第二話

「ありがとうございました!」


久々の快晴、綺麗なタータン、新しいスパイクピン!気持ちは絶好調のはずなのに、記録は今一つの練習試合。土をならしてグラウンドの中央に目をやると、色剥げ一つない上等なマットの上で楽しそうに会話するヒョンウォンとウォノヒョンの姿があった。


「かっこいいっすよね~並んでるとやっぱ」


「うん、ジュホナ、足踏んでる」


「あ」


あそこだけ切り取ったように色が鮮明な気がする。ピカピカのグラウンドとピカピカの校舎と、ピカピカのウォノヒョン…(あとヒョンウォン)


「絵になるっすよね」


「なに言ってんだよ、僕たちも幅跳び界のプリンスじゃん?」


「たしかに?」


「ミニョガ~、ちゃんと土ならさないと失礼だろ」


さっさと整備を終えたキヒョンがカバンを背負って遠くからまた小言言ってる。


「はいはい~、あ、キヒョナ~今日風呂行くでしょ~」


「んあ?あ~!こいつも連れてっていい?」


キヒョンの後ろにいたちっこいのがペコリと頭を下げる。ただの練習試合なのによさそうなパーカー着てるいかにも私立生。キヒョンと同じペラペラの体つきが中長距離選手を物語っていた。


「練習で仲良くなったんだよ、ジュホンと同い年。」


「お、マブダチじゃないすか」


「マブダチの意味知ってる?」


「とりあえず急げ。バスなくなっちゃう。」


整備を終えて振り向くともう上等なマットは片付けられていた。なんか話したかったな~、って惜しいけど、手に持ってるトンボまでピカピカで、あの人と僕の住む世界の違いを感じた。


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「あ”~~~~~人が多い”~~~~~」


毎月5の付く日は風呂屋半額の日、そして今日は練習試合の後、くつろげると思った大浴場は人であふれかえっていた。


「さっきショヌヒョンも食堂で天丼食べてましたよ」


「みんな考えること一緒かよ…」


風呂の端につっぷっせて顔をブクブクしてみる。キヒョンが「きたねえからやめろ」ってまた小言言ってる気がするけど聞こえないふり。


「そういえば、今日チャンギュンが着てたパーカーかっけかったな~」


「ああ、ウォノヒョンがくれて」


ウォノヒョン、という言葉にざばっと顔をあげる。


「そういえばウォノヒョンってあんなガタイいいのにハイジャン一本なんだね。100とかでないの?」


ナイスキヒョナ、それ僕も気になってた。


「あ~なんか、昔は出てたみたいですけど…」


「なんででなくなったの?」


「さあ。俺が入学する前の話なんで」


「ふぅん~、あんないい体なのにもったいないな~俺だったら全競技でちゃうね」


「ジュホンはまず幅のベスト更新しろ…」


昔は短距離の選手で、今はハイジャンのカリスマで、ベーコンバニラの香りか~絶対モテるじゃん、彼女いるのかな~…… 


「ミニョギヒョン!何してるんですか、アカスリしないの?」


顔をあげると三人はもう風呂から上がってアカスリの部屋の前でストレッチしてた。


「ああ、僕今日はいいや~」


なんかもやもやする。なんだろう。変なもやもや…。のぼせたかな。早く出てソフトクリーム食べよ。お決まりのイチゴバニラミックス!


まだ頭から垂れてくる雫をぶんぶんしながら脱衣所を出る。風呂特有の硫黄と安いシャンプーの混ざったみたいなにおいが自分の頭からホカホカ出てきてる。


「…ソフトの前にマッサージかな」


アカスリで浮いた金をマッサージ機に1枚入れる。もう1枚はさっきコインロッカーで使ったのがポッケに…


「ミニョガ!」


ん?


「これ、これもってて!」


名前を呼ばれて顔をあげる。聞き覚えのある柔らかい声だった。


「ウォノヒョン?!」


すぐ後ろのマッサージ機を見るとソフトクリーム片手にマッサージ機に沈むウォノヒョンがいた。


「ヒョン、ソフト後にしないと台無しですよ!」


「へへ、順番まちがえた…」


既に真っ白なソフトクリームはヒョンの手をつたってハーフパンツにこぼれていた。


「そんなことある…?」


僕は肩にかけていた風呂屋のタオルをヒョンの太ももにひょいとかぶせてゴシゴシ拭く。逆に汚れがひろがったような…あ。まってすごい高いんじゃないかなこのハーフパンツとか。どーしよ。


「ごめん、ありがとう」


ドクン。 ん、な、なに…?


「ソフトたべたいな~って思ってて、そしたらマッサージもしたいな~ってなって…」


なんか、もやもやする…。さっきと似てる…。


「ミニョガ?どした?」


「え?」


「ウォノヒョン~もういきま…あれ、ミニョガ」


振り向くと抹茶のソフトクリーム片手にずいぶん軽装のヒョンウォンが立っていた。


「ああ、ヒョンウォナ一緒に来てたんだ!」


僕はなぜかヒョンの太ももにのせていたタオルから慌てて手を放して立ち上がった。


「さっきキヒョンたちがお前のこと探してたよ」


「あ、そう?ありがと…」


「ウォノヒョン、順番間違えるなっていつも言ってるじゃないですかあ」


「忘れちゃうんだよね~」


ヒョンウォンのキレイなソフトクリームに相反して僕の手の中のバニラソフトはもう溶けてベタベタになっていた。ヒョンウォンはふわふわ笑うウォノヒョンを確認した目線をそのまま僕にやる。いつもより冷たい目をしている気がした。気、かもしれないけど。


「あれ、いたミニョガ、あれ、ヒョンウォン、とウォノさん?」


キヒョンの丸い目を見て心臓のドクドクという鈍い鼓動が少し落ち着く。


「あ、僕のソフトクリーム?」


「うん、いつもこれだろ、いちごバニラ」


「ありがと…あ、バスなくなっちゃうよね!?急がないと?」


「いやまだ…」


適当に二人に首だけ下げてキヒョンの肩をぐるりと無理やり回す。とにかく今日は早く帰って寝ないと。あんなに心臓が何回も早くなるなんて、僕は長風呂でのぼせたに違いない。


つづく

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