ゲーム世界で序盤に殺される悪役貴族に転生した俺、様々な空間からあらゆるものを盗める能力でエンジョイします

名無し

第1話 悪役転生


「ここは……?」


 気がつくと、俺はそれまでとはまったく違う空間に立っていた。トラックに轢かれて体が吹き飛んだことまでは覚えているが、それ以降は記憶にない。


 この場所はなんというか、アカデミーっぽいところだ。具体的にいえば、多くの学生たちが下を見下ろす格好で集まる、すり鉢状の講堂である。


 しかも、自分の体も明らかに若返っているし学生服だって異世界風だ。剣と杖を交差させた記章ワッペンが胸に飾られている。


 これについてもそうだが、なんか色々と見覚えがある。アニメかゲームかなんかで見たことがあるような気がするんだ。ってことは、俺はライトノベルや漫画の主人公のようにゲーム世界に転生したってことなのか……?


「それでは、勇者アルト君の入学を、皆でお祝いしようではないか!」


「「「「「ワアアッ!」」」」」


 ん、勇者アルトだって? ま、まさか……。


 ということは、これはあの超有名なアクション型ロールプレイングゲーム『剣と魔法のアカデミーファンタジア』なのか……?


 王都ラグナムの中枢にある冒険者アカデミーが舞台で、その主人公は確か勇者アルトだったはず。見た目も服装も一致している。ちなみに、俺も時間を忘れてのめり込んでいたアクションRPGだ。問題は俺自身が誰なのかってこと。都合よく鏡がないのが残念だ。


 そうだ、ここがゲーム世界ならステータスを表示できるはず。ステータスオープン……お、やはり出てきた。


名前:ケイン・シルベウス

性別:男

年齢:15

スキル:【盗賊】

基本アーツ:《窃盗》《鑑定》《索敵》《解錠》

特殊アーツ:無し


レベル:1 一般級(1~9)


腕力:1 〃

体力:1 〃

俊敏:1 〃

器用:1 〃

魔力:1 〃

知力:1 〃

運勢:1 〃


「これは……」


 なんと、俺はケイン・シルベウスという男に転生していた。といっても、脇役の悪役貴族だが。


 ちなみに、基本アーツっていうのはそのスキルがある時点で使える先天的な技のことで、特殊アーツはレベルを上げたときや何かを閃いたとき、すなわち後天的に覚える技を意味する。なお、ステータスについて補足説明すると、レベルや各パラメーターの右に記載されているように一般級は1~9、初級は10~19となり、レベル同様に各数値は上がれば上がるほど上がりにくくなる。


 うろ覚えだが、原作におけるケインの運命はこうなっている。ケインはシルベルス男爵の三子であり次男坊だ。だが、ケインは妾から産まれたというのと、15歳の成人の儀に外れスキルとされる【盗賊】を教会で付与されたことにより、家族からは見込みがないとして冷遇されている。


 だが、同名の【盗賊】スキルであっても、《索敵》が苦手なものがいたり、逆にそれが得意で《窃盗》が苦手な者がいたりと多種多様だ。


 ケインの場合、特に何かが秀でているというわけではない。器用値が1なのを見ればわかるように、むしろ全ての基本アーツが苦手気味という異質な部類だ。


 だが、そこにこそケインの特異性が秘められていた。彼は人やモンスターから盗むことはできない。だが、空間からは盗むことができる。


 色んな空間から従魔や武具、ステータス等、ありとあらゆるものを盗めるというチートすぎる効果を持つんだ。自身の能力の真価にようやく気づいたケインだったが、不吉な空間から狂気をも盗んでしまい、彼は狂ってしまった。それにより暴走したケインはアカデミーで暴れ、勇者に成敗されてしまうのだ。


 ただ、序盤のイベントのやられ役の割にはかなり強かったのを覚えている。もしもケインが狂気を盗まなかったら、どれくらい強くなっていたんだろうかとよくプレイヤーの間で議論されていたキャラクターでもある。


 しかし、こうして他者の視点で見ると意外な面に気づくことができるな。勇者アルトはニヤニヤと笑い、原作と違って傲慢な姿勢を見せている。ゲームでこんな一面は見たことがない思ったが、よく考えると一人称タイプなので勇者の顔は見えないから、普段からこういう顔つきをしていたのかもしれない。


