第2話生徒達は因果の宴が開かれるのを止められない(※学園の生徒達視点)
学園の生徒達は、その年に行われる卒業パーティーが、例年とは全く異なる悲惨なパーティーになるのではないかと危惧し、祝いの日であるはずなのに、その日が来ることを怖れていた。
と、いうのも今年度の卒業生には第一王子のディスカードがいて、代々の王族が学生時代に皆が生徒会長を務めたように、彼もまた学園の生徒会長だったのだが、王に溺愛されて育った彼は怠惰で、生徒会長の仕事どころか、学園の授業や公務すら怠けてばかりいたからだ。
それでもこの三年間、ディスカードが何の不都合も不祥事も起こさずに生徒会長としてやっていけたのは、ディスカードの婚約者であるフォーチュン=トランスファー公爵令嬢が、怠ける彼の代わりに公務も生徒会長の仕事も引き受けていたからだった。
それなのにディスカードはフォーチュンに、いつも感謝の言葉一つなく、それどころか今回の卒業パーティーの準備にはけして関わるなと厳命し、彼女を遠ざけてしまったのだ。これまでフォーチュンのおかげで安寧した学園生活を過ごせていたことを生徒達は十二分に知っているだけに、彼女抜きで卒業パーティーの準備が行われることに彼らが危機感を持つのは当然の結果であった。
そんな不安がる生徒達にディスカードは、今回の卒業パーティーでは僕のために王が例年の二倍もの予算を出してくれたのだと自慢し、なので今回の卒業パーティーでは王太子である僕が主導し、僕が最も信用している者にパーティーの準備を任せるから、皆は今までで一番豪華で素晴らしいパーティーに大いに驚くことになるだろうと豪語した。
あまりにもディスカードが自信たっぷりに吹聴するものだから、生徒達はディスカード殿下も最後くらいはきちんと生徒会長としての仕事をまっとうする気持ちになったのだろうかと僅かに期待を持ち、ディスカードのすることを黙って見守っていたのだが、卒業パーティーの二ヶ月前になる頃には、あちらこちらで皆が戸惑いと不安を口にするようになっていった。
「みんな、大変よ!今度の卒業パーティー、吹奏楽部が演奏することになったそうよ!」
「嘘だろっ!?卒業パーティーは来賓として国王夫妻や諸外国の大使が来られるから失礼にならないようにと、毎年楽団を雇っているじゃないか!いくら吹奏楽部とはいえ、それを生業としている楽団に匹敵するほど演奏は上手くはないのに何故、彼らに演奏させるんだ?」
「それがね、どうも予算が足りなくて楽団を雇えないそうなの。急に命じられて演奏することになって、吹奏楽部の人達は泣いていたわ」
「例年の二倍の予算が出ているはずなのに足りないとは、一体何に金をかけているんだ?もしかしてディスカード殿下は料理にでも金をかけるつもりなんだろうか?」
「いいえ。卒業パーティーで出される料理はピーナッツとクラッカーといった乾き物だけなのだそうよ。学園に来ている仕入れ業者が、それで本当にいいのかと事務員を心配されていたそうなのだけど、今年は毎年の卒業パーティーで出されるような料理は一つもない上に飲み物は水しか用意しないのですって」
「何だって!?ディスカード殿下は僕達のことを鳥かリスだとでも思っているだろうのか?」
「そうよね。とてもじゃないけれど、卒業を祝う気持ちがあるようには思えないわ」
「一体、ディスカード殿下は何を考えておられるんだ?……それにしても生徒会副会長をされている一学年下の第二王子のアライ殿下は優秀な御方だったはずだけど、どうしてディスカード殿下を野放しにされているんだ?こんなパーティーをすることにアライ殿下は少しも違和感を感じておられないのだろうか?」
「それがね、ディスカード殿下は兄のすることに口出しするなとアライ殿下も遠ざけられたそうよ」
「そんなっ!ディスカード殿下はアライ殿下をも遠ざけたのか!?本当に何を考えておられるんだ、あのポンコツ……ゴホゴホ!……おい、これは由々しき問題だぞ。我々貴族を軽視するディスカード殿下をこのまま王太子にしておいていいのか?」
「そうね、王妃様もそろそろ我慢の限界なのではないかしら。なんたってディスカード殿下は……。ああ、卒業パーティーが来るのが怖いわ。絶対に卒業パーティーは大荒れに荒れるという予感を感じるの」
「そんなの誰だって感じてるよ。フォーチュン様達が遠ざけられてしまったんだ。今年の卒業パーティーでは絶対に何かが起きるってさ」
生徒達の不安が募る中、半月が過ぎ、明日で卒業パーティーが一ヶ月半後に迫った、その日。好奇心で卒業パーティーが行われる予定の講堂を覗き見た生徒が発狂したような大声を上げたことで、生徒達全員が講堂内が変わり果てた姿になったのを知り、皆の不安は最高潮にまで膨れ上がった。
「大変よ!講堂のカーテンが蛍光ピンクの下地にラメの入った紫色の水玉柄のカーテンに取替えられているの!」
「何だって!?あの重厚さが素晴らしかった真紅のカーテンが?」
「それだけじゃないの!初代国王が好んだという謂れのあるアイボリーの壁は原色の赤青黄のマドラスチェック柄に塗り替えられていて、マホガニー材の床なんて黄色と黒のストライプ柄に変わっているのよ!」
「そんな……嘘だろ!?何故そんな恐ろしい組み合わせに……。ああっ!よく見れば壁にかかっている絵画は全て贋作、花瓶は粗悪な安物、部屋の四隅に置かれた彫像は金メッキ……最悪だろ、これ」
「どうしましょう!?こんな会場で卒業パーティーだなんて生徒である私達の品性も疑われてしまうわ!」
「こ、ここまで無惨なことになるなんて……。卒業パーティーには諸外国の大使も来賓として来られるんだぞ!いくら王がディスカード殿下を可愛がられているとはいえ、今回のこれは可愛い息子の他愛ない失敗なんかじゃ済まなくなる!下手したら俺達どころか、国の品性まで疑われて国際問題にまで発展するかもしれないぞ!」
「大変だわ!だ、誰かっ!?アライ殿下を……いえ、フォーチュン様をっ!フォーチュン様を探してきて!今直ぐ!」
生徒達が狼狽えながらフォーチュンが来るのを今か今かと待ちわびる中、やってきたのは彼らが待ち望んだ人物達ではなかった。
「うわっ!ヤバっ!ディスカード殿下だ!ロウヒ嬢を連れて、こっちに来るぞ!」
「下手に関わると厄介よ!そっと離れましょう。……それにしても何かしら、あの格好?まるで動く金メッキの彫像みたい。あんなに下品な金ピカの衣装なんて初めて見たわ。しかも二人揃ってだなんて、もしかしてディスカード殿下は浮気相手であるロウヒ様と、卒業パーティーで余興でもするつもりなのかしら?」
「シッ、黙って!学園内ではディスカード殿下とロウヒ嬢は恋人同士だと誰もが知っていることだけど、本人達は秘密にしているつもりなんだ。迂闊に喋ってディスカード殿下に聞かれたら、こっちの身が危なくなるぞ」
「それはわかっているわ。でもね……。ディスカード殿下がどれだけロウヒ嬢のことを愛してらっしゃっても、ロウヒ嬢はフォーチュン様の異母妹でトランスファー公爵家の跡取り娘だから、寵妃には出来ないでしょう?ロウヒ嬢はフォーチュン様を強引に押しのけてまで、今回の卒業パーティーの準備をなされるほどディスカード殿下を愛されているようだし、もしかしたら別れる前の最後の記念にと、二人で余興をするのかもと考えてしまうのも当然のことじゃないかしら?」
「そうだな、ディスカード殿下のご成婚は半年後に迫っているし、思い出作りをしようとして今回は二人で準備をしようとしたのかもな。……それにしても、ここだけの話、どうしてディスカード殿下はフォーチュン様を嫌って、あのロウヒ嬢を好まれているのだろうか?……人の好みをあれこれというのは良くないことだとわかってはいるのだが、どうにも腑に落ちなくてな」
