第27話 ささやかな休日
セオドア大森林での野外活動の一件があってから数日の間、王立ロンドア高等学院の全ての授業が中止されることになった。
野外活動だけではなく、全てがである。
強力な魔物たちが外へと溢れ出るスタンピード、その影響は大きく、しかも場所が王都ロンドアからそう遠くない場所ということもあって、その対策協議が最優先とされた。
学院の講師の中には七賢者や国の重責を兼任する者も数多いるため、その間は学院の活動も停止されたのだ。
生徒たちにとってその間は、急に舞い込んできた休日のようなもので、みな思い思いの時間を過ごしている。
フィナスはといえば、今はジェシカと一緒にいる。
「はい、お待ちどおさま」
「うわあ凄い。ありがとう」
フィナスが世話になっている宿にあるレストランで、ジェシカが目を輝かせる。
鳥の丸焼きに、野菜が柔らかくなるまで煮込まれたスープ、近くの川で獲れた魚のソテー、それに今日焼いたばかりのパン。
厨房のスタッフやフィナスが、自分たちで作ったものだ。
近頃ではフィナスが厨房で作業をすることも増え、客に出す料理やスタッフのまかないを作ったりしている。
どれも美味いと評判だ。
「たまにはこんなのもどう、お二人さん?」
この宿の主人であるカリンが手にしているのは、赤いワインが入ったボトルだ。
「いえ、そんな。私は飲んだことがないです」
「私もです。それに、お酒を飲むお金は無くて」
フィナスもジェシカも飲酒ができる年齢ではあるけれど、経験はないし、贅沢なものだという意識がある。
どうと訊かれても、丁重にお断りをするしかないのだ。
「そうかい。今日の料理とこのワインは私からの差入れだから、気にしないでおくれ。二人ともこれから、いろんな場に呼ばれることになるだろう。一度くらいは、こういうのを経験しておくのも、いいものよ」
「そんな、申し訳無いです! 勝手にお邪魔したのに、そこまでしてもらっては」
ジェシカが恐縮しきりで、首を横に振る。
「そんなに気を使わないで、楽にして頂戴。せっかくフィナスちゃんのお友達が遊びに来てくれたんだからね」
今日はジェシカが、フィナスの部屋にお泊りに来たのだ。
朝から一緒に買い物をしたり散歩をしたりして、夜はここで夕食を取っている。
ご相伴に預かるために、ピュアとテネロペも、ちゃんとここにいる。
「そうですか。ではお言葉に甘えます。ありがとうございます」
「ごゆっくりね」
優しい笑みを浮かべながら、カリンは自分の部屋へと去って行く。
ワインボトルのコルク栓を開けると、少し酸味のあるフルーツの香りが、辺りを染めた。
「じゃあ乾杯!」
「乾杯!」
ワイングラスを傾けて初めてのアルコールを口にすると、ふわりとした甘さが鼻を抜けて、少し苦味のある風味が舌の上を撫でた。
「美味しい……のかな、これ?」
「どうかな? なんだか葡萄ジュースみたいだけど、初めての味だね」
大人は好んで口にするワインだけれど、彼女たちが慣れるには、もう少し時間がかかりそうだ。
料理はどれも絶品で、味覚を満足させてくれるものばかりだ。
鳥は焼き目が香ばしくて中は柔らかく、よく煮込まれたスープは具材に味がしみ込んでいて、口の中でほろほろと解ける。
魚は新鮮で、白身はぷりぷりで程よい甘さだ。
魚が大好きなテネロペは、特にご機嫌さんだ。
夕食が終わると風呂の時間だ。
宿の一階にある浴場に、揃って足を運ぶ。
テネロペだけは、性別が違うとのことで遠慮してか、風呂場には同行してこない。
熱い湯が張られた湯舟の中で足を伸ばし、う~んと背伸びをする。
風呂好きなピュアは水面に浮かんで、パチャパチャと水玉を飛ばしている。
「気持ちいいねえ。いつもこんなに大きなお風呂に入れて、いいなあ」
「私も、ここのお風呂は大好き。またいつでも入りに来てよ」
「うん、ありがとう」
お酒が入った体で湯に漬かると、二人ともふんわりとした心地になって、全身がポカポカと温かい。
湯船から上がると、お互いに背中を流す。。
タオルにシャボンの泡をたくさん乗っけて、白くてスベスベの背中を擦り合う。
「ジェシカちゃんは背中にほくろがあるんだね」
