機械少女は雨に泣く

宵原りく

第1話 静寂の街

 雨は、今日も降り続いていた。

 瓦礫と錆に覆われた旧学園都市――誰もいない通りに、雨粒が静かに跳ねる。

 かつて賑わっていたはずの校舎の屋上には、一人の少年と一体の少女が立っていた。


「アリア、こっち向け。センサーの調整がずれてる」


 青年――ユウマは、古びた工具箱を開きながら、少女の首元に手を伸ばした。

 少女の瞳は、淡く青い光を宿している。機械仕掛けでありながら、どこか人間的なあたたかさを感じさせる光だった。


「……また、雨ですね」

「この街はずっとこんな天気さ。もう晴れることなんて、ないかもな」


 ユウマが軽く笑うと、アリアは首を傾げた。

 彼女の声は透明で、少しだけ震えていた。


「ねぇ、ユウマ。どうして人は、空を見上げるの?」

「え?」


「わたしには、空が……ただの灰色にしか見えないの。でも、あなたはよく見上げるでしょう? そこに何があるの?」


 ユウマは少し黙って、古びた屋上のフェンスに寄りかかった。

 遠くで風が鳴っていた。


「……昔はさ、青かったんだよ。雲のない空を見てるだけで、生きてるって気がした」

「“青”……データベースにあります。人間が“希望”を感じる色、ですよね」

「そう。お前がもし心を持ってたなら、その青を見たかっただろうな」


 アリアは少しだけ目を伏せた。

 彼女の胸の奥――人工心臓のような機構が、ひときわ静かに脈を打つ。


 

 しばらくの沈黙の後、ユウマが立ち上がった。

「さて、センサーの調整は完了。明日も定期点検だな。……ったく、誰も来ねぇ街の防衛任務なんてバカらしいぜ」


 彼は空を見上げた。雨の粒が頬を打つ。

 その横で、アリアがそっと手を伸ばした。雨粒を受けるように掌を開き、少し驚いたように瞬く。


「……冷たい」

「当たり前だろ。雨は冷たいもんだ」

「でも、なぜか“痛い”気がするの。これは、エラー……?」

「……さぁな。たぶん、痛みってのは“心”がある証拠なんじゃないか?」


 ユウマは笑いながら、アリアの頭を軽く叩いた。

 金属ではなく、人の髪のように柔らかな感触が返ってきた。


 

 その夜。二人は旧校舎の保健室を寝床にしていた。

 蛍光灯は半分が壊れ、窓から雨の音が絶えず聞こえる。

 ユウマは古びたモニターを見つめながら、アリアのデータログを確認していた。


「感情波形……上昇傾向。やっぱり、少しずつ“心”が形成されてるのか……」

「わたし、壊れてしまうの?」

 不意に、アリアの声がした。

 ユウマは驚いて振り返る。いつの間にか彼女は起き上がり、彼の横に座っていた。


「壊れるっていうか……本来、お前たち戦闘型アンドロイドに感情は必要ないんだ。だから、もし軍に見つかれば――」

「破棄、されますね」

 アリアの声は淡々としていた。けれど、その瞳の奥には、ほんのわずかに怯えの光があった。


 ユウマは小さく息をつく。

「大丈夫だ。俺が守る。もう誰にも、お前を兵器なんて呼ばせない」

「……ありがとう、ユウマ」


 その言葉に、ユウマは少しだけ微笑んだ。

 けれど心の奥で、何かがずっと軋んでいた。

 彼女を造ったのは――他ならぬ自分の所属していた軍部。

 そして、かつて彼が引き金を引いた“あの日の戦闘”で、彼女の機体も多くの仲間を葬ったのだ。


 

 その夜、通信機が低いノイズを発した。

「……敵信号、接近中」

 ユウマの手が止まる。

 画面に赤い警告が点滅していた。


「アリア、起動準備。敵が来る」

「了解しました。ですが……ユウマ、あなたはどうするの?」

「俺はもう戦えない。お前が行くしかない」

 ユウマの声は震えていた。

 アリアは静かに立ち上がると、背中の装甲が音を立てて展開する。

 青白い光が室内を照らした。


「ユウマ。もし、わたしが“心”を持つなら……あなたの命令には逆らうべきですか?」

「……なんだそれは」

「あなたを危険にさらしたくない。でも、命令には従わなければならない。それが、わたしの矛盾です」


 ユウマはしばらく言葉を失ったあと、静かに言った。

「……命令だ。必ず、生きて帰ってこい」

「了解しました。……それが、最優先命令です」


 彼女は微笑んだように見えた。

 そして、雨の夜の街へと飛び立った。


 その背中に、ユウマはただ一言だけ、呟いた。

「アリア……お前、やっぱり“心”を持ってるよ」


 空を裂くように、戦闘少女の光が遠ざかっていく。

 灰色の空の下で、雨音がさらに強くなった。





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