「そうね。……きっと似ている者同士通じ合うものがあったのではないかしら。ほら、ディスカード殿下はアライ殿下のように王族の金髪碧眼を持って生まれず、母親似のダークブラウンの髪と瞳に顔立ちは凡庸で、勉強も鍛錬もされずに怠惰に過ごされているから頭もよろしくない上に剣や乗馬の腕もからきしでしょう?それに比べ、フォーチュン様は……」
「ああ、フォーチュン様は楚々として美しく聡明な淑女だからな。それにディスカード殿下と違って、努力することを厭わないし、授業も公務にも真面目に取り組む御方だし、隣に立つと否が応でも劣等感や罪悪感が刺激されて嫌になってしまったのかもな。その点、ロウヒ嬢が隣なら、ディスカード殿下の凡庸な容姿が美しく見えるだろうし、しかも彼女はディスカード殿下と似たような境遇で生まれているし、親に溺愛されて育っていて勉強嫌いなところも一緒だから気楽に付き合えるのかもな」
生徒達が講堂の脇に移動し、隠れた場所で囁きを交わしあっていることに気づかないまま、講堂に足を一歩踏み入れたディスカードはギョッとした顔つきになって、焦った様子で講堂の中をグルリと見渡した後、目をキョロキョロと彷徨わせながら話しだした。
「さっ、流石は流行に聡いロウヒだ!う……うん、水玉模様にチャックとストライプの柄を合わせて使おうとするなんて、な……なんて斬新な?内装だろう!下見に来て良かった?うん、良かったんだよな、これ?こ、こんなパーティー会場を見たのは初めてだ!き、君に任せて正解?……いや、ホント正解だったよ。多分?きっと皆が会場の素晴らしさに度肝を抜かれるよ!そ、それにこの卒業パーティーで着る予定の僕らの格好……。絶対に皆が黄金に光り輝く僕らに目が釘付けになるぞ!本当に君はなんて素晴らしい令嬢なんだ!か……可愛いだけじゃなく、こんな奇妙奇天烈な……いや、素敵な才能を僕に見せつけるなんて、より君を好きになってしまったじゃないか!どうしてくれるんだい、愛しのハニー!」
そう言ってディスカードが手を差し伸べて抱きしめたのは、ディスカードと揃いの衣装を着ているロウヒ=トランスファー公爵令嬢だった。ロウヒはモジモジと体をくねらせ、自身のクセの強いカールした赤い髪に指を絡めながら、ディスカードのダークブラウン色の瞳を甘ったるく見つめた。
「ウフフ、ディスカード殿下ったら。そう呼ぶのは二人っきりで会うときの秘密だって、おっしゃっていたのに、誰が見ているかもわからない講堂で言っちゃうなんて困った御方ですわ。でも、そんなところも好きですわ、ダーリン!キャッ、私も言っちゃったわ!」
派手派手しいバカップルにしか見えない二人が堂々といちゃつく姿に慣れっこになっていた生徒達はうんざりしつつも、この講堂の有り様を見て、明らかに顔を引き攣らせているというのに、このまま押し通すつもりでいるようなディスカードの言動に危機感を募らせた。
そんな中、一人の令嬢が静かに講堂内に入っていき、二人の前に進み出た。
「こちらにおられましたのね、ディスカード殿下。……あら、随分と奇抜なご衣装を着ておいでですのね。趣味嗜好は個人の自由ですから、普段は御心のまま自由にされたらよろしいですが、ここは学園ですし、ディスカード殿下は学園の生徒なのですから、それに相応しい制服にお着替えしなければいけませんわ。それと、この会場ですが……。このままではここで卒業パーティーは出来ませんね。今から会場を元に戻す手筈を整えますから、ディスカード殿下には至急のお召し替えをお願いします」
穏やかな口調で話す令嬢はディスカードの婚約者であるフォーチュンだった。フォーチュンは婚約者が異母妹を抱きしめているのを目にしているはずなのに、驚きや嫉妬で声を荒げることも表情を崩すこともなく、ただ静かに紺碧の瞳で見つめるだけだった。
「ちっ。相変わらずだな、フォーチュン。学園の生徒達がお前のことを冷徹令嬢と揶揄しているのを知っているか?いついかなるときでも冷静で真面目くさって可愛げがないお前にピッタリのあだ名だよな。少しはお前の異母妹のロウヒを見習ったらどうだ。何だよ、その地味な三つ編み。……そんなにガッチリと結ってしまったら、お前の美しい黒髪が台無しになるじゃないか」
確かにクセの強いカールをそのままにしている赤い髪のロウヒに比べるとフォーチュンの黒い髪色と髪型は地味と言えなくもないものかもしれなかった。だがしかし、その黒髪は艷やかで、真っ直ぐな黒髪を一つの三つ編みに結い上げた髪型は、学生達の間で慎み深く誠実だと評されている彼女に相応しく、よく似合っていた。
フォーチュンに悪態をついたものの、彼女に黙って見つめられていることに耐えきれなくなったのか、悪態の最後の方はゴニョゴニョとくぐもった声になってしまったディスカードは、フォーチュンが不思議そうに首をかしげた途端、頬を赤らめ、早口でまくし立てた。
「そうだよ!いくらお前が空のような紺碧の瞳を持っていても!いくらお前の鼻や耳や口が小さくて可愛らしくても!いくらお前が真珠のように美しい肌であろうとも!いくらお前の全てが美しく輝いていたとしても!仮にもこの僕の婚約者でありながら、お前はいつだって冷徹なままでニコリともしないし、いつも控えめな装いばかりしてたら、それらは全て宝の持ち腐れにしかならないんだぞ!僕の婚約者が冷徹令嬢だなんて、みっともないったら、ありゃしない!ロウヒを見習って、もっと着飾って僕に愛想よくしろよ!」
隠れて彼らの会話を聞いていた生徒達は、いつどこで誰がフォーチュンを冷徹令嬢などと揶揄したのだろうと囁きあった。何故なら貴族にとって冷徹であることは老若男女を問わず、弱肉強食な貴族社会を生き抜くのに何よりの強みとなるものだったからだ。
それに常に冷静に物事に対処するフォーチュンが、ディスカードが投げ出した公務や生徒会長の仕事を引き受けるのは、ディスカードが仕事を投げ出すことで城の者や生徒達の皆が困ることになるとわかっているからで、それを彼女が行うのは彼女が責任感が強くて、優しい性格の持ち主だからだと、既に多くの者が見知っていたのだ。
だから、そんなフォーチュンに対して、尊敬や敬愛、羨望や憧憬といった感情を抱くことはあっても、その冷徹さを冷酷と勘違いして馬鹿にして誂うなど、学園で真面目に学んできた生徒達はもとより他の貴族達だってありえないというのに、一体どこの誰がそんな見え透いた嘘をディスカード殿下に吹き込んだのだろうか?……と視線を巡らせた生徒達は、視線の先にその人物がいることに気がついた。
金ピカの衣装を着た上にお粗末なパーティーの準備をし、婚約者を冷徹令嬢だと馬鹿にするディスカードの腕の中でニタニタ笑いをしているロウヒこそが、その人物だと気づいた生徒達は、それを言った彼女にも、それを信じたディスカードにも呆れ返った。
「ロウヒのように、ですか?……申し訳ありませんが、それは受け入れがたいです。ロウヒはとにかくお金がかかる娘なのです。ロウヒは日に5回はドレスを着替えないと癇癪を起こしますし、宝石や美術品が大好きでいつでも欲しがるのですが、彼女の母に似て審美眼を持ち合わせておらず、おまけに父に似て後先考えずに買い物をして、よく詐欺に遭うのです。なのでロウヒを見習うのはご勘弁願います」
フォーチュンが表情を崩すことなく冷静に答えると、ロウヒは怒りで顔を歪め、唾を飛ばしながら言った。
「酷いわ、お姉様!お姉様は私が羨ましくて妬ましいからそんな意地悪を言うのね!後妻の子である私の方がお父様に好かれているから気に入らないんでしょう!私の方がディスカード殿下から愛されているから悔しいんでしょう!」
