第14話:破られた安寧と、次の計画
光一の視線が、開いたままの書斎のドアに向けられた。彼の顔は、庭で何も発見できなかった苛立ちと、茜が自分の部屋を無断で探ったのではないかという疑惑で歪んでいる。
「何をしていた、茜」光一の声は低く、感情を押し殺している分、よけいに威圧的だった。
茜は咄嗟に階段の途中で立ち止まり、震える声で答えた。「ただ…二階にいたお母さんを探しに行っただけだよ。ずっと静かだったから」
茜は、秋乃がソファにいることを光一が確認していなかったことに賭けた。
「秋乃はリビングにいる。見ればわかることだ」光一は一歩、階段に踏み出した。「お前は、この家をどうしたいんだ。美樹に何を吹き込まれた。この家の安寧を乱すなと言っているだろう!」
彼の口から出る「安寧」という言葉は、もはや「家族の平和」ではなく、「家の静かな支配」を意味していた。
茜は頭をフル回転させた。美樹のバッグに入っていた図面と、土屋の技術ノート。これらを光一に見つけられたら、全てが終わる。
「美樹お姉ちゃんは、この家を直したいだけだよ!お父さん、換気口がないなんて、おかしいよ!」
茜は、光一が最も気にしている「欠陥」を逆手に取った。光一の顔色が一瞬変わる。
「黙れ!私が確認した!換気口は…換気口は、見えなかっただけだ!」
光一は強く否定したが、その目はひどく動揺していた。彼はまだ、土屋の呪いが生み出した「物理的な欠陥」を前にして、完全な支配を拒んでいる最後の部分が残っているのだ。
茜はその隙に階段を駆け下り、光一の脇をすり抜けてリビングへ戻った。
「お母さんの具合が悪そうだから、もういいよ。私は部屋に戻る」
光一は書斎のドアを乱暴に閉め、再び大黒柱の前に戻った。彼の心は、「家は完璧だ」という狂気の信念と、「換気口がない」という理性的な現実の間で激しく揺れ動いていた。
茜は自室に戻ると、すぐに美樹に連絡を取った。
茜: お姉ちゃん!大変!お父さんに書斎のドア見られた!でも、何とかごまかした。書斎の壁、やっぱり中に何か埋まってる。硬い破片が見えた。
すぐに返信が来た。
美樹: よくやった、茜。それは間違いなく呪物よ。光一おじさんが完全に家と一体化する前に、全ての呪物を取り除く必要がある。柱は最終手段。次は爪と髪よ。
美樹からの次の指示は、土屋の技術ノートの通り、「感覚を鈍らせる」呪物の場所だった。
美樹: ノートには『壁の隙間、換気口の周りに撒き、感覚を鈍らせる』ってあった。光一おじさんが言ってたように、換気口は塞がれているはず。
美樹: 呪いの仕組みから考えて、外壁側の換気口のあった場所から、内側の壁を突き破って、爪や髪の呪物が仕込まれている可能性が高い。換気口は、光一おじさんが一番信用していた「家の外との繋がり」の象徴よ。
美樹は写真を送ってきた。それは、この家の設計図のコピーで、リビングの外壁に面した部分が赤くマークされていた。
美樹: 茜。光一おじさんが一番気にしている『欠陥』の場所、つまり「換気口」の痕跡を調べれば、爪と髪の呪物が見つかるはず。それが、お母さんやあなたが感じた異臭や冷気の原因よ。
茜はスマホを強く握りしめた。光一は今、大黒柱を監視している。しかし、リビングの外壁に面した場所なら、彼の死角になる可能性があった。
(換気口のあった場所。そこには、お母さんが感じた血の匂いと冷気の源があるんだ)
光一の目を盗んで、リビングの外壁を調べる。それは、大黒柱を探るのと同じくらい危険な行為だったが、秋乃の精神支配と光一の狂気を食い止めるための、唯一の道だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます