アウトロー共、下剋上する

「神殺しねぇ……」

 

 その言い方、まるでこの世界にがいるみたいじゃないか。

 ここはSF世界、神なんてファンタジーめいた存在がいるとは思えないがな。


「美食家、その神ってを指すの?」


 トロイがそう質問すると、美食家は狂ったように顔を歪ませ嗤う。


「この世界には”上位存在”って化け物が居るんだ。でも神というより――――邪神寄りだね。姿も異形だったし」


 上位存在、化け物、異形――――――――

 そう言えば、ついさっき俺も見たな。

 俺は確かにフェロスの月に何か居るのを確認した。

 もし、も美食家の言う神だとしたら?


「その言い方、貴方その上位存在とやらを見たって事?」


 その問いに対し、美食家は恍惚の表情を浮かべながら返答する。

  

「…………うん。見てるだけで威圧感があったよ。とても神々しくて、とても美しくて、とても――――壊したくなった」


「……あぁ、お前はそういう奴だよな」


 美食家が”美食家”たる所以、それは『圧倒的強者が凄惨な滅亡を迎える』光景に嗜好を持ってるからだ。

 強者は意思を貫き通す程の強大な力を持ち、世界を変える程の行動を可能とする存在。

 強いからこそ勝つ自信があり誰もが『自分は負けない』と思っている。

 だが美食家はそこに漬け込み、強者の座を崩落させる事によって自信やプライドを食らい尽くす。

 

 まさしく下剋上、まさしく格上狩り――――――


 それのみを生き甲斐としてゲームをプレイしていると言っても過言ではない。

 そして、今回の対象が上位存在であるだけだ。


「私が何故呼ばれたか、今やっと理解したわ。貴方に呼ばれた時は迎え撃つ気満々だったけど……確かに素晴らしい提案ね」


 トロイは最強を目指している。

 当然ゲーマー界隈では彼女も強者側で、美食家の守備範囲にドストライクなせいで、他ゲームではバチバチに戦ってきている。

 それでも強者の座を死守出来ているのは、彼女の類稀なる技術の高さと執念の重さに起因する。

 

「本当はそうしたかったんだけどね。もっと料理が出てきたら、そっちを優先したくなるんだ。ごめんだけど、一旦は停戦といこうよ」


 彼女はため息を付く、彼女としても強者の座を狙って来ないのなら安心だろうな。

 ……少なくとも”上位存在”がいる限り。

 

「そうね一旦は停戦――――――いえ、共闘しましょう。私としても、私よりが居るなら、何としてでも奪い取らなければならない」


 トロイはその提案に乗り気の様だな。

 向上心があり、一番上を目指している彼女にとって、明確に上として君臨する上位存在が気に食わないのだろう。


「それで……ハク、君はどうする?」


「そういう事なら俺も参加させて貰おう。面白そうだし」


 俺の選択基準は至極単純だ。

 ”面白い”か、”面白くない”かだ。


 基本的に縛られる事は嫌いだ。

 どうせなら自由に行動したい。

 やりたい事すらやれないようでは、ゲームやってる意味すら無いとさえ思う。


 俺がそれをやりたいと思えば何だってする。

 世界を救ったり、世界を滅ぼしたり、皆と仲良くしたり、皆と敵対したり――――――

 一見すると一貫性が無いように見えるが、俺の行動理念は全て感情や気分によるものだから、割と『俺がどう思っているか』によって行動が変わってくる。


 そして、今回の提案は『神殺しをするかどうか』だ。

 俺はフェロスで神らしき存在を目撃している。

 それが何なのか知りたいという好奇心もある。

 そしてその存在を倒すのも面白そうだ。


 今の所、断る理由が無い。 

 

「ふぅ……そう言ってくれて良かった〜正直、君だけが不安要素だったんだよね」


「ま、俺は気分屋だからな。むしろ良く誘ってくれたな」


「だって君、予想外の事いっぱいやるでしょ? 一応は君の意向を聞かないとこれからの計画に支障が出るからさ」


 もしや俺の事、暴走列車何かかと思われてる?

 ……確かに、過去ではイベントを滅茶苦茶にしたりとかしたけどさ。


「話を戻すが、まず倒す予定の上位存在はどれだ?」


「それなんだけどね、まずはこのクエストの内容を見てほしいかな」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


???クエスト『旧人類の終焉、月機神の目覚め』

報酬:不明


タスク

1.忘れ去られた地に行く


概要

”予星環”が示す預言の未来によれば、滅びの時は刻一刻と迫ってきている。

まずは忘れ去られた地を探し当てるといい。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ………ん?

 これって………。


「このクエストはね、実はさっきまで話してた神を信仰する教団の依頼なんだよね〜近々ヤバイ神様出るって預言出たから殺してこいってさ。まぁ、これが終わったらその神も殺すけど」


「知ってた。でも、『忘れ去られた地』って何処かしら」


「そこなんだよね〜僕の予想だと、星系マップにすら映らない星があるんじゃないかって……ま、情報集めからだね」


 旧人類、月機神、忘れ去られた地――――――


「………どうしたの? ハク」


「この『忘れ去られた地』ってとこ、知ってるぞ」


 俺が言うと、美食家は驚愕して立ち上がった。


「それは……本当かな?」


「あぁ、予想が正しければ、それは俺が初っ端から漂流してた惑星――――――《フェロス》に違いない」


 荒廃した惑星なんて『忘れ去られた地』にピッタリだし、エリアボスを倒した後の謎の通信に”旧人類”の単語もある。

 更に月に何かが潜む影も見ているとなれば――――――これを偶然で片付けるには出来すぎてる気がしないか?

