第24話【断罪の残響、揺らぐ手のぬくもり】

王都の高級街――。


朝陽を受けて輝く石畳の道を、イシュラウド家の紋章を刻んだ馬車がゆるやかに進む。

通りにはすでに活気が満ち、宝石店のウィンドウ越しに煌めく光が揺れていた。

香水専門店の扉からは笑い声と香油の香り、焼き菓子の甘い匂いが風に混じり、

まるで祝祭の朝のような華やぎがあった。


馬車の内部。

深い紺のジャケットに銀糸の刺繍を施したクレノが、緊張した面持ちで座っている。

華奢な身体に丁寧に仕立てられた礼装が映え、まだ少年の面影を残しながらも、どこか王族めいた気品を感じさせた。


その隣に座るのは、黒のパンツスタイルに身を包んだルミエール。

凛とした姿勢、静かな眼差し。

騎士団長としての威厳と、女性らしい柔らかさが同居していた。


「クレノ、もうすぐ到着だ」


短く告げる声。

クレノはぱっと顔を上げ、頬をわずかに染めてうなずいた。


「はい……」


その瞬間――

ルミエールの瞳が鋭く光を帯びた。


「……!」


次の刹那、彼女はクレノの頭を胸元に引き寄せる。

まるで風の音を先に読んだかのような、反射的な動き。


――バンッ!


馬車の扉が爆ぜた。

破片と共に飛び込んできたのは、黒ずくめの刺客。

短剣を逆手に構え、殺気をまとって中へと躍り込む。


「――遅い」


その一言は、氷のように冷たかった。

片腕でクレノを庇いながら、ルミエールは空いた拳を突き出す。

風を裂く音と共に、拳が敵の顔面を撃ち抜いた。


鈍い音。

次の瞬間、刺客の身体が宙を舞い、石畳の上に転がり落ちる。


静寂。

馬車の中に残ったのは、ルミエールの吐息と、クレノの震える肩のわずかな動きだけだった。


「すまない。驚かせたな」


「い、いえ……っ」


クレノは目を丸くしながらも、怯えたように首を横に振る。

その頬がわずかに青ざめていた。


――これで三度目。

イシュラウド家を出てわずか1時間の間に、連続する襲撃。

貴族社会の闇が、確実に牙を向けてきている。


(……マリアベル派の者か。それとも、別の者たちか)


ルミエールの思考は鋭く冷えていた。

外では騎士たちが慌ただしく報告を始める。


「敵は全員撃退しましたが――」


「おい」


ルミエールは窓を開け、低い声で制する。


「また“漏らした”な?」


「も、申し訳ございませんッ!!」


報告役の騎士が蒼白になって頭を下げた。

彼女の一瞥だけで空気が凍る。


(……毎回、誰かが怯える。これが現実だ。守る側はいつだって、恐怖を飲み込んで立つ)


壊れた扉を蹴って開けると、ルミエールはすぐにクレノへ手を差し出した。


「行こう、クレノ」


その手の差し出し方は、まるで舞踏会で令嬢を誘う紳士のように優雅だった。


クレノは一瞬驚き、けれど照れくさそうに微笑む。

小さく息を整え、そっとその手を取った。


外に出た瞬間、街の喧騒と朝の風が二人を包む。


「ルミエール様、あの……普通は男性がエスコートを――」


若い騎士が恐る恐る口を開いた。


「黙れ」


短く、静かに。

だが次の瞬間、裏拳が飛んだ。

ぐふっと小さな呻き声を残して、若騎士は地面に沈む。


ルミエールは何事もなかったように姿勢を正し、再びクレノの手を取った。


「では、参ろうか。今日は、たくさん買い物をする予定だからな」


「は、はいっ……!」


歩き始めた二人の足音が、石畳の上で軽やかに響く。

だが、ふとクレノの動きがぎこちなくなる。

視線が落ち着かず、道行く貴族たちの視線を気にしているのが分かった。


「ル、ルミエ様……あの……」


ルミエールが振り向くと、クレノは頬を赤らめ、困ったように言った。


「ぼ、僕が……エスコートします。あまりにも……目立ってしまって」


差し出された腕。

その仕草はぎこちないが、どこか誇らしげでもあった。


ルミエールは一瞬、言葉を失う。

周囲を見渡せば、確かに視線のほとんどがこちらに向いている。

“女性が男を引いて歩く”その光景が、貴族街では異様に映るのだろう。


(……そうか。これでは、私が令嬢を連れて歩いているようなものだな)


少し息を吐き、彼女は静かにクレノの腕に手を添えた。

その瞬間――心臓が、どくんと跳ねた。


掌から伝わる体温。

男性の腕を取るなど、いつ以来のことだろう。

ふと、記憶の底がざわりと揺らぐ。


――あの夜。

鮮血。

断罪の場。

冷たい石床に散った自分の命と、最後に見た“光の少年”。

焼けつくような痛みと、骨の軋む音。

叫ぶ声。

誰かが泣いていた――。


(――やめろ)


胸の奥で、何かが爆ぜた。

視界が一瞬、赤く滲む。

喉がひりつくように熱い。

息を吸うだけで、心臓が軋んだ。


「ルミエール様……?」


クレノの声が聞こえる。

その音で、ようやく現実に引き戻された。


「……っ。ああ、大丈夫だ」


かすかに微笑み、乱れた呼吸を押し殺す。

胸の奥に残る痛みを、静かに飲み込んだ。


(……まだ、完全には癒えていない。過去は消えない。

 けれど――この手が、今は“彼”を掴んでいるのなら)


ルミエールは歩き出す。

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