第4話「凶器は拳。いや、この場合は脚かな」

「君は現役軍人だって勝てるだろう?」


 私はテーブルに寝そべりながら幼馴染を見上げた。ぼーっとした視界には「違うかい?」と問いかける彼の瞳があった。


「買い被りすぎだよ」


「そうでもないさ。——それで? 歴戦の勇者様を倒した犯人は、どうして犯人だと確定しないんだ?」

「凶器になりうるものが見つからないんだ」

「ほう」


「名前はサラディン・スカー。日雇いのバイトで食い繋いでいる、いわゆるプータローだ。たまたま近くをパトロールしていた警官に被害者を暴行しているところを目撃されて現行犯逮捕されたんだ」

「ならいいじゃないか。凶器は拳。いや、この場合は脚かな」


 私はウィスキーをもう一杯あおった。一秒と経たずにアルコールがガツンと脳を横殴りする。


「問題は、ヘラケウルスが重症を負った、ということなんだ」


 サミュエルがスープをすくう手を止める。彼の口にはかすかに笑みが浮かんでいた。


「それで?」

容疑者サラディンの所持品に可燃性のものはなかった。なら、魔術を使ったんじゃないかと俺たちが呼ばれたんだ」


「けど彼は炎を出せる魔術師ではない、だろう?」


 彼を一瞥してから私は食卓の木目調を眺めた。


「そう。彼は『強化型』の体質で『変化型』の魔術師じゃない」


 魔術は大きく六つの型に分けられる。


 肉体や物質を強化する強化型、

 魔力を放出する放出型、

 周囲の形質を変化させる変化型(炎を操る魔術はこれに該当する)、

 生物を操る操作型、

 物体を錬成する創造型、

 そして、それらに区分けすることのできない特殊型。


 人間は基本的にどれか一つの型しか持つことができず、それは遺伝によって決められる。


「まれに他の型の魔術を行使できる人もいるけど、できたとしても小規模なものでヘラケウルスの証言とは食い違うんだ」

「生きてたの、獄炎の人?」


「あぁ。今日の夕方、意識が戻ったんだ。で、話を聞いたら『犯人は全盛期のワシと同じくらいの炎に身を包んで襲ってきた』というんだ。

 全盛期の彼ほどの変化型魔術を身につけるなんて、変化型の魔術師ですら難しいっていうのに、他の型の魔術師ができるなんて……」


「なるほど。被害者は『犯人は変化型の魔術師だ』と言ってるのに、捕まえたのは強化型の魔術師で矛盾が発生してしまってるのか」

「そうだ。しかもサラディンのやろう、ふざけたことを抜かしやがって……『俺はあくまで介抱していただけで暴行はいっさい加えてない』とか言って現行犯逮捕すら不当逮捕だと主張するんだ」


 私は再びウィスキーに口をつけた。


「あいつが犯人であることは間違いない。でも、犯行方法がわからない限り、裁判では不利になって有罪にできないかもしれない。そしたら俺たちは冤罪をでっちあげたって世間から後ろ指をさされる。かといって証拠不十分で見逃すわけにはいかない」


 私は大きなため息をついて上半身をテーブルと一体化させるように脱力させた。


 サミュは残ったスープを綺麗にすくい始めた。


「被害者の人は毎日おなじルートを散歩してたのかい?」

「あぁ、そうだな。近所では必ずおなじ時間、おなじ場所を歩くことで有名だったよ」


「容疑者の服は燃えていた?」

「ああ、燃えていたよ。本人は被害者の炎が燃え移ったって言ってたけど……」


「なら、犯人を捕まえた警官が何か言ってなかったかい?」


 緊急逮捕したのは若い一般の男性警察官だった。すなわち、魔術に対する知識はそこまで持っていない。


「何も言ってなかった気がするな……」

「臭いとか、熱とかは?」

「うん? 特に聞いてない」


 幼馴染は口をへの字に曲げた。


「じゃあ、事件直後に周辺で火災が起きなかったかい?」

「火災~?」


 私はとろけた脳を回転させた。


「……そういえば、事件が起きてから一時間後におなじ公園の植栽で不審火があったな。タバコの不始末が原因って聞いたけど、事件と何か関係あるのか?」


 私はサミュエルのことを見た。幼馴染は私には目もくれず、残ったスープをかき集めている。


「その現場から瓶のような入れ物が発見されなかったかい?」

「まあ、タバコの燃えかすの近くにビール瓶が落ちてたけど……」


 そこまで言って私は体を起こした。


 目の前の幼馴染を見る。


「サミュ、もしかして、わかったのか?」


 彼は嬉しそうに笑みを浮かべると最後の一口を頬張った。



「まあね。考えてみれば難しいことはない。簡単な頭の体操だよ」



 そしてカランとスプーンを皿に落とした。


「教えてほしい?」

「ぜひとも!」


 即答した。普段の私だったらプライドが邪魔して拒んでいただろう。そもそも酔わなければこんな話、口が裂けても話さない。


 探偵は椅子の背もたれに寄りかかった。

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