 

「まさか今まで悩んでたものを速攻で解決してくれるとはね……ナイスだよハク!」


「それなら、私達とパーティー組まない? ハクがそのフェロス連れてってくれるなら有り難いわ」


「おう良いぞ」


[美食家からパーティー申請が届きました]

[トロイからパーティー申請が届きました]

[二人のプレイヤーがパーティーに加入しました]


「よし、じゃ早速その《フェロス》に……」


「ちょっと待った」


 《フェロス》へ向かおうとする二人を制する。

 そっちは準備万端かもしれんが、俺は初期装備なんだ。

 流石に装備を整えてから向かった方が良い。


 それに――――――


「《フェロス》に向かうのは明日からだ」


 もう遅い時間だった。

 現実の肉体が眠たいと言っているのだから素直に従う方が良い。 


「……それもそっか、分かった。じゃあ明日は《アストラルドッグ》に集合しよう」


「了解。私も用事があるから、今日は解散しましょう」


 そうして、三人の打ち合わせは終わり、ひとまず解散となった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さて……防具を整えるか」


 人工照明の光がメタリックな床に反射し、遠くの整備ドローンが微かに唸りを上げている。

 宇宙港の片隅に残った俺はメニューを開き、マーケットの検索欄に指を滑らせていた。


 マーケットはプレイヤー同士の取引の場であり、物品に売却価格を付けて売る事もあれば、こうして手軽に装備や道具類を買う事も出来る。

 トロイ曰く、その代わりNPCからの”受注生産”よりは質が落ちるらしいが……向かうは明日の朝、間に合うかどうか微妙なラインだった。


 《フェロス》は機械生命体と残骸が蔓延る危険地帯。

 前に漂流してた時は初期装備のまま逃げ延びるだけで精一杯だったが、今回は違う。

 “神殺し”なんて物騒な依頼を受ける以上、装備の準備は入念にしておく必要がある。


 既に資金はフェロスで手に入れた素材を出品した結果飛ぶように売れた為問題無い。

 というより、割とあの素材希少なのか結構高く値段設定をしたつもりなのに全然売れる。

 あの星、金策には良いのかもしれないな。

 

 今欲しいのは、耐電系の防具。

 フェロスの環境を思い出せば、大気は重金属混じりで、地表はほぼ導線と廃棄機械の山。

 更に強烈な電磁嵐に腐蝕性のガスや砂塵、帯電物質が舞う苛烈な惑星だ。

 今思えば、良く過酷な環境で初期装備のまま生き残ったと我ながら感心する。


「っと、あった……テンペスト・ヴェイルね」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


テンペスト・ヴェイル

打撃防御力 20

斬撃防具力 20

雷防御力 50

自己修復機能


概要

グラフェニウム・アラミッドの上層、ナノセラエラストマ中間層を組み合わせた、電磁耐性柔軟スーツであり、旧世代の惑星開拓用スーツとして用いられていた。

雷系に対する防御力を持ち合わせている。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 外装は劣化ナノカーボン製で、自己修復機能付き。

 防御力はそこまで高くないが、環境耐性は抜群だ。

 《フェロス》のような“死んだ星”では頼りになる。


 ただ、問題は価格だ。

 ――――――50万ZN。

 バカみたいに高い。


「くっ……どいつもこいつもぼったくりやがって……」


 思わず苦笑が漏れる。

 けど、買う。

 ここでケチると、もし死んだ時あのゲス二人に笑われてしまうからな。

 それは何としても避けなければならい。


[テンペスト・ヴェイルを購入しました]


 購入ウィンドウが閉じると同時に、背後で装備端末が稼働音を立てる。

 無骨なスーツが光を反射しながら展開され、マグネット固定によって体にフィットしていく。

 黒銀や青灰色の金属光沢を帯びたマット質感であり、非常に動きやすい。

 近接戦闘主体の俺にとっては有り難いしなやかさだ。


「よし、これでひとまず形にはなったな」


 完成したスーツをガラス越しに見て、ひとり頷く。

 ――――漆黒の外装に、網目状に青い光脈が走る。

 どこか、生体兵器を思わせる不気味さだ。


「いいね、少なくともあの初期装備より魅力的が増したんじゃ無いか?」


 後は回復ポーションや飛び道具類など各種アイテムを買い漁り装備を整えていく。

 あらかた買い終わった俺は満足そうにゲームからログアウトした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして――――現実世界。

 ヘッドギアを外すと、暗い部屋の中で冷気が頬を撫でた。

 時計は午前2時を指している。


「……神殺しか」


 ベッドに身体を投げ出し、天井を見上げる。

 ゲームの中の話とはいえ、何か胸の奥がざわつく。

 あの月で見た――――――

 

 あの時、感覚がする。


 あそこから月までかなりの距離があるにも関わらずだ。

 あれが、ただの演出で済むとは思えない。


「《フェロス》か……明日も地獄を見れそうだ」


 薄く笑いながら目を閉じる。

 まぶたの裏に浮かぶのは、あの青白く輝く“瞳”。


 それが、まるでこちらを見返しているように思えた。

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