ミニドラマは唐突に始まる

祐里

卵かけそうめん焼き

 推しというのはお金がかかるものである。そも、そういうものであるべきなのだ。オタクが経済を回していると自負している私は、グッズ購入などでお金がどんどん消えていくことに文句を言うつもりなどさらさらない。このようなオタクが担う一面を政治家や経済界の偉い人々はもっとしっかり頭に入れておくべきだとすら思っている。

 つまり何を言いたいのかというと、目の前のローテーブルに置かれた千円札は四日後の給料日までの命綱だということ。

『給料日まであと◯円』なんて言う人も、最近ではあまり見かけなくなった。『現金がないならクレジットカードで支払いをすればいいじゃない』と考える人も多い。しかし私はそれに異を唱える。何故なら、クレジットカードの利用明細書を推しのために使った金額で埋め尽くしたいから。そうすれば明細書を見る時に幸福を感じることができる。素晴らしいライフハックではないか。


「千円、か……」

 どうしても、どうしても食料品や日用品を買うためにクレジットカードを使いたくない。新たに別のクレジットカードを契約するのも面倒だ。となれば、やはりこの千円で四日後の給料日までに――正確には四日後の出勤前にコンビニの期間限定オアシスATMに寄るまでに――何とかするしかない。

「……んー、大丈夫、かも?」

 幸い、冷蔵庫の米ケースには一キロ程度の米が入っている。そして、八月に買っておいて開封していないそうめんも、キッチンの棚にあるはずだ。少々考え、米は弁当に使うから今日はそうめんを食べるべきだという結論に至り、私はローテーブルを離れて鍋に湯を沸かし始めた。


「……そうめん、レシピ……あっ、新着!」

 手のひらの検索窓の上に推しの事務所からの新着情報が通知され、私の心は激しく踊り始める。どうやら推しのトーク配信の日時が決まったようだ。

「やった! 絶対見る!」なんて大喜びしてニヤニヤしていたら、まだレシピを調べていないのに湯が沸いてしまった。とりあえずそうめん一人前を湯に入れ、箸で泳がせる。

 そうめんを茹でる間に調べたレシピに、卵かけそうめん焼きというものを見つけた。明石焼きの要領で食べると書かれており、食欲をそそられる。

「……ん、卵ならあるか」

 冷蔵庫を開けると卵が四個あった。茹で上がったそうめんをざるに上げて水で冷やしたら卵二個と混ぜ、フライパンで焼く。めんつゆと水で簡易出汁を作っている最中に、本当にこれだけでいいのだろうかと疑問が湧くが、レシピは某大手調味料メーカーの公式サイトのものだ。信用することにしよう。


「うわ、おいしい」

 卵かけそうめん焼きは少しだけ焦げたところができてしまったけれど、出汁を経由して私の口から胃へとスムーズに入っていった。ぺろりと平らげた直後の『もっと食べたい』という欲求は推しへの愛で乗り越えられるはずだ。トーク配信の日程に合わせて脳内で予定を組んでいると頬がゆるんでくる。


 ひとまず、今日の夕食はクリアできた。弁当もがんばろう。おにぎりのために、米を研いで炊飯器にセットしておこう。

 ウォールシェルフでは、推しが素敵な立ち姿で微笑んでいる。

 ああ、私はなんて幸せ者なのだろう。

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