第6話 空き教室
温かく、慈愛に満ちた目を見る。
とてもクーデターを起こした人物とは思えない。
だが、この部屋に入った途端、空気が変わったのを感じた。
濃厚な死の予感。
思わず俺が死んだ夜を思い出した。
夜よりも暗く、俺にとっての死の象徴。
彼女はあの化け物と同じモノを纏っている。
「大丈夫ですか? しんどそうですけど……」
息が荒い。
熱を持った空気が口から吐き出される。
体はいつでも動ける。
あとは心を決めるのみ。
何を躊躇っているんだ?
絶好の機会だぞ。
彼女は警戒心を見せていない。
たとえそれが演技だとしても、この距離で俺の攻撃を防げるはずがない。
決めろ。
早く。
殺す決意を——
腹に振動が伝わる。
それほど強くない振動は何度も続く。
場所はちょうど、パーカーのポケットあたりだ。
「すみません、少し体調が悪いので外の空気を吸ってもいいですか?」
「えぇ、もちろんです」
「疲れが溜まっているのだろう。ゆっくり休みなさい」
生徒会長とお爺さん両方の許可を得る。
「ありがとうございます」
毒気を抜かれた俺は、二人に礼をして退出する。
誰も居なさそうな空き教室に入り、ポケットからツバキを取り出す。
「ポケットの中って居心地悪いね」
背伸びをしてうー、と声を漏らす。
「それで、さっきのは何の真似だ?」
「あぁ、ツバキがお腹にキックしたこと?」
まさかのキックだった。
普通にパンチとかでいいだろ。
「そうだよ」
わざと不機嫌そうな声を出す。
「だって、イツキが神格持ちの魔物に喧嘩を売ろうとしていたもん。止めたことに感謝して欲しいくらいだよ」
ツバキは悪びれることもなく、平然と言う。
「神格持ち?」
「感じたでしょ、オーラみたいな圧迫感。あれが神格持ちの証拠。神格持ちは基本的に温厚だけど、逆鱗に触れたら大暴れするから喧嘩を売らないのが吉だよ」
やれやれ、とツバキはハリウッド映画の俳優のように首を振る。
偉そうだけど、そうするほどの利益を俺にもたらした。
「なるほど、今は手を出さない方が良さそうだな」
俺もあのオーラの持ち主に今は喧嘩を売るつもりはない。
「そうなの。だから、情報を貰うためにも大人しくしようよ」
「あぁ、楽しみだな。神殺し」
今からワクワクしてきた。
「え! ちょっと、話聞いてた? 本気?」
口の前で人差し指を立てて、声のボリュームを下げるようにサインするツバキはかなり焦っているように見えた。
「本気に決まっている」
俺は殺された恨みを忘れない。
必ずあの黒い魔物を殺す。
どれだけ時間が掛かっても成し遂げてみせる。
そのために、生徒会長の魔石が必要だ。
あれだけの力がある魔物の魔石なら、俺に莫大な力をもたらすだろう。
「ツバキが思うに、イツキは頭のネジをどこかに落としているよ。あれを見て殺そうなんて思わないでしょ、普通」
「別に俺だって自殺がしたい訳じゃない。ちゃんと勝率を上げてから挑むよ」
都合が良いことに魔石を食えば強くなれるんだ。強い魔物を殺して強くなって、更に強い魔物を殺す。
単純明快だ。
それに、生徒会長とやらの魔物は何故か避難所の代表をしている。
どれくらい真面目に運営しているか知らないが、観察する機会は沢山あるだろう。
今日見た感じまだ俺の殺意には気付いてない。
一方的な殺意だ。
罠を仕掛ける時間は沢山ある。
「付き合ってられないよ。ツバキは戦うってなったら逃げるから。いいよね?」
「……考えとく」
それはツバキの戦力次第だ。
替えの効かない存在なら、逃がす気はない。
また今度、適当な魔物と戦わせてみよう。
それで見極める。
「本当にお願いだから——むぎゅ!」
騒ぐツバキを鷲掴みでポケットに入れて、部屋を出る。
外の空気を吸うって言ったのに、こんな所にいたら変だと思われる。
「失礼します」
生徒会室に戻り、お爺さんはおらず生徒会長一人になっていることを確認する。
「おや、帰ってきたのですか。お疲れだったようですから、今日はゆっくりして良いのですよ」
生徒会長は穏やかな笑顔を俺に向ける。
思わず見惚れてしまいそうな美しさだ。
「じっとするのは落ち着かないので、仕事を貰いに来ました。外へ出る探索班に俺を振り分けてください」
淡々と伝える。
「……探索班は人手不足ですのでありがたいのですが、理由を伺っても?」
俺の殺意に気づいたのか……?
いや、大丈夫なはずだ。
本当に気づいたなら俺をこの場で殺したら良い。
ツバキの話から考えると、俺を一瞬で殺すくらいには強いのだろう。
この世界では、殺しても魔石と服しか残らない。
どちらもすぐ処分できる。
来たばかりの俺がいなくなっても怪しむ人は少ない。
だから、生徒会長にあるのは少しの疑念程度のはずだ。
「仕事の報酬として、空き教室を一つだけ欲しいんです。体育館でプライベートのない暮らしは嫌なので。大量に余ってる教室を一つ、俺に渡すだけです。命を賭けるんですから良いでしょう?」
少しの疑念を俺の物欲で解消させる。
実際、プライベートが欲しいのは本当だ。
体育館で知らない人との共同生活なんて絶対嫌だし、ツバキを一日中ポケットの中に入れるのも問題だと思う。
ポケットの中で漏らされたりしたら嫌だし。
「そうですね、空き教室は探索班の人に報酬として渡しているので問題は無いのですが……」
「他に何か問題が?」
「そもそも、探索班は複数人で一グループを作って活動しています。そのため、一グループ一教室を報酬として渡しているので、プライベートを守れるかどうかは微妙ですね」
あぁ、そんな事か。
それなら問題ない。
「俺一人で一グループ分の仕事をするので大丈夫です」
「いえ、そうは言っても」
「俺は戦闘能力に自信があります。外で10日間も生き残ったんですよ。化け物を殺して手に入れた宝石も沢山あります」
勘違いを盛大に利用して、ついでにズボンのポケット入れていた魔石を生徒会長の机に置く。
「……そこまで言うなら良いでしょう。ただ、安全には最大限気をつけること。探索班の生存率は約五十%です。これ以上、数字を下げないようにお願いします」
「もちろんです」
交渉の末に、仕事と空き教室、そして外で自由に活動する権利を手に入れた。
これで復讐の準備ができる。
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