第15話 非凡なる者たち

フィナスの魔法を垣間見て、実技場はなかなか、どよめきが収まらない。


「お前凄いな。あんなのどうやって覚えたんだ?」


「え? あの、一人で練習して……」


「……一人で……?」


 フィナスが恐縮しつつ応えると、キースはきょとんとして目を丸めた。


「ははは、一人でか。そうか。じゃあ、ここで雁首揃えている俺たちも、負けてはいられないな」


 キースはそう言葉にすると、一番後ろから前へと進み出た。


「お、キース君、今日はやるのかい?」


「今度はキ、キース様が、魔法を……?」

「め、珍しいですわね……」

「楽しみですわ、キース様の風魔法」


 バーミリアや生徒たちは、意外そうだ。


「キース様、頑張って下さいまし!! 応援してますわ!!!」


 ラリアの黄色い声援が飛ぶけれど、キースはそっちには気を向けず、標的人形ターゲットに視線を固定する。

 いつもは真面目に取り組まないキースにしては、こういうことは稀なのだ。


「悠久の風とともに幾星霜を生きる精霊たちよ。今ここに求む。我が声に応じその力を示さん。ウィンザー・アーケデウス・シルフェスタ・ロンゲニウス・バルナババラドラ――」


 長い呪文の詠唱を終えると、キースの琥珀色の髪の毛がふわりと浮き上がった。


風魔法閃撃乱覇シンフォネオン!」


 いずこからか吹き来たる風の群れが渦を巻き、光の屈折を伴って鮮やかな光彩を帯びる。

 それが幾重にも連なって、標的人形に衝突するたびに閃光が煌めく。

 あたかも鋭利な剣が乱舞して斬撃を与えているかのように、甲高い音が響きわたる。


(風の上級魔法ですね。古の昔よりエンドルフォン王家は、風の魔法を駆使して敵を駆逐し、民を安んじたと聞きます。やはりあなたも、その血を受け継いでいるということですかね。普段の姿と今の姿、一体どっちが、本当の君なのでしょう)


 バーミリアは苦笑する。

 キースは魔法の行使を終えると、きりりと引き締まっていた秀麗な尊顔を、へなりと緩めた。


「わあああああ、キース様、凄い、すご過ぎですわ!! 惚れ惚れしてしまいます!!!」


 ラリアは半狂乱になったように叫び、他の生徒たちも拍手を送る。

 キースは目の前で瞳を輝かせるラリアの脇をあっさりと通り過ぎ、フィナスと向き合った。


「ふう。これをやると疲れるからやなんだ。俺もあれ、一人で練習したんだぜ」


「そう、ですか……?」


「……お前は全然普通だな。あれだけの魔法を使ったってのによ」


 肩で息をしているキースの前で、フィナスはいたって普通だ。


「えっと、その……何回もやったことがあって、慣れているからかもしれないです」


「そうか。俺は何回やっても、そんなふうにはならないよ」


 人と群れることを好まないキースは、人知れず魔法の習得に励んだ。

 そうした努力をする姿を人に見せることも好まなかった。

 その帰結としては、上出来というレベルを遥かに凌駕している。

 彼もまた、魔法の才に恵まれている一人だ。


 今までずっと一人で魔法と向き合ってきたフィナスは、共通の話題をもって話せる存在に出会えたことに、嬉しさを感じていた。


(魔法の才に恵まれた王族と、測り知れない魔力を無詠唱で操る謎の逸材。素性は異なっても、類は友を呼ぶということなのですかね。実に興味深いです)


 バーミリアはほくそ笑み、生徒たちは二人に畏怖と羨望の眼差しを送り続ける。

 ただ一人、ラリアを除いて。


(な、何よあの女。キース様の隣にいるべきなのは私なの、貴方みたいな平民風情がいていい場所じゃないんだから。見ていらっしゃい、許さないから)


