ご褒美じゃん
もうすぐ診療が終わろうとしている。
患者さん…ごめんなさい。私の脳内は『梨竹さんに嫌われていないか問題』でいっぱいでした。
悩むのやめるとか、無理でした!
いや、技術的にはというか患者さんに迷惑かけないようにはしてました。はい。歯も綺麗にさせていただきました。なので許してください…。
最後の患者さんを受付へ送り出した。
梨竹さんに嫌われるなんて嫌すぎる。
悪いことをしたつもりはないし、嫌われないように気をつけてたのに…。
なんでなんだろう…。
本人に聞く以外、この悩みが解決することはないのは分かっている。
(勇気をだせ私!!がんばれ!!)
そう自分を奮起させ、受付へ向かおうとしてると…
「美穂さん」
私の名前を呼ぶ大好きな声が、後ろから聞こえた。
「は、はい」
「一緒に帰りたいです…」
「…え!か、帰ろう!」
梨竹さんに誘われるとは予想もしてなかった私は、わかりやすく動揺する。
そんな私でも、気になるくらい梨竹さんの表情は曇っていた。
誘ってくれたのは嬉しいけど、いつもより元気がなさそう…。
ちょっと気分が落ちてる梨竹さんもかわいいな…。はぁ…最低だ私。
いざ、2人っきりの帰路につくと、あんなに悩んでたのが嘘みたいに浮かれている。
隣で歩くかわいい後輩のおかげで。
まぁ、悩ませたのもこの子なんだけど…。
いや、浮かれてないでちゃんと聞かないと…
「な、梨竹さん」
「はい、なんですか?」
声が上擦る私と、不思議なくらい冷静な梨竹さんの返事。
「あのー、今日のさ、あの、お昼くらいにさ、そのー…目が合ったじゃん?」
「合いましたね〜」
「な、なんで、逸らしたのかな〜って」
ぷいっ
「え?」
「しらないですっ」
(えぇぇぇぇぇぇ!?
またぷいってされたぁぁぁぁ…
泣いてもいいかしら…)
なぜか教えてくれない梨竹さん。
あの感じ、何か理由があるみたいだけど、知らないって言われた。
もしかして言いにくいこと?
はぁ…私、何をやらかしてしまったんだ…。
「あのー、私がなにか嫌なことしてしまったのなら謝るから伝えてほしいな…?」
「んー…、謝らなくていいです。」
(あ…終わった…もう仲直りもできないってこと?謝ることもできないのか…終わりだ…)
私は絶望感に支配された。
幸せだった日々が終焉に向かおうとしている…
「その代わりに…ぎゅーってしてください。」
ん?
なんだ?天使の囁きか?
ぎゅーってなに?私のこと嫌いじゃないの?
どういうこと?
ご覧の通り、私は混乱している。
なぜ、目の前の、かわいい子は目をうるうるさせているのか…。
なぜ、目の前の、天使は、私にかわいいお願いをしているのか…。
「ぎゅーってするの?代わりに?」
「はい、嫌ならしなくても…」
「嫌じゃない!むしろさせて!」
嬉しそうに笑顔を浮かべる天使。
頬が色付いた。
私の大好きな笑顔だ。
大きく両腕を開き、梨竹さんを優しく包み込む。梨竹さんの腕が私の腰に巻きつく。
胸元に収まるかわいい後輩。
心臓の音が聞こえてないかな…気になれば気になる程、ドクッドクッと大きく波打つ。
ご褒美じゃん。
私、悪いことしたんじゃなかったの?
嫌われてないってこと?
色んな疑問がまた溢れてくるが、このひとときの幸せを噛み締める…。
「私だけの美穂さんでいてよ…」
「ん?何か言った?」
「何でもないです。……ばーか。」
「え、今、ばーかって言った?」
「はい!」
満面の笑みだった。
何かを隠すための笑顔。
そんなことに気づかない私は、笑顔の梨竹さんをただ見つめることしかできなかった。
…ばーかって、かわいいなぁ。
本当にバカだ。
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