夢の中で致してしまった2人

あさのや

バニーガール編

第1話


気がつくと、私は真っ白な空間にいた。



足元も、壁も、天井も


すべてが淡い光に包まれていて、現実感がまるでない。


「……目が覚めた?」


そして、私の上には、


バニーガール姿の橘さんが馬乗りになっていた。


橘さん。正直、下の名前は覚えていない。


一年生にしてチア部のエース。


教師や生徒のあいだでも評判が高くて、何より顔がいい。


勉強も、それ以外のこともそつなくこなす。

いわゆる“完璧美人”ってやつだ。


……その橘さんが、今、私の太ももの上にまたがっている。


頬を赤く染め、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべながら、まっすぐに私を見下ろしていた。

その仕草に、思わず胸がざわついた。


その瞳の奥には、普段見せない光が宿っている。


「橘さん……なんで、こんなところに?」


「三上さん、これはきっと夢の中だよ」


夢——。

そう聞いた瞬間、胸の中の違和感がすっと落ち着いた。

なるほど、夢か。そう思えば、この異様な光景にも納得がいく。



「動揺してる三上さん、すっごく可愛い……」


「夢の中だから別にいいけど……なんでそんな格好してるの?」


「それは、お互い様じゃない?」


気づけば私は中学時代のスクール水着を、

橘さんは露出の多いバニードレスを着ている。


どうしてこんな格好をしているのかはわからない。

でも、夢なら——それもありえる気がした。



「私ね、初対面の人にもけっこう一目惚れしやすいタイプなの」


橘さんは肩をすくめて笑った。

その仕草が、どこか大人びて見えた。


「……それって、私に言ってる?」


「うん。三上さんって、怯えた小動物みたい。見てると、つい構いたくなるの」


頬に触れる指先が、ひやりと冷たい。

心臓が、不自然なほど高鳴った。


「……橘さん、どうしたの?」


問いかける声が、自分でも驚くほど小さくて。

橘さんはふっと微笑んで、距離を詰めてきた。


その瞬間——唇が、触れた。


世界が、一瞬止まったようだった。


十五年間生きてきて、誰かと唇を重ねたのは初めてだった。

驚きと衝撃で頭が真っ白になる。


そんな私の戸惑いなど気にも留めず、橘さんはさらに深く口づけてきた。


他人の身体が、自分の中に入ってくる――味わったことのない感覚が、私の全身を震わせた。


「ふふ……恥ずかしいね、これ」


頬を染めて笑う橘さん。

その表情が、さっきとはまるで対照的に子どものようで、

私の胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


「…………私、初めてだったんだけど」


「私もだよ。初めて同士だね」


彼女の声は、どこか照れくさそうだった。

夢の中なのに、心の奥が締め付けられる。


どうしてこんな気持ちになるんだろう。

ただの夢なのに、まるで現実のように、熱く、息苦しい。




***




――――――橘 沙央 side―――――――





***






先に言っておく。私は多分、ノンケだ。


でも今、夢の中でクラスメイトの女の子と、初めて一線を越えてしまった。


正直、恥ずかしい、けれど、それ以上に――


それ以上に、とても興奮していた。


夢の中だから、誰にも見つからないし、


誰かに咎められる心配もない


――その背徳感と優越感が、私の全身を刺激してやまない。



クラスメイトの三上薫子さんと出会ったのは、入学式の頃だった。

花壇のそばで、彼女は家族と写真を撮っていた。


「沙央、何見てるの?

 私たち先に部活動見学行くからね」


あまりに小柄で、同じ高校生とは思えない華奢な体。


それでいて、周囲に向ける屈託のない笑顔。


……一目で惹かれてしまった。


そんな彼女は今、彼女は私の目の前にいる。


好き放題できる。誰にも邪魔されずに。


私だけのものだ。と思った。



「沙央、朝ごはん冷めるわよー」


母の声が現実へ引き戻す。

ベッドの上で息をついた。


夢だったんだ。


たしかに夢のはずなのに——唇にまだ、彼女の温度が残っている気がした。


窓の外は、いつもと同じ朝の光。

でも、世界が少しだけ違って見える。


私はスマホを手に取り、無造作にSNSを開いた。

そこに、昨日まで何の関わりもなかった“彼女”の名前が並んでいる。


……気づけば、彼女のアカウントを、指が勝手にフォローしていた。


***


――私は、夢の中で、三上さんに触れた。

たったそれだけなのに、

現実の私のほうが、夢に囚われてしまったみたいだった。







***








なんだか長い夢をみていた気がする。


朝、起きると、ベットが湿っていた。



「薫子、起きなさい、そろそろ朝ごはんと学 

 校の時間よ」


ふと、夢の中での出来事が蘇ってきた。



「まさか、あんな夢を見るなんて……」


言葉が詰まって、ただ小さく息を漏らす。



布団の中で体を丸め、私は息をついた。


夢の記憶がまだ頭に残り、胸がざわつく。心臓が少し早く打ち、頬が熱い。



橘さんと、致してしまった。



光が差し込む部屋で、現実に戻ったはずなのに、橘さんの感触と、余韻だけが胸に残っていた。

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