第32話 赴く者たち
フィナスは迷っていた。
フォルケンからの依頼に応じるかどうか。
回答期限の2日間が過ぎるギリギリまで。
こんな自分のことを頼ってくれた、その事には応えたい。
今までそんな風に頼られたことなんてなかった。
しかも、高名な七賢者の内の二人までが、頭を下げてである。
けれどやっぱり、恐くて仕方がない。
またあの場所に行って、無数の魔物たちに囲まれることはもちろんだ。
だが、こんな自分なんかに何ができるのだろうか、期待させた分、がっかりさせることにはならないだろうか。
信じて頼ってくれた人を裏切ってしまうことになってしまうかもしれない、そのことの方が怖いのだ。
そうして、やっと決断した。
誰にも相談をすることなく。
話を聞いて欲しかったけれど、きっと心配をさせてしまうだけだ。
それに、決めるのは自分なのだから。
フォルケンに返事をした翌朝、始業の前に学校に辿り着いた。
今日はジェシカは用事があって休みなので、朝の魔法の練習はない。
なんだか気持ちが落ち着かなくて、校内をぐるりと散歩をすることにした。
まだ人はおらず、どこもしんとしている。
緑色の芝生が広がる中庭、青く茂る立ち木、高くそびえる石造りの校舎、遠くから聞こえる鳥のさえずり。
やっと見慣れてきた景色が、なんだか愛おしく思える。
ここが今の自分の居場所、そんなふうに感じられるようになった。
ふと先に目をやると、人影があった。
それはだんだんと大きくなって、やがていつも目にしている姿に変わった。
「……キース……おはよう……」
「おう。今日も早いな」
「キースこそ。いつもは始業時間ギリギリに来るのに、今日は早いじゃない」
「今日はたまたまだよ。珍しく、早くに目が覚めてな」
そこにいたのは、整った顔を仏頂面にした、いつものキースだった。
何故だか、胸の奥が温かく感じるフィナス。
「ねえキース、聞いて欲しい話があるの」
「何だよ?」
「私ね、セオドア大森林への調査団に加わることになったの」
「……なんだって……?」
あまり表情を変えることがないキースだが、今は意表をつかれたように、目を見開いている。
「あの噂は本当だったのか。スタンピードの調査に、だよな?」
「うん、そう」
「なんで、お前が?」
「同行するようにお願いをされたの。フォルケン先生と、リリアン先生から」
キースの表情が、驚きの色を濃くする。
きっと、予想だにしていなかったに違いない。
「そうか……しかし、何故お前なんだ? お前の魔法が凄いのは認めるよ。しかしだからといって、学校の生徒にそんなことを頼むかよ? 強力な魔法使いなら、他にだっているだろうに」
当然の反応だ。
何が起こるか分からない危険な調査に、魔法使いとしては見習いである学生を同行させることなど、普通ならありえない。
「研究生としてってことらしいよ。野外実習がしっかりできなかった分、調査の現場を見ておくといいって。いざとなったら、先生たちが守ってくれるって」
誰かに訊かれたらこう応えるようにと、フォルケンから言われている。
本当の理由は、誰にも明かすことができないから。
しかしキースは、全く納得していない顔つきだ。
「しかし、だからといって、なんでお前だけ……」
「たくさんは連れて行けないから、今回は私ってことになったらしいよ」
「…………」
そわそわと落ち着きのないキースを目に入れて、フィナスは申し訳なさがこみ上げてきた。
何故彼にこのことを話したのか、それは、フィナスにもよく分からない。
ただ、誰かには聞いて欲しかった。
フィナス自身も、不安でいっぱいだから。
それに、キースになら話せる、話したい、そう無意識の内に感じた。
「ごめんなさい、朝早くから変な話をして」
「いや。それ、いつ行くんだ?」
「出発は3日後。それからしばらくは、学校は休むことになると思うから」
「なるほど……そうか……分かった」
キースはそう言葉を落とすと、スタスタと歩を進めて、フィナスの前からいなくなった。
一人で残されたフィナスは、少しだけ気持ちが軽くなったように感じられた。
(きっと大丈夫。無事に終わって、またみんなと会えるわ)
青く澄み渡る空を見上げて、心の中でつぶやいた。
それから何事もなく2日が経ち、フィナスも含めた調査団全員に招集がかかった。
場所は王城の程近くにある、リンドヘルム王国近衛騎士団の庁舎である。
近衛騎士団は宮廷魔法師団と並び、王都ロンドアを守る要である。
王国の中にいくつもある騎士団の中でも精鋭をほこり、そこに入るには剣や槍の技量に加えて、高い学識も必要とされる。
数ある試練を突破した者だけが入ることを許される、武の頂きだ。
高い石造りの塀に囲まれた敷地は広くて、随所に兵舎や執務室、訓練場などがある。
剣を腰に下げた騎士たちが至る所で雑談を交わし、愛馬と語らっている。
その一角にある兵舎の会議室に、調査団に加わる全員が集まった。
全部で40人ほどいるだろうか、軽装の防具をまとった騎士と、ローブに身を包んだ魔法使いの混成だ。
その中に、フォルケンやリリアンも顔を揃える。
「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。フォルケン様とともに今回の調査団の副団長を務める、近衛師団副長のアドリアーノ・ラクサスです」
皆の目の前で高らかに声を上げたのは、腕っぷしが太い偉丈夫の男だ。
黒髪が燃えるように逆立ち、浅黒い肌の中で真っ白な歯が光っている。
「団長がお見えになり次第、今回の調査の仔細を説明いたします」
アドリアーノとフォルケンが副団長、その上に団長がいるということだろう。
「団長さんがいるんですか?」
フィナスが小声で問うと、フォルケンはにっと頬を緩くした。
「そうじゃ。いささか意外な人物じゃがな」
誰だろう、でもきっと知らない人よねと思いながら待っていると、やがて会議室とつながる廊下が騒がしくなった。
「皆注目! 団長がお見えです」
アドリアーノの一声を受けて、皆が入り口に注目する。
そこから姿を見せたのは二人、どちらも若い男子だ。
皆の正面に向き直った団長を前にして、フィナスは自分の目を疑った。
(え? な、なんで……?)
「今回の調査団の団長を務められる、キース・エンドルフォン王子殿下である!」
そう告げられて、全員がその場で起立して、さっと首を垂れる。
フィナスも周りに目を動かしてから、慌ててそれに倣う。
そこに現れたのはキースだった。
それも、いつもの中途半端に着崩した制服姿ではなく、濃い緑色に光沢が散りばめられた、魔法使いのローブをまとってである。
今まで目にしたことが無いような引き締まった顔で、ぐるりと全員を一瞥する。
「今回の調査団の団長を務めることになった、キース・エンドルフォンだ。よろしく頼む」
そして、そんな彼の横にいたのは、
「キース殿下の副官としてお傍使えをする、ラムザ・シェフィールズです。どうぞよろしくお願いします」
普段とはまとう空気が違う学友たちの姿が、そこにあった。
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