第9話 動き出した未来
(どこにいるのフィナスさん。もうこの町にはいないの? だとしたら、どこに行ったの? 店の主人の話だと、他には身よりはないっていうことらしいけど)
リリアンの顔には、焦りの色が滲んでいる。
辺境にあるカルネの町では、フィナスの捜索が続いていた。
宮廷魔法師団副団長であり、七賢者が一人『赤熱の賢者』であるリリアン・マーカスが直々に、陣頭指揮を取ってである。
リリアンとともに王都からかの地に赴いた兵たちは、ほとんどが
しかしあの状況で全員が生還を果たしたのは、奇跡に近いといえよう。
竜の攻撃を無詠唱の上級魔法で退け、神話級の存在である
地に伏した兵士や魔法使いたちが大丈夫であるということを悟ると、彼女は顔を隠し名も告げずに、その場から馬で走り去った。
フィナス・マーガレッタという名前の少女がもしその人物であるなら、是非会わなければならないと、リリアンは思っている。
その理由は単純ではない。
目の前で離れ業をやってのけた人物に、同じ魔法使いとして興味があり、敬意を表したいと思う。
己も仲間の命も救ってもらったことについて、最大限の謝辞を贈りたい。
語り合って、どんな人物なのか知りたい。
そんな理由が彼女を突き動かすのであるが、実はそれだけではないのだ。
竜をはじめとする人ならざる者、異形の存在、異界の魔物、野生の生物、そうした類と意志を交わすのは神の御業ではなく、魔族や悪魔と呼ばれる者たちの所業なのである。
古より魔族はその力を使い、強大な魔物や生物を使役し、人を大いに苦しめてきた。
先のバスターテ帝国との大戦においては、敵方が魔族と手を組んだことで、散々に苦戦を強いられることになった。
幸いにも敵方に内紛が生じたこともあって、両国はやっとのことで停戦協議につくことができたのだけれど。
人ならざる者と言を交わすは禁忌、その言伝えにより、魔物と意志を交わす者は異端、魔族の使いと見做されて、迫害を受けてきたのだ。
ことに、魔族と対局をなす神々を頂くアルターナ教、それを主教とするリンドヘルム王国では、その色を濃くする。
その御業を、目の前で見せられたのかもしれない。
強大な竜族と心を通わせる、そんな存在がいるとすれば、王国を預かる七賢者の一人として、見過ごすことはできないのだ。
ただ、このことはまだ、リリアンの胸の中だけにしまってある。
このことが公になれば、人心に不安が広がってしまうだろう。
それに、顔も知らない少女に、そのような苛烈な運命を強いてよいのかと、逡巡する気持ちもある。
とにかく、本人を捜さないことには始まらない。
けれど、かの地の辺境伯直属の騎士団を総動員しての捜索にもかかわらず、ようとしてその行方は判明しなかった。
「さあさあ、どうぞおくつろぎ下さい。今日もお疲れでございましょう」
この地域の管理者である辺境伯ブルモア・ガートランドは、最大限のもてなしをもって、リリアンを迎えている。
食卓の上には珍味美味な料理がこれでもかと並び、季節の花が飾られている。
希少な年代物のワインボトルの栓が抜かれ、高価なワイングラスを豊潤な紫色で満たしている。
ブルモアはリリアンを自宅へ招待し、労をねぎらっている。
しかしそれは表向きで、その真意は、この王国の重鎮である七賢者のご機嫌を伺い、取り入ることにある。
「お心遣い、痛み入ります」
「なんのなんの。部屋もご用意しております。今夜は気兼ねなくお過ごし下さい」
「色々とご協力を頂いておきながら未だに目的を果たせず、心苦しく思っています」
リリアンが首を下げると、ブルモアは恐縮したように両手を振る。
「しかし、貴方様のような方がここまでされるとは。そのフィナスという娘は、一体どのような者でありますかな?」
「……詳しくは申し上げられません。ですが、ただならぬ魔法の才の持ち主ではないかと思っています」
ここで本当のことを言う訳にはいかない。
リリアンははぐらかし気味に応える。