「うん、小さい時からね。フィナスちゃんは胸のとこにあるんだね」
「えへへ、まあね~」
『二人とも可愛いほくろね。くちばしでつついちゃおうかしら』
ピュアがそうつぶやきながら羽ばたくので、フィナスは一瞬身構えてしまった。
「ん? どうかしたの、フィナスちゃん?」
「あ、ううん、なんでもないよ。えへへ」
『うふふ。二人とも可愛いわ』
ピュアにからかわれたのだということが分かって、フィナスは苦笑いを浮かべる。
でもピュアの言葉が分からないジェシカは、その理由が分からず、小首を傾げる。
お風呂上りのいい気分で部屋に向かうと、二人揃ってベッドの上に寝転んだ。
「気持ちいいね」
「ね~」
2階の窓の外からは、青い光が優しく差し込んでくる。
何もしない贅沢な時間が二人を包み、テネロペは床の上に寝そべって欠伸をし、ピュアは窓辺で外を眺めている。
「ねえ、野外実習は大丈夫だった?」
フィナスはずっと気になっていたことを口にしてみた。
怖いことを思い出させるのもよくないかと思って、今まで言葉には乗せないでいたのだ。
けれどそんな薄っすらとした不安に反して、ジェシカの笑顔は屈託がなかった。
「怖かったよね、どうなることかと思ったよ。何度も危ない目に会った。けど助けてもらったんだ、ラムザ様に」
「ラムザ様……そっか、同じ組だったね」
「うん。凄く恰好よかったよ。雷の魔法が得意だっていうのは知っていたけど、あんなに凄かったなんて知らなかった。私だけじゃなくて他のみんなも助けてくれて。あの方がいなかったら、私たちはどうなっていたか」
「ふうん、そうなんだ。」
「うん。ラムザ様は代々魔法師団の家系でね、学校を卒業したらラムザ様もそこへ行くんだって。きっと凄い魔法使いになれると思うよ。賢者にだってなれちゃうんじゃないかなあ」
「そっか。色々と話してるんだね。またあの人と、踊れるといいね」
「えっ!? そ、そうだね。でもそんな、私なんか……」
「ジェシカちゃん、ラムザ様のことを喋っていると、なんだか楽しそう」
「!! そ、そんなことないない、ないって!! ただ私は、凄くて憧れるなあっていうか……そういうフィナスちゃんはどうなの? キース様のこと?」
「え? キース……?」
ほんのりと頬が赤いジェシカが、今度はフィナスに問い返した。
唐突にキースの名前を持ち出されて、フィナスは何をどう答えればよいのかと、迷ってしまう。
「別に何も。あ、でもね、いつもやる気なさげだけれど、本気になったら凄い人なんじゃないかなって思うよ。森の中で助けに来てくれた時だって冷静だったし、風の魔法だって上手だったし」
「聞いたよ。フィナスちゃんが戻って来ていないってことを知って、一人で森の中に走り出したんだって、キース様。それで先生も慌てて、彼を追い駆けたんだってさ」
「……へえ、そうなんだ……」
知らなかった、そんなことは。
キース本人も、そして他の誰かも、それは教えてくれなかった。
ただ、わざわざ森の中まで助けに来てくれたので、「ありがとう」とは伝えているけれど。
「ねえ、もしかしてさ、キース様って、フィナスちゃんのこと……」
「!? な、なんの話かな、それ? はああ、なんだか熱いな、お風呂に浸かり過ぎちゃったかなあ」
理由は分からないが、何故だか体がポカポカとして熱い。
ただ、森の中でキースが見せた心配そうな顔を思い返すと、きゅっと胸が切なくなるのだ。
青い月明かりがさらさらと降り注ぐ中で、フィナスとジェシカはいつまでも、とりとめのない話をした。
幼い頃からずっと働きづめで友達もいなかったフィナスにとって、今宵は心に残る夜となりそうだ。
『ちっ、くだらねえ。妙な男と関わったりするから、危ない目にあったりするんだよ』
密かに聞き耳を立てていたテネロペは、何故だか不機嫌だった。
女の子二人がお喋りに興じていた夜、リンドヘルム王国王城では国を預かる大臣や軍の幹部、それに七賢者たちが集まって、これからのことを話し合っていた。
そうして、セオドア大森林の深部に向けて、調査隊を派遣することが決定されたのだった。
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