第21話 色褪せぬ兄弟の情
時に巳の刻、エドワードの在る中軍の幕舎より、驟雨の如き雷鳴が轟き渡る。疾風忽ち周囲七尺の地に集まり、激怒の声が雲端に貫き通った。
「我が父王、狂気に取り憑かれたか?」
エドワードは両手に密詔の一端を握り締め、眼の底に波紋が立ち、記述の深さに従い散りかかった浮波は忽ち溢れ出た。
収束せんとする狂風が不意に火燭に点じられ、全身に磅礴(ほうはく)たる気浪を放つ。特に『暨ティロス紀元一百三十七年九月、初秋。聖ゼアン帝国の大挙侵攻の勢いを勘案し、宮廷の醜聞が国民の皇室不信を煽るを杜絶せんがため、ズノー・ガリレオ・ティロスの皇族の身分を剥奪す』の段を読み至り、詔令の下文が王国にもたらす災厄の甚大さを仄かに察知す。
案の定、末尾の一行『特命ライオンハート城総督エドワード、勅命を受領した当日、反逆の子ズノーを就地に処断せよ。次いでローラン騎士侯に護送させ、逆子の首級を王都に還し、衆に示して民心を慰撫せよ』を粗読みし、拳を握り締め胸腔に迸る怒りを極力抑え、歯を食いしばり目の前に立つ王都特派の羽翎衛ローラン・ノーグアンを凝視す、喉元に渦巻く血気が声と共に、歯の隙間から滲み出る。
「この戦いを引き起こした張本人は明らかにあなたです。二国の貴重な平和な時間を断ち切ったのも、明らかにあなたです。なぜ罪をすべて彼に転嫁するのですか…」
指関節から雷鳴の如き悶え声が迸り、詔書を傍らの火鉢に投げ捨て、険しい顔で言う。
「密勅の内容はもう読んだ。しかし、もし俺が命令に背き、その勅意に逆らったら…お尋ねします。あのロルス国王は俺をどう処分するのでしょうか?俺も共に罪に問われるのでしょうか?」
エドワードの連続する詰問に、ローランの額に冷汗が幾筋も流れ、慌てた顔で答える。
「陛下の仰せに、総督殿下が此事に難儀せば、我が代わりに執行致す…ズノー皇子殿下の処断という棘手なる任務を。」
「ハハハハ!!そうですか?これが彼奴の返答か?」
エドワードは頭を上げて大笑いし、忽ち身を翻して紫檀の椅子脇の武器架に至る。指の腹を鞘身に刻まれた氷の如き滄浪の獅子紋に沿い這わせ、剣鐔に嵌められた牙に触れた刹那、掌は風刃と化して忽ち剣柄を掴む。
蒼獅剣が鞘を離れる間際、月光下で鬣を振るう銀ライオンの飄逸(ひょういつ)たる雄姿の幻影が湧き出て、幻影が光粒となり幕舎の天井に隠れ、虚空より吹き起こる風中で蝋燭の火が一つ消える。
剣を持ち身を翻し斜めに斬り下ろす、高台の机は周囲に漂う圧迫感の中、二つに断裂す。
「父王、汝は何と酷薄なことを…」
この時、ラインは二歩前に進み出で、微かに曲げた五指を刀鞘に近づけた一瞬目、猛力に押し下げる。
金背魔刹刀が忽ち現れた金色の光の中、寒泉に棲む金竜の如く九天霞雲の間を遊貫し、墜ちんとする星穹を突き崩す。
浴火の残陽が体内に秘めた熱エネルギーを解放し、刀身に眠る赤金の竜紋を燃え上がらせた。
彼は魔刹刀を握り、ローランの後頸を狙い斬り下ろそうとしたが、最後に首筋から三ミリの距離で突然力を緩めた――後者は刀鋒が停止した瞬間、死神と肩を並べて邂逅する錯覚を覚え、足が震えて崩れ落ちて跪いた。
一方のラインは、ローランが瀕死の獲物のように地面に倒れるや否や、平穏な表情に幾分の苛烈な決意を浮かべ、階段に座るエドワードを横目で見た。
「総督、我々はこの人倫に悖る命令を断じて実行できません。」
階段に座り俯いて苦笑するエドワードを凝視し、彼は生気を失った人間の屍のように、剣首に彫られた銀ライオン頭をぼんやりと見つめ、房が指に絡まるのを任せていた。
エドワードのこれほど落胆した姿を見たことのないラインは、身を低くしてローランの襟を掴み、体を宙に持ち上げた。
「私の考えでは、この者の首級を王都に送り、国王に我々の決意を表明するのが良いでしょう。」
言葉が終わらぬうちに、ラインは既に刀をローランの喉元に押し当て、エドワードを見上げて決断を待つかのようだった。
