、耳に流れ込んでくる。


「ええっ? もしかして、あの魔物を食べるんですか?」


「みたいね。あれは私も好きよ。滅多にお目にかからないし、楽しみだわ」


 鼻歌を歌いながら、リリアンは腰を曲げて、薪を拾い集めていく。


(そっか。レストランで出してる食材だって、そんな感じだったのかなあ)


 精肉した肉の塊を目にすることが多かったフィナスからすると、目の前で仕留めた魔物をさばいて食用に資することは、新鮮である反面、複雑だった。

 こうやって他の命を犠牲にして自分が生かされているのだと、改めて実感したから。


 野営の準備が整うと、ささやかな宴の時間だ。

 ここは野生の森の真っ只中だから、決して気は抜けない。

 けれどみんなで焚火を囲い、陽気に飲んで語り、新鮮な食材に舌鼓を打つ。


「うわっ、これ美味しい!」


 フィナスは焼いたフォレストウォリアーの肉を口に入れて、思わず声を上げた。

 思ったより柔らかくて、甘い肉の脂が弾け飛んで、舌の上を濡らした。

 今まで口にした肉の中では、これほど美味かった記憶がなかった。


「そうでしょう? たくさん食べなさい」


 リリアンが焼けた肉を皿に乗せて、かいがいしく勧めてくれる。

 まるで姉が妹の世話をするかのように。

 ピュアやテネロペとはいつも一緒にいても、人とこうした時間を過ごすことはあまり無かった。

 ガンボのレストランの片隅でさっと済ませたり、一人の部屋で静かに終わらせることが多かった。

 肉の味もそうだが、こうして仲間たちと囲む夕べが、料理の味も高めてくれるのだ。


 宴が進み、ちらほらとうたた寝をする姿も見えてくる頃、


「フィナス……ちょっといいか?」


 そう声をかけてきたのは、キースだった。


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