「そうですか。しかしこの町にそんな者がいたとは、全く心当たりがございませんな。そのような噂も聞いたことがありません。もしかしてお探しの方は、他におられるということもあるのでは?」
「そうですね……かも分かりません」
それは、リリアンも思い始めている。
上級魔法を使いこなすとなると、どこかで魔法を学んでいたとか、誰かに師事していたとか、普通なら何かの足跡があるはず。
しかしそれも見当たらない。
もしかするとフードを深くかぶったあの女性は、旅の途中でたまたま出逢い、命を救ってくれた。
その可能性だってあり得るのだ。
「魔法といえば、私の娘の方も学ばせて頂いております。王都にあるロンドア高等学院で」
ブルモアが目をやった先には、精一杯の正装をまとった少女が、カチカチに委縮した姿で座っている。
「ラリア、ちゃんとご挨拶をなさい」
「は、初めまして。ラリア・ガートランドと申します。リリアン先生のことは、学校で何度かお見掛けしたことがあります」
「そう? それは光栄だわ。あなたはおいくつ?」
「17歳です。今は高等部の2回生です」
「高等部2回生といえば、そろそろ専門課程の授業が入るわね。何をされるおつもりなの?」
「そ、それはもちろん、火属性の魔法です。リリアン先生の授業を受けるのが楽しみです!」
ラリアの両の瞳には、ハートの形が浮かんでいる。
ずっと憧れの存在だった人物が、今は目の前にいて笑いかけてくれているのだから。
「そう。それは私の方も楽しみだわ。よろしくね、ラリアさん」
「は、はい!」
ロンドア高等学院は初等部と高等部に分かれ、通常は初等部を経て16歳の時に高等部へと進級する。
そこで教鞭をとることも七賢者の仕事の一つで、学生達にとっては羨望と注目の的である。
「そういえば、その準備もしないといけませんね。私はそろそろ王都の方へ戻ろうかと思います。もしフィナスさんのことで何か分かったことがありましたら、ご連絡を頂きたいのですが」
「おお、それはもちろん。これからもご協力は惜しみませんぞ」
全員で食卓囲み、話は弾む。
ガートランド夫妻とその娘は大いに沸き、その中でリリアンは憂鬱な陰を落としていた。
(上にどう報告をすればいいのかしら、このことを。今のところ兵士たちには口止めをしているけれど、ずっと黙っておく訳にはいかないわ。竜たちのことも告げないと)
そんなことを、胸の内で自分自身に問い掛けながら。
そのような出来事が遠い辺境の地であった日の翌日、フィナスはロンドア高等学院にいた。
教職員や事務員が雑居する管理棟の部屋で、若い男と向かい合っている。
ピュアとテネロペには、宿で留守番をしてもらっている。
「ここにもサインをして」
「はい、分かりました」
入学申請用の書類の上に、羽ペンを走らせている。
この学校に入学したいと、門の脇にある守衛の詰め所で申し出ると、ここを紹介されたのだ。
「ではフィナス・マーガレッタさん、申請は受付けました。今学校はお休み中ですが、もうじき授業が再開します。それまでに、入学のための試験を受けて頂く必要があります」
「試験、ですか?」
「はい。フィナスさんは魔法科をご希望なので、筆記と魔法実技の試験ですね。その結果によって、どのクラスに入って頂くかが決まります。初等科の最初からの入学ではなく、中途入学になりますから」
「は、はい。分かりました」
試験と聞いて、フィナスの顔に緊張の色が浮かぶ。
そのようなもの、生まれてこの方、やったことがないのだ。
「試験の日にちが決まりましたら、使い魔で連絡をさせて頂きます。このご住所宛てでよろしいですね?」
申請書には、今滞在している宿屋の場所が書いてある。
「はい。それでいいです」
「分かりました。では少しの間お待ち下さい」
無事に入学申請の手続きを終えて、フィナスはほっと息をついた。
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