「ノーグアンから来たローラン、我がティロス王国の勇猛な騎士。もし今日貴方がここで命を落とすなら、我を恨みますか?」
エドワードの冷徹な顔に温かみのない笑みが浮かび、蒼獅剣を逆手に持って近づいてきた。
彼の足音が耳元に落ち着いて響くと、ローランはこれまで身体を縛っていた重圧が忽ち退散するのを感じた。目を開け、眼前の男子から放たれる穏やかな気配を感じ取る。
「いいえ。これは我々騎士の宿命です。」
言葉を終えると、暗い色を帯びた瞳が次第に集まる光に覆われていく。まるでこの一刹那、あの日御前で宣誓した場面が映し出される。ローランは目を伏せ、胸に佩いた『騎士侯』の勲章を見つめ、霜のように白い頬に澄み切った笑顔が浮かんだ。
「初めてティロス皇室に忠誠を誓った瞬間から、我々ノーグアン家はいつでも自らの尊い命を捧げる覚悟を固めていました。」
「ですから、エドワード総督殿下を恨むことはありません。」
言い終えるや、ローランが垂れた左手で地面に力を込め、体を逆に回転させてラインの拘束から抜け出した。体勢を安定させると、一歩退いて鞘から騎士剣を抜き、ラインが深く驚愕した反応の中で、最後の力を振り絞り、両手で騎士剣を握り、自らの喉元に突きつけた。
「ライン、早く彼を止めて。彼のような皇室に忠誠を誓った騎士が、そんな荒唐な勅命のために命を落とすようなことを絶対に許さない。」
エドワードは慌ててラインに叫び、足を速めてローランの退く場所に走った。
しかし、その騎士剣の刃先は、砂漠で飢えて舌を吐き出すガラガラ蛇のようで、ほんの短い半歩だけ離れている。まるで視線が牙から放たれる毒に遮られたかのようだ。ラインは声を枯らして叫び続けた――
「やめてくれ、ローラン。そんな愚かな真似はやめろ。あの仕える価値のない君王のために、自分の青々とした年月を捧げるな。」
どんなにあがいても、声が伝わらないような気がする。宙に浮いたような体はどうしても彼の翻る裾に触れることができず、まるで時間の神が一時停止を命じたかのように、ただ見つめることしかできなかった。
ローランが騎士剣を握りしめ、死をもって騎士としての高潔な品格を全うする瞬間を。
「甲斐。」
突然、エドワードとラインがその消えゆく命を救えないと諦めた刹那、心底に自責の悔悟くが湧き上がった時、幕舎の外から清冷で温純な声が響いた。
その声が真空に沈み弱まる中、傾いた剣光が帳幔を切り裂き、同時に空気を切って飛んでくる手裏剣が、ローランが握る騎士剣の剣尖に正確にぶつかり、刃の軌道を逸らした。
ちょうどその時、軽便な戦袍を着たズノーは手に持った長剣を捨て、身を躍らせてローランの後腰を抱きしめた。二人が地面に倒れ込むや否や、ラインが振り下ろした一撃の手刀がローランの後頸部に命中し、彼を轟然と落下する最中、何の感覚もなく深い昏睡状態に陥らせた。
「ああ!危ないところだった。」
地面に伏して眠る男を横目で盗み見て、ズノーは長いため息をつき、仰向けに寝転がった。その時、甲斐は空に投げられた三枚の手裏剣をキャッチし、指先で一引き、袖の暗層に整然と収めた。
「盲目的な崇拝に自由を禁じられた男は、本当に愚かだ。」
彼はズノーが枕にしているローランを斜に見下ろし、手を広げて無奈と嘆息した。すぐに軽薄な態度を収め、春風の如き笑顔をエドワードに向け、並んだ二本の指の左手を胸に当て、落ち着いた表情で身を屈めて告げた。
「千騎長甲斐、エドワード総督殿下にお目にかかります。」
「社交辞令は結構です。この幕舎の中には、我々数人しかいません。」
甲斐のあの乖僻な様子を見て、エドワードは振り返って淡々と微笑んだ。横目で、ローランのせ中に寝転がって背伸びをしているズノーを見ながら、彼は物憂げに頭を振り、手を背中に回して紫檀の椅子に歩いて行った。
話が終わると、甲斐が口角に浅笑を浮かべて背筋を伸ばそうとしたその時、地面に落ちた騎士剣を拾い上げながら、ラインが悠然と近づいてきた。彼は肩を上げて肘関節を甲斐の肩に重く乗せ、再び彼の上半身を屈ませた。