 ん、アルトが俺の方を見たかと思うと、睨むような目で見上げてきた。何か気に障ったのか? そうかと思うと、嘲笑うかのように口元を吊り上げてきたのでイラっときた。まるでカエルを見る蛇のような目だ。主人公なだけに、脇役の俺なんかいつでも退場させられるという優越感を無意識的に感じてるのかもしれない。


 お返しにやつのステータスを覗いてやろうかと思ったが、原作主人公相手にそんなことをしたら勘付かれる恐れもあるのでやめておいた。そうなると、いきなり死亡フラグになりかねないからな。それに、よく考えたらやつの初期ステータスについてはゲームの主人公なだけにそこそこ覚えている。


 全体的に俺より格段に高いが、所詮やつもレベル1だ。ただ、【勇者】スキルというチートスキルを持っており、その基本アーツが《王道》なので経験値の上昇率が10倍になっている。つまり、成長率が化け物レベルってことだ。


 さて、そんなのは今相手にしなくてもいい。俺は原作のゲームの雰囲気をたっぷり楽しんだのち、アカデミーの授業が終わったのもあって帰宅した。


 それにしても不思議だ。知らないはずの自宅までの道程がよくわかる。そこはまあ、脇役とはいえそれまでの人生があるわけだから俺が転生したとしても本能的に理解できることなんだろう。


 ただ、気になるのは徒歩で帰っているという点だ。勇者が入学してくるような王立アカデミーというだけあってみんなエリート揃いなのに。それに、俺だって男爵家の次男坊のはず。やはりこれは詳しくは知らないとはいえ、登場人物の説明にもあったように家族から酷く冷遇されているというのが影響しているんだろう。


「ここか……」


 大体30分ほど歩いただろうか。冒険者アカデミーから少し離れた場所にあるシルベウス男爵家の屋敷は、一応貴族なだけあって広い庭もありとても立派だった。ただ、やはりちょっとだけ見覚えがある気がするのは、脇役の自宅とはいえゲーム内で何度か見た可能性があるからだろう。


「なんだ、ケイン、帰ってきたのか。一家の恥さらしめが」


 白髪頭の恰幅の良い男――父親のラルフ・シルベウスが俺を見るや否や、顔をしかめてそう語りかけてくる。息子に対していきなり恥さらし呼ばわりって。ただ、父親なので俺は逆らうわけにもいかずに挨拶するしかなかった。


「ど、どうも、父上。ただいま帰宅いたしました」


「……そんなことはわざわざ言わんでもわかる。今日は勇者のアルトどのが王立アカデミーに入学してきたそうだな。ケインよ、アルトどのと同じ空気を吸えるだけでもありがたく思え。この穀潰しめが」


 うわ、なんなのこれ、思い切りネグレストじゃないか。やはり、妾から産まれた上に外れスキルってのが父親にとっては受け入れがたいんだろうか。それでも畜生なことに変わりないが。


「お、帰ってきたのか、汚物のケイン」


 正室から産まれた嫡男で3歳上の兄、オールバックのグルビンがニヒルな笑みを浮かべながら俺を見下ろす。あ、あのぉ、汚物って……俺はこの世界じゃ腹違いとはいえ、一応あなたの弟なんですけど……。


「ププッ……ま、まあまあ、お父様、お兄様。そう言わずに。こんな最下層のゴミでも、手軽に見下せるという利用価値くらいはございます」


 2歳上の姉で三つ編みの長女レイチェル・シルベウスもまた、俺を庇うどころか露骨に責め立ててきた。彼女も正室から産まれただけあって、憎たらしいくらいグルビンとよく似ている。


 父親のラルフはそれを止めるどころか満足そうに頷いてるし、俺にとってはしんどすぎる家庭環境だ。もう泣きそう……ん、そこにメイドがやってきた。


「旦那様、それに長男のグルビン様、長女のレイチェル様、夕食をご用意いたしました。あ、次男のケインさんは後からお持ちします」


「後から?」


「はい、部屋までご案内いたします」


 俺だけさん付けなのが気になるが、家族と比べれば礼儀正しいのは助かる。俺は大人しくメイドのあとについていくことにした。


「着きました。ケインさん、そこがあんたの部屋です」


「え」


 メイドが冷たい表情で指差してきたのは、誰がどう見てもただの押し入れだった。


「じょ、冗談だろ?」


「冗談などではありません。さっさとお入りになってください。さもないと旦那様に言いつけますよ?」


「わ、わかった……」


 呼ばれるとまた面倒なことになると思い、俺はグッと我慢して押し入れに入った。木箱やら古い家具やらでごちゃごちゃしてるし、一人入るのも精々の狭すぎる空間だ。俺は一応男爵家の次男だってのになんて惨いことをするんだろう。本妻ではない、妾から産まれたらこんなもんなのか……。


「餌を持ってまいりました」


 プププと笑いながら、メイドが持ってきたのは腐臭のする残飯だった。


「う……こ、これを俺に食えっていうのか?」


「はい。食べなければそのまま廃棄処分になるだけです。自分は命令されたことを実行したまでですから」


 メイドは吐き捨てるように言ったのち足早に立ち去った。これじゃ俺……ケインが可哀想すぎるし、一刻も早く空間から盗む能力でなんとかしないとな。


 原作のケインは、詳細は不明だが後になって自身の能力の真価に気づき、忌まわしい空間から狂気を盗んだことで自己を制御できなくなり自滅したという。なので、狂気を盗まないように気をつけないといけない。


 だとすると、俺には良い考えがあった。なら、狂気を盗むなんてことはないはずだ。


 思い立ったが吉日というわけで急ぎ足で向かったのは、王都の街並みを見下ろせる丘にあるラグナム大聖堂だ。


 ゲーム内でも、この場所には不穏なことがあったという記憶はない。俺が見落としているだけかもしれないが、こうした聖堂内の空間なら安心して盗めるのは間違いない。


 ただ、聖堂内の身廊や側廊、礼拝堂で何度か《窃盗》を何度か試みるも何も起きなかった。


「う……」


 眩暈がしてきた。結構気力を消耗するみたいだし、空間であればなんでもいいってわけじゃなさそうだ。それに俺のレベルがまだ1っていうのと、空間によって盗める難易度が違うってのもあるのかもしれない。


 となると、巡礼者というわけでもない経験の浅い俺みたいな人間にとってはより開かれた意味のある空間じゃなきゃダメなんじゃないか。


 そういう意味じゃ、礼拝堂でさえ盗めなかったし鐘楼や陣内クワイヤ地下納骨堂カタコンベなんかは当然まだ無理だろう。というかそもそも一般人は立ち入り禁止だ。だったら、有力候補が一つ残っている。そこでダメなら仕方ない。そう考えた俺は成人の儀を広く行っている祭壇の間へ向かい、もう一度試行してみる。


『特殊アーツ《神の加護》を獲得しました』

『魔力が30上昇しました』

『運勢が10上昇しました』

『光の精霊ウィルを従魔にしました』

『気力・体力が完全回復しました』


「おおっ……!」


 思わず声が出てしまい、俺は周りから注目されて自分の口を塞いだ。まさか、一度にこれだけのものを盗めるとは。さすが、ケインの【盗賊】スキルは【勇者】以上にチートなだけある……。


 さて、まずは《神の加護》がどんな効果なのか俺の《鑑定》で調べてみよう。


『状態異常に対する耐性+100%』


 思わずガッツポーズしたくなるが我慢。これでどんな空間だろうと遠慮なく盗むことができるな。ステータスついての詳しい説明はいらないだろう。魔法系アーツがあれば跳ねることもできそうだ。光の精霊というのがとにかく気になるので調べてみる。


『光の精霊ウィルの名を心の中で念じることで召喚可能。曲がったことを許さない厳格な性格で、手先がとても器用。様々な命令をこなすことができ、主にとっては忠実なしもべとなる』


 こりゃいい。早速試してみるか。光の精霊の名を心の中でイメージした瞬間、眩い光とともに、目の前に真っ白なドレス姿の金髪ロングヘアの美少女が姿を現した。この子が光の精霊ウィルなのか。俺を見るや否や、美しい微笑みを浮かべてみせた。


「ご主人様、お呼びでしょうか」


「……あ、お、俺はケインっていうんだ。よろしくな、ウィル」


「はい。ご主人様、わたくしになんなりとお申し付けください」


「……えっと、それじゃ家に帰るか!」


「承りました。それでは、参りましょう」


「え? あ……」


 気が付くと、そこはなんとシルベウス家の屋敷前だった。な、なるほど、光の精霊なだけにテレポートが使えるってわけか。なんていうか、超有能なメイドが手に入った感じだな。こうなると俄然、これからの生活が楽しみになってきた。

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