第19話

 模擬刀を振りながら、リアムは短く息を吐き出す。


「あ、のさぁ……!! これ、本当にやらないとダメ!?」


 白い肌に模擬刀が触れる直前で止めて、声をあげれば、ブルーベルは少し不満そうな表情をしながら、また少し距離を取った。


「ダメに決まってるでしょ。こういうのは、継続することが大切って知らないの?」

「それは知ってるけど……なんで、皇女様と打ち合いをしないといけないのさ!」


 今、リアムとブルーベルは、模擬刀での打ち合い稽古をしていた。


 発案者は、もちろん、ブルーベルだ。

 クレアにも、こうして稽古をつけてもらっていたというが、リアムは、クレアほど実力があるわけでもない。


「もし、痣とか作ったら、怒られるどころじゃないでしょ!?」


 クレアのように、指南役の許可を取っているわけでもないリアムが、皇女であるブルーベルに怪我をさせたなら、牢に入れられることだってあり得る。


 いっそのこと、ブルーベルに剣の才能があれば良かったが、残念なことに、現状、リアムの方が強かった。

 おかげで、先程から、一本が入るところで、寸止めをすることを繰り返していた。


「気にしなくていいって言ってるでしょ」

「ブルーベルが良くても、周りが許してくれないから。絶対」

「なに言ってるの。もし、私が怪我したら、ちゃんと、襲ってきた連中のせいにしてあげるわよ」


 呆れたように、別の人に濡れ衣を着せると言い出したブルーベルに、リアムも言葉を失ってしまう。


「貴方だって、クレアの殺人犯にされてるんだから、お互い様よ」

「そ、それは確かに……」


 貴族社会では、濡れ衣の被せ合いなど、日常的なことなのだろう。

 やはり、理解できないと、リアムは大きくため息をつき、自分が寸止めできる程度には、ブルーベルより強かったことに、安心するのだった。


「それより、貴方こそ、師匠はお祖父様なんでしょ?」

「師匠ってほどじゃないけど……田舎だから、動物とか魔物を、自分で退治することもあるし、山賊とかもいるしね」


 多少、武道の心得はあった方がいいのは事実だ。

 それに、農具が中心の鍛冶屋とはいえ、有事の際の武器を取り扱っていることもあり、武器を試すためにも、一通り使い方などは教わっていた。


「ブルーベルと同じ、護身術程度だよ」

「護身術程度で、大会準優勝はできないでしょ」

「それも偶然。祖父さんに、強引に出場させられたってだけだし……結局、いつも優勝してる人に、模擬刀を思いっきり折られて負けたよ」

「剣じゃないじゃないの! それ」


 力自慢の優勝者は、毎年、毎試合、そのように力業で、相手の模擬刀を折って、試合に勝っている。

 ブルーベルは納得していないようだが、別に驚きはなかった。ものすごく、手は痺れたが。


「ルールも結構緩くて、銃火器や毒物の使用さえしなければ、肉体で殴るのはオッケーだったし……」

「本当に、ブルーローズ主催の大会よね……」


 自分は、地元の大会以外知らなかったが、一般的には、騎士学校に来てから行った試合のような、色々細かい決まりがあるのだろう。

 知れば知るほど、ブルーローズ家の戦闘狂ぶりを感じてしまう。


「でも、アカルタさんも、銃撃たないで殴ってたし……実戦形式だったんですかね?」

「アカルタを基準にするのは、ちょっとアレだけどな……」


 護衛として、近くでふたりの打ち合い稽古を見ていたコルクが、苦笑いになりながらも、言葉を漏らす。


「ナヨナヨナヨナヨ! もっと、スパーンッってできねェのか!? このナッツ様が手本を見せてやろうか!?」

「やめろやめろ……!!」


 コルクの隣で、ナッツまで腕を回しながら、前に出ようとするのを、慌てて抑え込むコルク。

 リアムと同じで、下手に怪我をさせられないのに、ブルーベル本人がやる気に満ちているのは、実力があるであろうコルクたちでも、困るらしい。


「……リアムの方に付き合ってあげたら?」

「え、俺?」

「私に付き合っても、リアムの練習にはならないでしょ。私のせいで、今は学校にも通えないわけだし……」


 実力という意味では、ズナーティオ家の使用人ならば、申し分ないはずだ。


「見る目があるな! 嬢ちゃん! いいぜ。このナッツ様が稽古をつけて――」

「貴方じゃないわよ」

「なにをォ!?」

「だからぁ……ブルーベル様も、ナッツを煽るのはお辞めください……噛みつかれますから……」


 コルクに片手で抱えあげながら、足をバタバタと動かしては、噛みつくように、金属の口を動かしているナッツに、ブルーベルも呆れたように見つめる。

 同じズナーティオ家の使用人とはいえ、ナッツならば、ブルーベルにも倒せそうだ。


「それで、コルクだったわよね。貴方は?」

「自分は、剣はからっきしなんです。アカルタは、一通りできますが……手加減という言葉を知りません。殺傷と非殺傷程度の差です」


 それは少し想像ができる。

 ブルーベルが眉をひそめていれば、リアムも同じように困ったように眉を下げた。


「別に、俺は強くなりたいとか、そういうのじゃないので、大丈夫ですよ」

「……」

「……」


 騎士学校だって、卒業できるとは思っていないと、いつものように口にしようとして、ブルーベルの冷たい視線とコルクの困ったように顔を逸らす様子に、不思議そうに言葉を止めた。

 そのリアムの理解できていない様子に、コルクは伺うようにブルーベルの方へ目をやり、ナッツの耳を塞ぎ、自身の耳もぺたりと垂れさせた。


「なんだなんだァ!?」


 不思議そうなナッツの声にも、コルクは何も言わず、目を閉じている。


「こ、コルクさん?」

「リアム、貴方ねぇ……自分で言った言葉を忘れたわけ?」

「え?」


 いまだに理解できていないリアムに、ブルーベルは、呆れたように大きく聞こえるようなため息をつくのだった。


「”騎士団に入るために、皇女の護衛を申し出た”」


 勢いで、ヴォルフに向かって口にした言葉。


 実際のところ、あの言葉がブルーベルのために、口にした嘘だということは、ヴォルフ含めて全員にバレている。

 だが、名目上は、ブルーベルの護衛として、ズナーティオ家に滞在することになっている以上、先程の言葉を口にすることはマズい。


「嘘だろうが何だろうが、口にしたなら、その言葉には責任を持ちなさい」

「気をつけます……」


 少なくとも、ここにいる限りは、リアムはブルーベルの護衛だ。

 嘘でも、そのように振舞わなければいけない。


 成り行きとはいえ、大変なことになってしまったと、リアムは心の中でため息をつくのだった。

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