甲斐の虐められたような悲しげな表情をじっと見つめ、ラインは落ち着いて自分の顎を撫で、その時口元に調笑的な笑みを浮かべが。
「甲斐千騎長、総督殿下と王都の使者の話の最中に…」
そう言いながら、彼は横目で地面から立ち上がったズノーを見、口元に絡みつく笑顔を次第に濃く明るくした。身を寄せて耳元に頭を近づけ、息を吹きかけると、しびれるような電流が甲斐の耳孔に走った。
「君とズノー皇子殿下はいつ幕舎の外に着いた?会話の内容は…どれだけ盗み聞きした?」
ラインの言葉の余韻がまだ空気に漂う中、彼が左手に持った金背魔刹刀は寸分の狂いもなく、甲斐の動く喉仏に触れた。
「ライン閣下、落ち着いてください。」
甲斐は慎重に首を回すと、火照らされた耳朶がふとラインの額の前で揺れる髪に擦れ、なんと驚きつつ灼熱の熱気を立て、煙のように立ち込める雲霧のように鼻腔に流れ込んだ。
正面から見れば、刀身に刻まれた霊妙に浮遊する赤金竜紋が目に飛び込む。まるで刀鋒に宿る猛烈で鮮烈な意識が、天を覆う竜の怒りに変わり、押し寄せてくるようだった。
彼は唾を一口飲み込み、表情が緩むにつれて、心拍数が急激に速くなった。
「刀を収めて、ゆっくり説明するから。そんなに刀を持って僕に寄り添って、怖いだけだ。」
「誰が脅かした。真面目に話を聞いてるんだ。」
手を挙げて背中をパシンと叩き、ラインは陰郁的という顔で半歩下がり、魔刹刀をゆっくりと鞘に収めた。澄んだ竜吟が一瞬響き渡る。
甲斐が慌ててズノーに助けを求める視線を投げる隙に、ラインはしゃがみ込んで指を出し、ローランの人中に当てた。彼の息が乱れていない様子を探知した時、ようやく安心して立ち上がった。
ラインは親しげに身を屈めて礼をするズノーを見つめ、端正な顔立ちに穏やかな笑顔を浮かべた。
「千騎長ライン、皇子殿下にお目にかかります。」
「ライン閣下、そのような虚礼は不要です。」
ズノーはゆっくりとラインの前に歩み寄り、腰をかがめて彼の俯いた上半身を支え起こし。その後ろに回って武器架に向かうエドワードを厳かに見つめた。
手に持つ冷たい光を放つ蒼獅剣をゆっくりと鞘に収め、片指で一引き、背中に掛けた紫袍が突然翻る。風が紫檀の椅子に積もった塵を払った。
「ライン、ローランを先に連れて行け…地牢に閉じ込む必要はない。数名の兵士に厳重に見張らせればいい。」
「はい、総督殿下のご聖命に従います。」
ラインは身を屈めてエドワードに礼をし、その後、腰を曲げて右手をローランの腰筋に回し、力を込めて肩に担いだ。身を仄めてズノーに会釈し微笑み、すぐに凛々とした態度で幕舎を退出した。
ラインの去りを目送った後、ふと周囲の雰囲気が急に零度になったことに気づいた。ズノーは埃が付着した襟を直し、落ち着いた顔でその場に佇み、上座に座るエドワードが自分に注ぐ熱い視線を感じ取った。彼はゆっくりと頭を垂れ、喉元に詰まっていた言葉を呟いた。
「あの…申し訳ありませんが、これからも皇兄と呼んでよろしいでしょうか?」
まるで先程幕舎の外で聞いた内容が洪水の如き猛獣となり、急に鼓動を速めた心臓を襲ったかのようだ。
鉛砂を鋳造したような言葉が、氷で鍍金したように震える唇に染み込み、さらさらと一面の灰白色の霧霜を落とした。よく見れば愕然と気づく。
その霜白色は室内の低温によるものではなく、まつ毛を突き破る一雫の涙が地面に集まり、鏡面のように氷瀅に凄慽(せいせき)なささやきを描いた。
「殿下…」
傍らで、甲斐はズノーがようやく勇気を出して幕舎内に漂う沈黙を破るのを観望していた。彼が踏み出したその一歩を密かに喜んでいたその時、その後に続く卑微な言葉に襲われ、足を釘付けにされてしまった。
彼は手を伸ばして心温まる励ましの言葉を述べようとしたが、それは宙に浮かんだまま動かなかった。実は、自信を失った者はズノーだけでなく、自分自身も含まれていたのだ。
このような臆病な自分か?次に、茨の茂みに包まれた不安な心に新たな道を導き出し、心に覆いかぶさる迷夢を払う勇気を錬磨させる協力ができるだろうか?
