4章 嘘に塗れる

第15話

「リアムが、先輩たちを昏倒させたことになってる!?」


 ブルーベルの叫びと、リアムの心境は、ほぼ一致していた。


 ブルーベルの服を取りに行っていたコルク曰く、あの気絶した上級生たちは、無事、保健室に運ばれ、大した怪我も無かったという。

 だが、代わりに、何故かその犯人が、リアムになっているということらしい。


「なんで……」

「ちょうど良かったからだろ。皇女様が、その場にいなかったことになってれば、まぁ……」

「いや、えぇ!? そんな適当な……」

「残念だが、それがまかり通るのだよ」


 困ったように腕を組んでいるヴォルフに、リアムも言葉を失くしてしまう。


 これでは、ブルーベルを王宮に返すどころか、自分の安全も確保できていない状態になってしまう。

 寮に戻るなんて、以ての外だ。あの騎士と同じように、こちらの意見など聞かれないのでは、そのまま投獄だってあり得る。


「というか、この状況って……」


 ブルーベルが、ひどく困惑した表情で、リアムの事を見つめる。

 その表情の意味はわからないが、背中にイヤな汗が伝うのが、妙に鮮明に感じられた。


「おそらく、クレア譲殺害の犯人に仕立て上げられるでしょうね」


 ブルーベルが、口にしなかった言葉を、ヴォルフが続けた。


「……はい?」


 理解できなかった。

 いや、理解を拒んだという方が、正しいかもしれない。


 自分が、よく知りもしない相手を殺した犯人になる。

 理不尽どころの騒ぎではない。


「しかし、状況としては、君に罪を被せるのが、辻褄を合わせやすいのは事実だ」

「ちょっ……ズナーティオは、他にも情報を持ってるんでしょ!? 本当の犯人くらい、もうわかってるんじゃないの!?」


 ブルーベルが慌てて声を上げるが、ヴォルフは低く唸りながら、目を閉じた。

 隠しているのではなく、本当にわかっていないのだろう。


「なんとなぁく、絞れてはいるのですが、確信的なところはまだなんですよぉ。相当、木っ端なところが動いてるみたいで」


 フォローするように、ココノエも頬に手をやりながら答えるが、ブルーベルも焦るように、リアムに目をやっていた。


「な、なら、せめて、リアムのことを、ここで保護してちょうだい。このまま、外に出したら、すぐに捕まるわよ」

「そうですね……リアム君。君の家族についても、早急に手を打っておいた方がいい。場所は?」

「え、か、家族まで……?」

「君を匿えば、向こうは、犯人をおびき出す為の餌として、君の家族を使うだろう。君とて、それは本意ではないだろう」


 濡れ衣を被せた上に、家族まで巻き込もうとしているなど、リアムにはすぐには理解できなかった。だが、この部屋で、理解できていないのは、リアムだけだった。

 それほどまでに、当たり前のことなのだ。彼らにとっては。


「ごめんなさい……こんな巻き込み方になるなんて……」


 本当に申し訳なさそうに謝るブルーベルに、リアムは反射的に首を横に振ってしまう。


「そんな……いや、そもそも、ブルーベルじゃなくて、悪いのは、犯人であって……!!」


 悪いのは、ブルーベルじゃない。

 そもそも、クレアを殺した犯人が一番悪いし、それを隠蔽するために、無関係の人を犯人に仕立てようとしてるのが、より一層悪い。


 たとえ、それが当たり前のように行われていたとしても。


「で、でも……どうしよう……」


 気持ちでは、そう思えるが、この状況をなんとかできる方法が、何も思いつかない。

 本当に、ヴォルフたちに頼る以外の方法がない。


「私が犯人を見つける……! こうなった以上、兄様にも協力してもらってでも――」


 自分のせいで、リアムを巻き込んでしまった罪悪感からか、ブルーベルがそう口にした時、ノックも早々に、中が窺うように、ドアが開く。


「ヴォルフ様。来客が……」


 顔を覗かせたのは、コルクだった。


「その……ローア卿です」


 ローアの名前に、部屋にいた全員の表情が強張った。


 騎士学校の敷地内で、上級生たちが気絶させられていたところから、その犯人を捜すよう指示を出した張本人であり、捜索に来た騎士の上官。

 しかも、その捜索に来た騎士は、アカルタが上級生と同じように、容赦ない蹴りで、気絶させていた。


 この状況で、約束もなしに現れたローアが、今回の件と関係ないとは思えない。


「…………」


 ヴォルフが、こめかみに手をやるのも仕方ない。


「アカルタ、コルク。このふたりと一緒にいるように」

「は、はい」


 強張った表情のまま頷くコルクに、壁に寄り掛かっているアカルタ。

 あまりにも対照的な反応ではあるが、ヴォルフは何も言わず、ココノエと共に部屋を出るのだった。


「お久しぶりです。急にお邪魔して、申し訳ないです。ヴォルフ卿」


 見事な作り笑いで出迎えたローアに、ヴォルフは表情を崩すことなく、口を開いた。


「お久しぶりです。ローア卿が、我が家にいらっしゃるなど、よほど、何かがあったと見える。いかがされましたか?」

「そうなんですよ。とても重要な案件でして、是非、ヴォルフ卿には、協力願いたいとこです」

「重要な案件ですか」


 真意の見えない笑みのローアに、ヴォルフも警戒しながらも、続きを促す。


「はい。ここにいる、”アカルタ”という女性についてです」


 予想とは異なった内容に、ヴォルフもココノエも、少しだけ目を見開いたが、ローアはその表情すら微笑んだまま見つめるのだった。

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