「そんなこと思っていないわ、ロウヒ。私はただ本当のことを話しただけよ。確かに私はお父様に好かれてはいないけれど、そのことであなたを気に入らないと思ったことは一度もないのよ。それにね、ディスカード殿下と私の婚約は王命が出たから仕方なく婚約しただけなのよ。あくまで政略的な意味合いでなされた婚約だから、お互いに恋愛感情がないのは当然のことなのよ。ですよね?ディスカード殿下」
同意を求めるようなフォーチュンの言葉にディスカードはサッと顔を青ざめさせた。
「っな!?せ、政りゃ?ち、違……ぼ、僕はホントは、ホントは……君に一目惚」
モゴモゴと何事か呟くディスカードに気づくことなく、フォーチュンは言葉を続けた。
「それにね、私がここに呼ばれたのは、ディスカード殿下とあなたがしでかそうとしている不始末を未然に防いでほしいと、生徒会の会計の者と学園の事務の方に泣きつかれて頼まれたからなの。あなたったら、卒業パーティーに使われるはずの予算を殆ど使ってディスカード殿下と揃いの服を仕立てたそうね。そのせいで楽団も料理も用意出来なくなって、講堂の内装に至っては、とりあえずの間に合わせでやり過ごそうとして、パーティー会場として相応しくないものにしてしまったのでしょう?」
「そっ、そんなことないもん!ディスカード殿下は斬新だって褒めてくれたもん!素敵な才能があるって言ってくれたもん!」
「あら?そうなのですか、ディスカード殿下?この会場を見て素敵だと思われたのですか?」
「……」
「先程も言いましたが、趣味嗜好は個人の自由ですから、私はとやかくは思いませんし、普段は御心のまま自由にされたらよろしいですが、卒業パーティーは学園の生徒達、皆のために開かれるものですから、それに相応しい装飾や音楽、料理を用意しないといけません。実は事が事ですので、私と学園の先生方だけでは対処が難しいだろうと思い、私と同じく会計の者に頼まれたアライ殿下には王妃様に連絡を取ってもらえるように先に動いてもらっていますの。だからディスカード殿下には今後このようなことを二度と起こさないよう、改めて王族としての自覚を学んでもら……」
「うっ、煩いっ!僕に構うなっ!」
フォーチュンの言葉を強く遮ったディスカードの声は大きく、ガランとした会場に大きく響いた。
「僕は気分が悪くなった!ここの始末はお前がやっておけ!先に失礼する!行くぞ、ロウヒ!」
ディスカードはフォーチュンから顔を背け、一人でズカズカと講堂から出ていってしまった。
「あっ!待ってよ、ダーリン!そんなに急かさないでぇ〜!」
ロウヒは焦って追いかけようとドレスの裾を持ち上げ、チラリとフォーチュンを見た。
「可哀想なお姉様。すっかり婚約者に嫌われてしまいましたわね。いくら私より美人でも可愛げがないことばかり言っている冷徹令嬢じゃ、誰も相手にしないわよ。アハハッ、ざまぁ。……じゃ、失礼しますわね!アハハハ……」
フォーチュンはロウヒが笑いながらドスドスと足音を立て去っていくのを見送り、暫く講堂内のあちこちを見て回っていたが、おもむろに講堂から出て隠れている生徒達に声をかけた。
「もう戻ってこないようですから、皆様出てこられても大丈夫ですよ」
ぞろぞろと出てきた生徒達は、フォーチュンに向かって次々と頭を下げては謝罪しだした。
「すみません、フォーチュン様。私達助けに行かずに……」
「ごめんなさい、フォーチュン様」
「皆様、お気になさらないで。あの場では皆様が来ないことが正しい対処でした。ロウヒは別として、あのディスカード殿下のご様子だと、今回の卒業パーティーの準備は失敗だと内心では理解されているようですから、きっと陛下に泣きついて卒業パーティーの準備をやり直されると思いますわ」
「やり直されるなら良かったです!ありがとうございます、フォーチュン様!」
「どうもありがとうございます、フォーチュン様。こんな趣味の悪い会場で卒業パーティーを行なわないといけないのかと、ゾッとしておりました」
