第2話 リセットされた世界と、13回目の土曜日

​ 目が覚めると、見慣れた自分の部屋の天井が視界に入った。


​時計を見ると、「土曜日、午前8時00分」。

​僕は、またあの場所にいる。13回目のループの始まりだ。


​心臓の鼓動が激しい。いつもなら、時間が巻き戻る瞬間は、僕が「彼女と最高の別れを迎えた直後」だった。しかし、前回のループのラストでは、僕は告白を避け、別れを迎えなかったはずだ。


​「どうしてだ……」


​僕はベッドから飛び起きた。ポケットから、前回のループで使っていたスマートフォンを取り出す。通知欄も、LINEの履歴も、すべてがリセットされている。


​だが、僕の頭の中には、12回のループの記憶が鮮明に残っている。そして、前回のループの終わりに詩織が呟いた言葉が、こだましていた。


​「私たちが、この一週間を、何度もやり直していること」


​詩織は、ループを知っている?いや、記憶が残っているなら、僕を突き放したりしないはずだ。


​僕は急いで制服に着替え、学校へと向かった。

​僕の目標は、今回のループの終わり(土曜日の夜)に、「別れ」を迎えることなく、時間を先に進めること。そして、強制ループのトリガーを突き止めることだ。


​教室に入ると、詩織は窓際の席で、いつものように静かに本を読んでいた。僕が初めて彼女に話しかける前の、知らない人としての詩織の姿だ。

​僕は、今回、決して焦らないと決めていた。まずは、彼女の周りで何が起こるのか、静かに観察する必要がある。


​しかし、詩織が読んでいる本のタイトルが、僕の視界に入った瞬間、僕は思わず立ち止まった。

​『時を超えた、七色の手紙』

​その本は、僕が過去のループで詩織に「読まない方がいい」と忠告した、詩織の過去のトラウマに関わる小説だった。


​「なんで……」


​僕が止めたはずの事態が、今回、勝手に始まっている。僕が介入しなくても、運命は詩織を「別れ」の瞬間に導こうとしているのか。


​ その時、僕の机の上に、一通の白いメモが置かれているのに気づいた。

​普段なら、こんなものは無い。今回のループで初めて現れた違和感だ。


​メモを手に取り、開く。そこには、走り書きされた、見覚えのない文字で、たった一行だけ書かれていた。


​「土曜の朝、駅前のカフェで待つ」


​署名はない。誰からだ?僕の過去のループの記憶に、こんな約束をした覚えはない。

​しかし、そのメモの隅に、微かに残るペンのインクの跡を見て、僕は全身が凍りついた。

​そのインクの色、鮮やかなフューシャピンクは、僕が過去のループで、詩織にプレゼントした特別なペンの色と、完全に一致していた。


​「土曜の朝、駅前のカフェで待つ」


​メモの隅に残るフューシャピンクのインクは、僕の心を掻き乱した。

このペンは、僕が10回目のループで詩織にプレゼントしたものだ。当然、今回の13回目のループの土曜日の朝には、存在しないはず。


​誰かが、ループの記憶を持っている。しかも、詩織のペンを使って、僕にメッセージを残した。

​その人物は、僕の「共犯者」か、それとも「ループを強制する犯人」か。


​僕は、迷わず駅前のカフェへと走った。


​「セカンド・チャンス」という名前のそのカフェは、いつも通り賑わっていた。僕は、店の隅にある、人目につかない席に座った。


​しばらくして、一人の人物が僕の目の前に現れた。

​彼は、僕と同じ制服を着ていた。


​「遅いぞ、宮野悠」


​彼は、僕の名前を呼んだ。そして、彼の目の前に座ると、僕の机に置かれていたメモと全く同じ、フューシャピンクのペンを取り出した。


​「やっぱり、君が書いたのか?」僕は、声を潜めて尋ねた。


​「ああ。安心しろ、俺は敵じゃない。俺も、『宮野悠』だ」


​僕の頭が真っ白になった。


​「どういう意味だ?」


​彼は、フッと皮肉めいた笑みを浮かべた。その表情は、僕自身が、過去12回のループで疲弊しきった末に見せる、冷めた笑みに酷似していた。


​「簡単な話だ。お前は今、13回目のループにいるんだろ?俺は、お前の12回目のループの記憶を引き継いだ存在だ」


​「記憶を引き継いだ?じゃあ、前のループの僕だっていうのか?」


​「そうだ。正確には、前のループで告白を避けてループを止めようとしたお前が、強制ループの直前に分離した存在だ」


​彼は、コーヒーカップを静かに傾けた。


​「お前は知りたいんだろ? なぜ告白も別れもなかったのに、ループが強制発動したのか。そして、詩織がなぜループの記憶を持っているのか」


​僕は、息を飲んだ。彼の瞳は、僕が持っている全ての謎の答えを知っていると、静かに語っていた。


​「教えてくれ」


​「教えてやるよ。ただし、その前に、お前が犯した決定的なミスを教えてやる必要がある」


​彼は、フューシャピンクのペンをカチカチと鳴らした。


​「宮野悠。お前は、詩織の孤独を救うために、告白を避けた。だが、それが、彼女の抱える『運命』にとって、最も残酷な「別れ」になっていたんだ」





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