そう、これは自分という外臣が干渉できることではない…一国の君主が自らの皇子を辺境に追放するだけでなく、今や反逆の子として処断しようとしている。誰もがこの残酷な真実を知れば、困惑に思考する力を奪われるだろう。
幼い頃から父から聞かされていたとはいえ、エドワード皇子は表面上はわざと冷淡な態度を取り、人付き合いが悪そうな仮面をかぶっている。しかし本当は心優しく、他人を思いやることができる適任の王位継承者だ。
その答えは、実はライオンハート城に来てからの日々に、何千何万という人々によって繰り返し証明されていたのだった。
表面上はズノーという年下の弟を虐めるのが好きなようだが、それはエドワードが兄上として弟に愛情を表す一つの形ではないだろうか!
甲斐は目を上げ、依然として黙っているエドワードを見た。彼は突然両手を握り締め、目尻の余光でズノーが悲しみを堪え、今も強がって見せる哀しい姿を観察した。この胸を痛める光景を見て、甲斐は心に密かに決意を固めた。
「今日エドワード殿下が国王陛下からのご命令をどう裁こうとも、我は天の神々に誓います。必ずズノー殿下の身を守るため、命を懸けます!」
幕舎内の抑圧された空気は長い間続き、エドワードは立ち上がって消えた蝋燭台の前に行き。上にかぶせられた灯火かさを外し、槽口から火折を取り出し、その火折が蝋燭の芯に接近した刹那、まるで蝋燭に新しい生命力を与えたかのように、揺らめく火舌が突然勢いよく燃え上がり、燭台の周囲に付着した湿った水蒸気を舐め取った。
灯火かさを戻して固定した後、すぐに身を翻し、足取りを落ち着かせて地面に舞う砂塵を踏み破り、うつむいているズノーの前にゆっくりと歩み寄った。
瞳に一筋の冷たさが走り、表情を厳しくして彼を見つめた。
「では、これからも我の皇弟でいたいか?」
ズノーは霞んだ涙眼を上げ、徐々にエドワードの緩んだ親しげな眉眼をはっきりと見た。彼は袍の袖を掴み、頬の両側の涙を拭い、静かに嗚咽しながら低く言った。
「もちろんです。明日がどんな残酷の運命をもたらそうとも、あなたは永遠に私の皇兄です。」
言い終えると、涙で濡れた顔に目尻に染み渡った赤みを伴い、目を細めて幸せそうな笑顔を見せた。
一方のエドワードは、ズノーの落ち着いた返答を得ると、ただ十五年間続く口癖である「バカ弟」と呟き、力強くズノーを抱きしめ、わずかに震える背中を思いやりを込めて撫でた。
「バカ弟、どうして自分が最も愛する実の弟を傷つけるようなことができようか。自分が最も愛する親の弟を!」
「でも父王は…」
ズノーが頭を上げかけた途端、エドワードが後頭部に置いた手のひらで強引に肩に押し戻された。
彼は言葉での返答はせず、ただ悲しみに沈み彷徨に囚われた弟を優しく慰めた。ただ広い腕で安らげる場所を提供し、口元には氷河を解かすほどの穏やかで和暖な笑顔を浮かべただけだった。
そして、心に秘めた無言の宣言があった――
「必ずあなたを守る、たとえ父王と敵対することになっても、たとえティロス王国全体と対立しようとも。誰にもあなたを傷つけさせはしない。」
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