「フォーチュン様が来てくれて本当に助かりました。ありがとうございました」
「皆様にそのように言っていただけて凄く嬉しく思いますが、私は皆様に大変気苦労をかけたことをディスカード殿下の婚約者としてもロウヒの姉としても、とても心苦しく思っております。皆様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
フォーチュンが深々と頭を垂れて謝罪するものだから、生徒達は慌ててフォーチュンに声をかけた。
「ひゃ!そんなっ!頭をお上げください、フォーチュン様!」
「そうですよ!フォーチュン様は何も悪いことはしていないじゃないですか!」
「いつだってフォーチュン様は皆のために頑張ってくださっているではありませんか!僕らは感謝こそすれ、そんな謝罪なんてフォーチュン様には求めておりません!」
「そうですとも!さぁ、どうか頭を上げてくださいまし、フォーチュン様。そして私達に出来ることをお命じくださいな。卒業パーティーまで後、一月半。少しでも多くの手がいるでしょうから、いつでもお申し付けくださいませ」
「フォーチュン様の為なら何だって手伝いますよ!早速ですが、今から講堂の中を皆で片付けましょうか?趣味が悪いカーテンも壁紙も下品な装飾品も全部まとめて捨ててしまいましょう!」
生徒達がフォーチュンを取り囲んで口々にそう言うと、フォーチュンは静かに頭を上げ、皆にゆっくりと見て、微笑みを浮かべた。いつも冷静で滅多に表情を崩さないフォーチュンが微笑むと、彼女の紺碧の瞳がサファイアのように輝きだし、白い頬が淡いローズピンクに染まって、元々整った顔に愛らしさが表立ち、あまりの美しさに皆が見惚れたが、その次の瞬間には彼女はいつもの表情に戻っていたから、幻を見たのだろうかと揃って目を瞬かせた。
「皆様、本当にありがとうございます。皆様の優しいお心遣い、学園を卒業しても私はけして忘れません。皆様の温かいお気持ちに少しでも報いることが出来るよう、残りの学園生活も、これまで以上に頑張りますね」
そう言ってからフォーチュンは講堂の中を軽く見回した。
「ここにあるものは、使う時と場所と場合さえ間違えなければ、趣味が悪いと言われることもなく、人を喜ばせるものになったはずでしょうから、捨てずに全て新古品として専門の業者に買い取ってもらい、少しでも卒業パーティーの費用を取り戻すことにいたしましょう。私は今から先生方と一緒にアライ殿下と王妃様と合流して、卒業パーティーの準備のやり直しに向けて話し合いたいと思いますので、お先に失礼させていただきます。では皆様、ごきげんよう」
フォーチュンは美しい微笑みを浮かべたまま会釈し、皆の前から立ち去って行った。
それから半月経ち、卒業パーティーの一ヶ月前となった日。今年度の学園の卒業パーティー終了後にディスカードとフォーチュン=トランスファー公爵令嬢との婚姻調印式を行うと突然、王家から発表があった。
しかもディスカードの婚姻調印式を行うにあたり、学生だけではなく、全ての貴族も出席することになったため、学園の講堂で行われるはずだった卒業パーティーを城の大広間で行うという発表に、生徒達は自分達を助けるためにフォーチュンが手を尽くしてくれたのだと誰もが思い、彼女に深く感謝した。
学園の生徒達は、その年に行われる卒業パーティーが、例年とは全く異なる悲惨なパーティーになるのではないかと誰もが危惧し、祝いの日であるはずなのに、その日が来るのを怖れていたが、このことがあってからは、フォーチュン様がいるから大丈夫だと確信し、卒業パーティーが来るのを楽しみに思うようになったのだった。
……だが、しかし。卒業パーティーが行われる当日。残念なことに生徒達はその期待を大きく裏切られることとなる。
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