第3話:野菜室の叛乱 ~漬物将軍ピクルの逆襲~

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冷凍庫の覇者、アイス・バー・グレイシャルを倒してから数日。

冷蔵庫には、束の間の静けさが訪れていた。


温度は安定し、ミルクは安堵の息を漏らす。

「もう……争いは終わったのかな。」

だがプリン・ド・ロイヤルは、カラメルの表面に映る自分を見つめながら言った。

「静かすぎるんだ。こういうときほど、何かが動いてる。」


その言葉通り、冷蔵庫の底――暗く湿った野菜室から、

どろり、と濁った液体が滲み出した。

ツンとした酸っぱい匂いが、庫内全体を包み始める。


ミルクが身をすくめる。

「この匂い……まさか……。」


「発酵の残党だな。」

プリンが低く呟く。

「来るぞ。」


ズズズ……!

野菜室の引き出しが震え、ゆっくりと開いた。

そこから現れたのは、巨大な漬物壺。

蓋には錆びた印、側面には刻まれた文字――「百年熟成」。


中から声が響く。

「我こそは、ピクル・ド・サワー。

 漬物軍を束ねる者。腐敗を恐れぬ真の進化だ。」


壺の口から、きゅうり兵たちが這い出してくる。

ぬるりとした皮膚に光沢が走り、全員の瞳が赤く光った。

「酸撃陣形――発酵回転(ローテーション)!!」


一斉に飛びかかるきゅうり兵。

プリンはカラメルを瞬時に展開し、盾のように広げた。

「焦糖防壁(カラメル・シールド)ッ!」


甘く香ばしい膜が弾け、酸を弾く。

だが、数が多い。

防ぎきれずにカラメルがじゅうっと焦げ、体が軋む。


「プリン!」

ミルクが悲鳴を上げる。

ピクルが高らかに笑った。


「甘さなど、一瞬で腐る。

 我らは時間と共に強くなる存在だ。

 熟成こそ、真なる生命の証よ!」


プリンは息を荒げながら答える。

「……熟成と腐敗を、同じにすんなよ。

 お前らは“過去”にすがってるだけだ!」


「黙れ!我らは時を超える者。

 お前の“新鮮”など、一晩で腐る!」


ピクルの壺が開き、中から紫色の霧が溢れ出した。

それは時間を腐らせる呪い――発酵瘴気(ロット・ミアズマ)。

触れたものは、数秒でカビに侵される。


プリンの体に黒いシミが浮かび始めた。

「ぐっ……!体が崩れる……!」

焦げた部分が溶け、カラメルが垂れ落ちていく。


ピクルがゆっくりと近づく。

「お前も所詮、保存されるだけの存在だ。

 “人間に食われる”など、使い捨ての宿命に過ぎん。」


プリンは苦しそうに笑った。

「……そうかもな。

 でも――食べられるってのは、俺にとっちゃ“完成”だ。

 お前みたいに腐って残るより、

 焦げて消える方が、ずっとマシだ!」


「愚か者が!」

ピクルが壺を振り上げる。

無数の酸弾が放たれ、庫内が光の嵐に包まれた。


爆音。

プリンの体が吹き飛び、冷蔵庫の壁に叩きつけられる。

ミルクが叫んだ。

「プリンッ!!」


焦げたカラメルが床に広がる。

ピクルが近づく。

「終わりだ、甘き短命の王よ。」


――だが。


そのカラメルが、わずかに光った。

「……終わり? 誰が決めた?」


床に散ったカラメルが再び集まり、

黄金の渦となってプリンの体を包み込む。


「焦がした分だけ、俺は強くなるんだよ。」


プリンの体が再生する。

ひび割れた表面から、琥珀の光が漏れた。

焦げの模様がまるで鎧のように体を覆っている。


「再焦形態(ブリュレ・モード)――起動!」


ミルクが目を見開く。

「……プリン、焦げて……輝いてる!」


プリンが一歩前へ。

「お前の酸味、嫌いじゃない。

 けどな――味ってのは、バランスなんだよ!」


ピクルが叫ぶ。

「黙れえぇぇ!!酸腐撃(アシッド・ブレード)!!」


酸の刃が飛ぶ。

プリンが右腕を突き出す。

「焦糖爆炎(カラメル・インフェルノ・ゼロ)!!」


甘さと酸っぱさ、光と影がぶつかり合う。

爆発的な香りが庫内を包み、

白い霧が晴れたとき――ピクルの壺はひび割れていた。


ピクルが膝をつく。

「……見事だ。

 腐ることを恐れず、燃える……それもまた熟成の形か。」


プリンは息を整え、静かに言う。

「お前がいたから、俺は焦げることを覚えた。

 ありがとうな、漬物将軍。」


ピクルは笑みを残して崩れ落ち、

壺の中から柔らかな香りが漂った――

かつての“旨味”を思わせる、懐かしい匂いだった。


庫内温度表示がゆっくりと上昇し、「4℃」から「5℃」へ。

ミルクが不安そうに言う。

「温度が……上がってる? こんなの初めて。」


プリンが空を見上げた。

「外だ。熱が流れ込んでる。

 “あいつ”が動き出したな。」


ドアの外から、機械音。

ピピッ……「レンジ、温めスタート。」


プリンが拳を握りしめる。

「……熱の帝国、電子レンジか。

 冷気も酸も越えた――“熱”の世界。

 上等だ、焦がしがいがある。」


焦げた表面がゆらりと光を反射する。

彼の目にはもう恐れはなかった。


――次回、第4話「異次元侵攻!電子レンジ帝国」。

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