 メラメラと、心の中に真っ赤な炎を燃え立たせていた。


 実技場が盛り上がりを見せ、見えない火花が散っていたころ、リリアン・マーカスはロンドア高等学院のとある庁舎にいた。

 そこにある重厚な木製扉を、何度か叩いた。


「どうぞ」


 中から返事が聞こえたので、扉を開けて深々と礼をした。


「こんにちは、フォルケン先生」


「おお、リリアン君かね。しばらくぶりだね」


「はい。しばらく王都を離れておりましたので。少しお話をさせて頂きたいのですが」


「そうか。分かった、まあ掛けなさい」


 リリアンを出迎えたのは、白髪の長髪が豊かな、小柄な男だ。

 柔和な顔には深いしわが刻まれていて、これまで生きてきた年輪のようにも見える。

 青色のローブをゆるりと着こなし、応接台の脇にあるソファに座る様に、リリアンに薦める。


 壁際に立つ書棚の中には、難解な文字が刻まれた書籍がびっしりと収納されている。

 どうやらここは、ラーナリック・フォルケン、彼の研究室か何かのようだ。


「どうかね、紅茶でも。新しい茶葉が手に入ってね」


「あ、どうぞお座りになって下さい。私がやりますから」


「そうかい? 申し訳ないね」


 フォルケンがソファに腰を落ち着けると、リリアンはポットの中に水を入れて、加熱用の魔道具コンロを作動させた。

 二つのティーカップに赤茶色の液体が注がれると、部屋の中が甘い香り満たされた。


「先ほど国王様にもご報告をしてきたのですが、バスターテ帝国との国境沿いの調査をしていたのです」


「……七賢者の君が直々にかね? それは穏やかじゃないね」


「はい。国王様と国務大臣から、内密にと頼まれていたのです。直に七賢者全員に招集がかかると思いますが」


「そうか。ではあの噂は本当なのか。帝国内に不穏な動きがあるというのは」


「はい。密偵の報告によりますと、帝国内で資材や軍の動きが活発なようです。それと、竜や魔物たちの動きも」


「なるほど……それは大変だね。なんとかわしがここを引退するくらいまでは、静かでいて欲しかったものだが。早く、のんびりと陽の光の下で過ごせる日々が来て欲しいものだ」


「何を言われます。フォルケン先生無くして、この国が収まりましょうか。これからも頑張って頂きませんと」


 フォルケルは口ひげを撫でながら、静かに笑む。

 白い眉の下にある両のまなこは、自分よりもずっと年下の七賢者を、優しく見つめる。


「なあに、これからは君たち若者の時代じゃよ。それを伝えに来てくれたのかね?」


「それもあります。ですが、内密に、ここだけでお話をしたいことがありまして」


「…………ほう?」


 興味が湧いたのか、フォルケルの細い目が見開かれた。


「実は調査から引き上げる途中で、4体のドラゴンに襲われたのです。その内の一体は恐らく、青氷竜ブルードラゴンです」


「!!?? なんと、青氷竜とな!? 最上位竜に相まみえたというのか? それはどこで?」


「帝国との国境から少し戻った、辺境の町の近くです」


「……そのように人里に近い場所で、そのような物どもがいようとは。俄かには信じられんが、君が嘘を話すとも思えん。しかしそれで、よくぞ無事だったものだ」


「はい。実は一緒にいた者たちは全員倒れてしまい、私も死を覚悟しました。ですが幸運にも、助けられたのです」


「助けられた? 『赤熱の賢者』である君を助けられるほどの者が、そこにいたのかね?」


「はい。その者は恐らく若い女性です。氷の魔法、永久氷石魔法エターナルブリガディアを、無詠唱で使っていました。そんなことができるのは私が知る限り、『輝氷きひょうの賢者』である貴方しかいらっしゃいません」


 リンドヘルム王国がほこる七賢者が一人、輝氷の賢者ラーナリック・フォルケンは、リリアンの言葉を耳にして、その相貌の中に往年の光をたたえつつあった。

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